19# 危うくうちの弟は親友に奪われちゃう?
「ただいま」
「お邪魔します」
放課後ナナくんに会わせるために鈴ちゃんを連れて家に来た。玄関ですぐナナくんが待っている。
「はじめまして、粟崎七希です」
「うん、はじめまして、君は噂のナナくんね。私は白垣美鈴。『鈴』って呼んでいいよ」
2人は自己紹介を交わした。
「はい、鈴お姉ちゃん」
「やっぱり、可愛い弟ね〜」
おい、今のナナくんなんか明らかに猫かぶってるよね。ちゃんと純粋な男の子を演じているし。これなら中身が七李お姉ちゃんだということはバレないはずだ。
それに『お姉ちゃん』って何? あたしのことは『姉貴』って呼んでるくせに。この扱いの差はわざとっぽい。
「姉貴がいつもお世話になっていますね」
「まあね。まったくすごく厄介な友達だよ」
「おい……」
普通ならこういう時は『いや、こちらこそ』とか言う場面ではないか。
「っていうか、あんたは弟に『姉貴』と呼ばれてるの? うふふ」
「うっ……」
鈴ちゃんに気づかれた。そしてニヤニヤ笑われた。なんか悔しい。
「だって、『お姉ちゃん』って呼んだら、七李お姉ちゃんと同じだから、かぶらないように……」
一応この理由でもあるから、嘘ではない。
「なるほど、でも『姉さん』とか『お姉様』とかでもいいのに」
「いや、『お姉様』はさすがに……」
どこのお嬢様だよこれ。
「鈴お姉様……」
本当に呼んでるし! ナナくんはつい鈴ちゃんのペースに乗っている。
「わーい、やっぱり可愛い〜」
鈴ちゃん、これで調子に乗るなよ。
「ナナくん、あたしのこともそう呼んでみてもいいよ」
「でも姉貴はイメージ的には……」
「あたしと鈴ちゃんのイメージはどこが違うの!?」
一応鈴ちゃんはあたしの親友同士で色々あたしと似ていると思うけど。
「姉貴は姉貴っていうイメージだよ」
「わけわからない!」
まあいいか。『姉貴』って呼ばれているのは、正直言うと最初は違和感を持っていたけど、今はもう慣れている。
「うふふ、可愛い弟ね。うちの弟になってみない?」
「おい、絶対ナナくんを誰にも渡す気はないよ」
あたしはナナくんを抱き締めながら啖呵を切って自分の所有権を主張した。
「姉貴、苦しいよ」
「あ、ごめん」
つい力を入れすぎたね。そうだとわかった途端、あたしがちょっと力を抑えてきた。
「こちらにも来てよ。ナナくん」
「はい」
「行かないで!」
鈴ちゃんがナナくんを自分のところに誘ったが、あたしはナナくんを放す気がないから。
「鈴お姉ちゃん、助けて!」
と、ナナくんはわざと可愛らしい声で助けを求めた。
「意地悪な姉貴だね」
あたしが悪人になったの!?
「私が助けてあげるよ」
こう言って鈴ちゃんがあたしの腕からナナくんを奪った。
「よしよし、いい子」
鈴ちゃんもナナくんを抱き締めた。親友に弟を奪われた!
「ナナくん、軽々しく知らない人と抱き合うのはよくないと思うよ……」
「でも、姉貴の友達でしょう」
「まあ、そうだけど」
「しかも優しくて美人」
そこまで言って、あたしの友達をナンパするつもり? なんか色男っぽい。
「いや、そこまでは。うふふ。やっぱりいい子」
うわ、鈴ちゃんは褒められて調子に乗っている。
「ほら、言ったでしょう。うちの弟は可愛くていい子だよ」
「なんであんたがドヤ顔なのよ」
うちの子だからだよ。
「で、いつまで抱き合ってるのよ」
「桃ちゃん、嫉妬してるね〜」
やっぱり、鈴ちゃんはナナくんを離してくれない。
「ナナくん、鈴ちゃんの胸の方が好きなんだ」
「は? ち、違うよ」
計画通り、ナナくんは照れてすぐ鈴ちゃんから離れた。
「桃ちゃん、何てこと言ってるのよ。子供相手に」
「ちょっとあたしより大きいくらいで調子に乗るな!」
確かにあたしより鈴ちゃんの方がちょっとあるよね。本当にほんのちょっとだけよ! 同じ中1なのに発育よすぎて不公平というか。
「別に私……」
「大きさより、大切なのは愛情よ」
「だーかーら、人の話聞いてないのか? あんたの頭ってこんな破廉恥なことばっかりなのか?」
「え? そんなことは……」
今あたしのイメージって悪化しすぎない?
「やっぱり子供にとってあんたの存在は悪い教育になる。私のところに来てもらおう。その方がいい」
「なんでだ? 胸大きい方が教育にいいと言いたいの?」
「そういうことじゃない。嫌らしい話題から離れろ! あんたがこんなこと言って恥ずかしくないの!?」
「そ、それは……」
なぜか自分で言った言葉で後悔してダメージを受けてしまった。
そもそも鈴ちゃんの前でそんな話題をした時点であたしの負けがすでに決まっているかも。
「あんたがこういうのだからナナくんのことを心配してきた」
「うっ……」
何も言い返せない。
「ナナくん、どこに行くの?」
あたしたちが2人で口答えしている間に、ナナくんはちょっとぎこちない歩き方でゆっくりと歩いてこの場から離れようとしている。
「ちょっとトイレです」
そう言い残してナナくんはすぐ走り出して去って行った。
「うふふ、きっとあれだよ。あたしたちのさっきの話を聞いていたから、もう限界ね。男の子だから」
あんな反応、そうだよね。わかりやすい。
「あれって? まさか! っていうか、あんた、自分の言ったことが悪いという自覚があるよね。いい加減反省しなさいよ」
鈴ちゃんは呆れそうな声で言って目を細めてあたしを睨んでいる。
「もしナナくんが変態男に育ってしまったらあんたの責任ね」
「そ、そんなことないはずだよ。あたしはナナくんを信じている」
一応中身は女の子だからね。色男になるはずがない……よね?
「ナナくんのことより、私はあんたの行動の方が不安を感じるよ……」
「そこまでは……」
「だからこれから私はよくここに来てナナくんを見守ってあげる!」
鈴ちゃん、なんでいきなりそうなる!?
「そんなこと言って、鈴ちゃん本当はただまたナナくんと会いたいだけだよね?」
「まあ、それもそうね」
やっぱり、鈴ちゃんもナナくんにメロメロだ。
「えーと、それはさておき。長い立ち話しちゃったね。とりあえず中に入ろうよ」
とにかく、今の茶番はひとまずここで一旦終わりよ! そろそろ次の段階へ。




