5＃ これからあたしの方が『お姉ちゃん』？
「もうすぐあたしたちの家に着くよ〜」
「わかってるよ。自分の家だから」
葬式の後、あたしたちは家に帰ってきた。一昨日と昨日は七李お姉ちゃんがずっと入院中だから、こうやって家に帰るのは2日ぶりね。
「それより、いつまで手を繋いでるの？」
「いいんじゃないか」
「これじゃまるで子供みたい」
「本当に子供だから」
「中身はお前より大人だよ」
まあ、確かに中身はそうだけど……。
「でもさっきずっと泣いてた」
「そ、それは……」
お姉ちゃんは何も言い返せないみたい。
「こんな体ではもう強がらなくてもいいよ」
「でも……」
「今までずっとお姉ちゃんがあたしのお世話をしてくれていた。だからこれからもうあたしの番だよ」
「あたしは姉だったのに」
「今あたしの方が姉だからあたしに甘えてもいいよ」
「なんか突然すぎてまだ実感が湧いてこない……というか納得いかないわ」
「あたしもよ。まさかいきなりお姉ちゃんが弟になるなんて」
「弟か……」
やっぱりお姉ちゃんはあまりまだ納得できないみたいね。でも仕方ないよ。どうやら時間は必要ね。
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「た、ただいま……」
家に着いた。
「やっぱり、何もかも大きいわ……。まあ、あたしは小さくなった所為だよね……」
お姉ちゃんは家の中でうろうろしながらぼそぼそ呟いている。
「あの、ところでお姉ちゃんのそんな喋り方はなんとかしないとね」
やっぱり違和感が消えない。男の子の姿なのに、いつものように女言葉で話すお姉ちゃんが……。
「あたしはもうこんな喋り方慣れてるから、いいの」
「よくないよ！ それに『あたし』ではなく、『ボク』」
「え……なんか面倒だ。嫌だよ」
お姉ちゃんはわがまま弟キャラになってる！ いや、元からこんな性格だったよね。ただ子供になると更にわがままってところが強調されるような気がする。こんな拗ねた顔をした仕草も可愛いけど。
「もう、お姉ちゃんったら……。あ、今はもうお姉ちゃんと呼ぶのもやっぱり変だよね」
「そうね……」
「姉じゃなく、弟だから……じゃ、弟くん……」
「おい、何これなんか変じゃない！？」
姉だったら『お姉ちゃん』でいいのに、弟だとなんで『弟くん』は駄目なの？ でも確かに弟や妹の場合普通は名前で呼ぶよね。
「じゃ、名前で。だけどお姉ちゃんの名前で呼ぶのもなんか変だよね。でもこの子の名前もわからないし。どう呼べばいいか……」
「そうね……」
「この件についてだけど……」
いきなりお父さんが会話に参加した。
「身分は証明できないから、とりあえず名前も新しいものを付けないとね」
「じゃ、あたしの名前そのまま使っていいよ。新しい名前なんて面倒くさいわ……」
「いや、同じ名前はさすがに紛らわしいと思う。それに『七李』って女の子っぽい名前だ」
「でも、いきなり男っぽい名前を使うのもなんか抵抗感があるかも」
そうだよね。元は女だったから。なら中性的な名前の方がいいよね。
「変わりすぎるのも嫌よ。覚えるのは面倒くさい」
なんかお姉ちゃん全然乗り気でない。まあ、これは七李お姉ちゃんらしいよね。そもそも人を渾名で呼んだことないし、ほとんどは呼び捨て。これはたくさん名前を覚えるのが面倒だからだそうだ。
「じゃ、あたしが考えてあげようか」
「桃四が？ わかった。それでいいよ」
あたしのこの提案を聞いて、お姉ちゃんはちょっと躊躇いながらも素直に承諾してくれた。やった！ あたしはこういうのが好きだよね。
「えーと、七希……とか？ 『希』の字は『希望』の『希』」
『七』はそのままで最後の字を変えるだけ。『ななき』なら男でも女でもいいみたい。
「うん、いいよ」
「速いっ！」
この名前を提案してみたらお姉ちゃんはあっさりと受け入れてくれた。気に入ってくれたのは嬉しいけど、お姉ちゃんにとって多分ただ『面倒だからすぐ決定していい』とか思っているだろう。
「あ、でも字は『季節』の『季』でいいかも」
「いや、元々は『李』だからさすがに紛らわしいよ」
「これでいいよ。一線増えるだけで済む」
「どれだけ面倒くさがり屋さんなんだよ？ お姉ちゃんは」
とにかく、『季』は却下だ。やっぱり『希』で決定。
「お父さん、名字はうちの『粟崎』そのままでいいよね？」
「うん、親が見つかるまで、うちの養子にしておくから」
親見つかるまでって……。いやいや、例え見つかったとしても絶対この子渡さないつもりだけど。ずっとお姉ちゃんと一緒にいたいから。
それはさておき、名前はこれで決定ね。
「じゃ、これから『ナナくん』と呼ぶね」
「なんでこうなる？」
その呼び方はお姉ちゃん……いや、ナナくんはあまり気に入らないみたい。
「『ナナ』ならお姉ちゃんの元の名前も通用するし。それに男だからくん付け」
「いや、いきなり男っぽいのはちょっと」
「駄目よ。ナナくんはもう男の子だから」
「なんで勝手にその呼び方してる！ あたしは嫌だからね」
「だーかーら『ボク』。今度『あたし』と言ったらお仕置きよ〜」
「何それ……」
なんか全然怖がっていないみたい。今あたしは姉なのに……。姉の威厳を主張しないとね。
「それにあたしのことは『お姉ちゃん』と呼んで〜」
「なんでだよ？ 元々『お姉ちゃん』はこっちの方だ」
「もう違うよ。今あたしの方が姉だよね〜。うふふ」
「そうだけど、やだもん……」
ナナくんは拗ねた顔をしてそっぽを向いた。こんな表情もなんか可愛いけど。
「桃四、いい加減に……」
お父さんは、弟をからかってつい調子に乗すぎているあたしを止めようとした。
「わかったよ。なら妥協案よ……」
その後呼び方や喋り方についてしばらく論争していた。
ナナくんはやっぱりあたしのことを『お姉ちゃん』と呼ぶのは絶対嫌みたいだから、結局『姉貴』にした。
一人称は、どうしてか『ボク』は絶対に嫌なようだから、結局『オレ』で決定した。なんで『ボク』は駄目なのに、『オレ』は簡単に納得いくのかわからないけどね。普通は逆のはずなのに……。
『姉貴』とか『オレ』とか、なんか反抗期っぽいよね。でもこんなナナくんもかっこよくて、それはそれでいいかも。
とりあえず、これからよろしくね、ナナくん〜。
