表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

へなちょこテレビ

作者: 青井渦巻

 喧しい。


 真っ暗闇の部屋の中、畳みもしない布団の上でテレビを見ていた。

 シグナルの羅列が眼に痛い。

 画面の右上、左上、踊るタレントに笑い声。

 アイコンの配置にうんざりする。


 間もなく、俺はリモコンを手に取った。

 チャンネルを変えた。


 雄大な自然の景色が流れている。

 ドローンが俯瞰で撮影する風景は、液晶越しとは思えないほど美しい。

 森の音に包まれて、名前も知らないリスがドングリを咥える。

 萌え。かわいい。エモい。


 しばらくして、俺はまたリモコンを手に取った。

 チャンネルを変えた。


 全体的に青白いスタジオの中で、司会者が問題を読み上げる。

 それに対し、4つの選択肢が画面の下に出る。


 A・モンサンミッシェル

 B・東京タワー

 C・ピサの斜塔

 D・ベルリンの壁


 回答者のタレントは頭を悩ませ、妥当な選択をしようと必死だ。

 当たれば100万円獲得らしい。


 俺はリモコンを手に取った。

 そして、チャンネルを変えた。


 可愛らしい音楽と共に、変な動物のキャラクターが走っている。

 なぜか人語を話すが、仲間との意思疎通には、猫とも犬ともつかない鳴き声を使う。

 人と話す時だけ人語を使っているらしい。

 画面の激しい移り変わりのせいか、フラッシュがきつい。


 光の刺激から眼を逸らし、俺はリモコンを手に取った。

 チャンネルを変えた。


 大人びた感じのオシャレなカフェで、2人の男女が話している。

 女性がやけに剽軽に喋ると、男性がわざとらしく驚く。

 両者の会話はどことなく不自然ながら、次第にぎこちなくなる。


「話しもしたくはないわ」


 そう言って、女性が飛び出していく。

 男性が彼女の腕を掴むと、振り向いた彼女は泣いていた。

 困惑した男性は、見るに耐えないほど気まずそうな顔をした。


 嫌な気持ちになって、俺はリモコンを手に取った。

 チャンネルを変えた。


 1本のスタンドマイクを隔て、2人の人物が話している。

 軽快なテンポで続く会話には、なんとなく中毒性がある。

 左のヤツが無茶苦茶なことを言うと、もう片方のヤツが激しく咎める。

 その後で笑いが起きる。

 それを一定のリズムで繰り返しつつ、大袈裟なジェスチャーで変化をつける。

 笑い声にもボリュームの違いがあるようで、大・中・小くらいの緩急で使い分けているらしい。


 俺はリモコンを手に取った。

 なんとなくチャンネルを変えた。


 煌びやかなステージの上で、ギターを持った男性が歌っている。

 画面の下には例によって歌詞が出ている。


 その時、『未来は輝く』という歌詞を見て、俺は気分が悪くなった。

 こんな歌書くヤツの気が知れない。


 不愉快になって、俺はリモコンを手に取った。

 適当にボタンを押した。


 一面の砂嵐。

 ノイズ。

 なにも受信しないようだ。


 なにか映るかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いて、しばし待つ。


 ――壁に掛けた時計が、狭い部屋の時間を刻む。


 秒針は震えながら進んだ。

 かくして、テレビはなにも映さなかった。

 いくら待っても、何も起こらなかった。

 秘密の放送も、電波ジャックも、覗く幽霊もない。


 ぼちぼち、俺はリモコンを手に取った。

 ぽちぽち、ボタンを弄った。


 すると、ある一人の女子高生が映し出された。

 彼女はカメラ越しにあざとく振舞って、なにか喋っている。

 画面の右から左へ、よく分からない文字列がスライドしていく。

 頻繁に『草』と流れる。

 画面内に草のような物は無く、映っているのは女子高生と、彼女の部屋だけなのに。


 よく見ると、この文字列は俺にも流せるようだった。

 手前にあるキーボードを使えば『コメント』できるらしい。


 なにか文字を打とうとした。

 しかし、なにを言えば良いのか分からない。


 結局、俺はリモコンを手に取った。

 先ほどと同じく、ボタンを弄った。

 

 今度は一人の男が、ふざけた身だしなみで画面の前に座っている。

 彼もさっきの女子高生と同じく、なにか喋っている。

 例のコメントも、また流れている。

 『4ね』とか、『嘘つけ』とか、やっぱり『草』とか書かれている。


 ほとんど変わらない画角で、人物だけ変えたような感じだった。

 態度や言葉遣いが汚いだけ、女子高生より不快に思った。

 試しにキーボードに触れてみても、今度は文字を打つ気さえ起きなかった。


 俺はすぐリモコンを手に取った。

 うんざりして、テレビの電源を切った。


 そこに現れたのは、かろうじて見えるテレビの外枠。

 というより、画面から意識を外したために、枠が視線に入っただけだ。


 もはや光も発さず、テレビは沈黙した。

 すると、なぜだかそれが急に恐ろしく思えた。

 先ほどまで喧しかったくせに、不気味な物体である。


 俺は部屋の電気を付けて、なにも移さないテレビを覗き込む。

 じっくり覗き込もうとして、画面の奥にうっすら映る姿を見て、冷や汗をかいた。


 そこには亡霊がいたのだ。

 粗末な部屋に箱詰めされた、痩身の青年が。


 今まさに、彼は眼を見開き、じっと俺を見ていた。

 間抜けな猫背に、だらしない服と、伸び切った髪。

 彼はそのすべてを持って、俺の心臓を一瞬のうちに冷たくさせたのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ