村と神様
あらすじを読んで不愉快になられた方、申し訳ありません。誰を侮辱するつもりもないのです。
読んで下さるという方、本当にありがとうございます。よろしくお願い致します。
昔々あるところに、不思議な村がありました。その村で暮らしているのは、みんな変わった体の持ち主なのです。
頭の後ろが大きい人。右腕だけが長い人。指が一本多い人。耳や目が、片方や両方ない人。
村はとても人の来られない山奥にありましたが、大きな川や、沢山の動物と植物があったので、外の人たちと会ったり取り引きしなくても暮らして行けました。
だから、村人はこの村で生まれて、生活して、死んでいく人ばかりです。みんなそれで満足していましたし、外に出ることなんて、やんちゃな男の子が時々考えるだけでした。
ところで、この村には一つ、不便なことがありました。村人がみんな違う体をしているので、色んな道具を一人一人に合わせて誂えなければならないのです。仕立屋さんや靴屋さんはいつも冗談に、
「おまえの左手がもうちょっと長けりゃなあ」
だとか、
「あんたの指が左右おんなじだったらなあ」
だとか言うのでした。
もちろん、気にする人は誰もいません。この村では体が一人一人違うのが、大昔から当たり前だからです。それは村人にとっては個性なのでした。
そんなある日、村に不思議な子供が産まれた、という噂がたちました。今まで村の誰も見たことのない赤ん坊だというのです。
村人はこぞって、その子供を見物に行きました。あっという間に、村外れの小さな家が人でぎゅうぎゅうになり、入れない人は庭まで詰めかけました。
家の中で、お母さんが困った顔をしています。産婆のメヒョ婆が思い切りしかめ面をして追い出そうとしますが、みんなてこでも動かない構えで、赤ん坊をのぞき込んでいます。
村人たちは口々に、感心したり、驚いたりしました。
不思議な赤ん坊には、なんと特徴がなかったのです。
両手は二本で同じ長さあり、指もそれぞれ五本、やっぱり左右同じ長さで揃っています。両足も同じように揃っています。頭は、大きすぎず小さすぎず、目と鼻と口と耳が左右同じについています。そのほかにも、背中や、ひじや、爪なんかをようく見ましたが、どこもかしこも、村人の「特徴でないところ」を集めたようになっているのです。
村人たちはしばらく、やいのやいの言いながら押し合いへし合いしていましたが、やがて一人が、大声で言いました。
「神様の子だ!」
するとみんなびっくりしてその人の方を向き、黙り込みました。
「神様の子だ!」
その人はもう一度言いました。
「あの子は神様にそっくりじゃないか!」
すると今度は、みんながざわざわとささやき始めました。
「本当だ、そっくりだ」
「そうかもしれないぞ」
「あんな子供は初めて見る」
「きっとそうだ」
ざわめきはだんだん大きくなり、やがて、神の子だ!神の子だ!の大合唱になりました。
確かにこの赤ん坊は神様にそっくりでした。というのは、この村に奉られている神様も、赤ん坊と同じように特徴がなかったのです。村の社に立っているのは、ちょうど、私たちが見れば「仏様だ」と言うに違いないものでした。
大昔、村の誰かが拾ったのか、それとも作ったのか分かりません。とにかく、この赤ん坊は神様の子供か何かだと村人たちは信じたのでした。
その日からさっそく、赤ん坊は神の子として扱われるようになりました。みんなが代わる代わるに頭を下げ、食べ物や服や、宝石などを捧げていきます。
名前は、神様の意味を込めて「タスュラ」と付けられました。
タスュラのお母さんは、村人の捧げ物のおかげで前よりも裕福に暮らせるようになりました。家も立て替えられて、雨にも風にもびくともしない村人一番のお屋敷になりました。
お母さんは大喜びです。村のみんなも、神様の子が豊かに暮らせるというので大満足でした。
ところが、何ヶ月か経ったころ、奇妙なことを言う人が現れました。タスュラは病気だというのです。
その人は村で一番頭のいい若者でした。狩りや手仕事でも人の十倍は働くと評判の人気者で、もちろんタスュラへの贈り物やお世話も人一倍に一生懸命でした。
そんな彼でしたから、村人は病気の話を真剣に聞いてみんな一様に心配し始めました。
「いったい何の病気だ」
「風邪か、しゃっくりか」
「治るのか」
「まさか命に関わることは」
若者は騒ぎ出したみんなを鎮めようと、その逞しい腕をゆっくり天に上げました。彼の指は人よりもずいぶん長かったので、まるで盾のように太陽の光を遮りました。
静かになると、若者は話し出しました。
「いいかみんな、よく聞いてくれ。タスュラは、神の子でいるから病気になっている」
とたん、ざわざわっ!と声が上がり、またすぐ静かになりました。若者は続けます。
「タスュラは近頃あまり乳を吸わない。母の乳も、動物の乳も吸わない。ぬるい水しか飲まない。それもほんのちょっとだ。皆も知っているだろう。今までこんな赤子は見たことがない」
そうだ、そうだ、と何人もがうなずき合います。
「私は、神の子だからそれでいいのかと思ったが、タスュラはだんだん体を悪くしている。腕に抱えると軽く、頬は木の実のように青い」
そうだ、そうだ!と前より大きな声が上がります。そうしてやはり、すぐ静かになり、みんな若者が次に何を言うかと息を止めて待ちました。
若者が声を張り上げました。
「タスュラは人間と同じ暮らしができない!だからタスュラを助けるには、あの子を神の子でなくするしかない!」
今度は、誰も何も言いませんでした。若者の言うことが分からなかった人が半分で、分かったけれどびっくりして声が出なかった人が半分です。
しんとしていると、そこにタスュラのお母さんが通りかかりました。
「あら、これは何の集まりですか?」
そう尋ねながら、腕に抱いたタスュラをあやしています。みんながどう話そうかと困っていると、若者が口を開き、病気のことや自分の考えを洗いざらい話してしまいました。
お母さんは泣き出しました。大声で喚きながら、タスュラに濡れた頬をすりつけます。タスュラは、びっくりしたのか、火の付いたように泣き叫びだしました。
「そんなこと出来ないわ!」
お母さんが言いました。
「そんな可哀想なこと!」
「そうだ、俺たちから神の子を奪わないでくれ」
誰かが一緒になって訴えます。
「しかし、このままではタスュラは死んでしまうぞ」
「そうとは限らないじゃないか、それに無理矢理どこかを切ったり伸ばしたりするというなら、それは冒涜だ!」
「そうだ冒涜だ、体をくれる神と先祖への冒涜だ!」
「では、タスュラを心配しないのか?」
「神の子に生まれて死ぬというならそれが運命だ」
「何だと!」
広場はたちまち大騒ぎになりました。みんなが若者を罵り、中には小石を投げる人もいます。どっちつかずだった人も、やがて大勢の方に賛成して、一体になって若者にむかって喚き始めました。
若者も負けておらず、長い指で石を打ち払いながら大音声で言い返します。タスュラはますます泣き喚き、お母さんはどうしていいか分からずおろおろと涙をこぼしています。
結局、騒ぎを聞いてメヒョ婆が出てくるまで、争いは続いたのでした。
みんなを叱って黙らせると、メヒョ婆は、三つの決めごとをしました。
タスュラを静かなところで、気をつけて育てること。
村に伝わる秘薬を、力を合わせて作ること。
そして、村中の賛成なしにタスュラの体をどうにかしたりしないこと。
大年寄の産婆の言うことなので、みんな一も二もなくうなずきました。この村では産婆は村長よりもずっと尊敬される仕事なのです。
ちょっぴり納得の行かない顔をしていたのは、あの若者だけでした。
次の日から村は、タスュラの病気を治すために大忙しになりました。男衆は丘へ登って静かに暮らすためのあずまやを建て、女子供は秘薬を作るための草花を探しに、森の中へ分け入っていきます。なにしろ総出でやったので、家も薬もあっというまにできあがりました。
お母さんは、さっそく東屋に移り住みました。こぢんまりしていますが、きれいで涼しいすてきな住みかです。ここならばきっとタスュラも良くなると、お母さんは神様に手を合わせました。
ところが、タスュラの様子はちっとも良くなりませんでした。
それどころか、ふくよかだった頬はしぼんでいき、桃のようだった肌の色がだんだん黒ずんでさえくるのです。お母さんは半狂乱になって、いくつもいくつも薬を飲ませたり、太陽に当てたりしましたが、全く効き目はありませんでした。
実は、タスュラの病気は、神様とは何の関係もなかったのです。毎日大勢にかまわれるので、疲れてしまっただけなのです。けれど村人にもお母さんにも、それが分からなかったのでした。
それに、メヒョ婆が村人に教えた秘薬というのは、実は毒だったのです。この村には重い病気の人はめったにいないので、そのことに誰も気付かなかったのです。
だからタスュラは、だんだん体を悪くしていたのでした。
ある日のことでした。
村が暗い雰囲気に包まれていたところに、突然、タスュラの泣き声が響きわたりました。
村人はすぐに、タスュラが元気になったんだ!と思いました。なぜなら、タスュラは近頃では泣く元気もなく、ずっと静かにしていたからです。
みんな、いても立ってもいられなくなりました。決めごとのこともすっかり忘れて、喜び勇んで丘の上にかけ上がって行きました。それはもう地鳴りが立つほどでしたが、タスュラの泣き声はそれよりもずっと大きかったのです。
「おおい、おおい!開けてくれ!」
あずまやにたどり着くと、一番前の一人が扉の中へ呼びかけました。けれどなかなか返事がありません。
「おおい!開けてくれったら!」
その人が声を張り上げると、後ろのおおぜいも同じように叫び始めました。
あけろ!あけろ!
けれどやっぱり扉は開きません。内側からかんぬきがかかっているのです。
村人の叫び声はますます大きくなります。タスュラの泣き声もずっと響いています。
あけろ!あけろ!
おぎゃあ、おぎゃあ…
とうとう、力ずくで扉をぶち破ってしまいました。
わああっ、と人がなだれ込み、あんまり勢いが強かったので、扉につっかえてかたまりになって倒れてしまいました。
中には、泣き続けるタスュラと、ぼんやりと座っているお母さんがいました。
「どうして扉を開けないんだ!タスュラは元気になったのか」
そう言いかけたひとりは、途中で、尻切れとんぼに黙ってしまいました。
お母さんがゆっくり立ち上がります。
その右手には、血のついたナイフが握られていました。
「きっと、元気になります」
と、お母さんはいいました。
「だってこの子は、もう神の子じゃないんですもの」
タスュラは泣き続けていました。お腹が空いたのでも、粗相をしたのでもありません。切られた左手の指が痛くて泣いているのでした。
その次の日、タスュラとお母さんは村を出て行くことになりました。
決めごとを破った母親と、神の子でなくなった子供を村に置いていくわけにはいきません。村人はみんな、罵ったり、石を投げつけながら追い出しました。
あの若者だけは、遠くから悲しそうな顔で二人を見送っていました。
村を出たお母さんは、別の村を探そうと一生懸命歩きました。お母さんは生まれつき右足が短かったので、タスュラを抱えながら山道をゆくのは大変です。
村から持ってきた食べ物は少なく、タスュラの薬はもうありません。途中で何度もあきらめかけながら、それでもタスュラのために歩き続けました。
五日五晩たって、ようやく、森が終わりました。それから一日歩くと、今度は大きな街が見えました。お母さんは力を振り絞ってその街の門をくぐりました。
そうして、街の人々を見て、目を丸くしました。誰も彼も、タスュラと同じように特徴がないのです。
お母さんはひとしきり驚いたあと、疲れも忘れて喜びました。
タスュラと同じ人が大勢いる!この子は特別じゃなかったんだわ!
「良かったねえ」
心をおどらせながら、お母さんはタスュラに話しかけました。もちろん返事はありません。タスュラはまだ言葉を覚えていないのです。
それにやはり体の具合が良くなかったので、五日のあいだ何にも言いませんでした。
お母さんは少し心配になって、タスュラを背中から下ろしてみました。
タスュラは、息をしていませんでした。
肌はもうひんやりとして石のようです。もう二日も前に、タスュラは死んでしまっていたのでした。
指の傷からばい菌が入ってしまったのですが、お母さんにそんなことは分かりません。ただ、神様にむごいむごいとばかり訴えました。
何が間違っていて何が正しいのやら、さっぱりわからなくなってしまったお母さんは、誰も知らないところへ行ってしまったそうです。
最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました。不快になられた方には心からお詫び申し上げます。もし非難される方が多いようでしたらすぐさま作品削除いたしますのでご意見をお願いします。
この作品はある番組で紹介されたアジアの村の話をベースにしています。双生児になるはずの子が、二人分の体と一人分の脳を持って生まれ、栄養が足りなくなって、脳がない方の体を手術で取り除いたはいいものの、その子を神として崇めていた村人は母親を非難し子諸共追い出した、という実話です。ご存じの方もいらっしゃるかと思います。
この後書きでまた不快になられた方があったら、本当に申し訳ありません。ありがとうございました。