【七希】 16＃ 新しい人生を楽しまないとね
さっき朝起きて桃四に翻弄された所為で随分時間を無駄にしてしまったけど、まだ時間の余裕がある。オレは朝ご飯を作らないとね。
昔からこの家のみんなのご飯はあたしの役目だった。
やっぱりお父さんも桃四も料理は全然無理だよね。特に桃四の料理は危険すぎる！
今はこんな体になったけど、やっぱり仕方なく料理は今まで通りあたし……じゃなく、オレがやるしかないよね。
でも今身体がこんなに小さくなった所為で色々慣れなくて不便だ。
桃四に手伝ってもらったからちょっと助かったけど、やっぱりまだぎこちなくて普段より時間がかかってしまった。
少しミスも犯して、味が随分おかしくなったようだけど、お父さんも桃四も気にしなかったようでよかった。
とにかくこれからどんどんこの体で慣れていくしかないよね。
朝ご飯の後、お父さんは仕事に出て、桃四は登校する。土日でも休日でもないから当たり前だよね。
「行ってくるね」
オレのほっぺたにちゅうした後、桃四は学校に行った。
まったく『朝のちゅっちゅ』だなんて桃四っぽいよね。恥ずかしいけど、これもなんか悪くないかも。
昔あたしはお母さんからこのようにしてもらった。だからさっきちゅうされた時はなんかお母さんの姿が頭に浮かんできてしまった。なんか懐かしいかも。
それに桃四は『毎日こうやる』と言ってくれた。本当はそう言われて嬉しいけど、もちろん恥ずかしいから正直に言い出すわけがない。
亡くなったお母さんのことを思い出すとまた泣いてしまうね。でも今オレが一人で留守番しているから、そばにもう誰も残っていない。泣いているオレを慰めてくれる人はもういない。
とりあえず、こうやって今家でオレは一人ぼっちになった。ちょっと寂しくて心細いけど、大丈夫だよ。家で一人留守番するのは今回始めてじゃないんだから。今身体が子供に戻ったから精神が弱くなっただけで、これからも少しずつ慣れていって強くなれるはず。
もう男の子になったんだから、簡単に泣いては駄目だ。
ところで、学校か……。
本来ならあたしも女子高生だったから高校に通っていた。だけど今の体ではやっぱりもう……高校どころか、中学も無理だよね。
でも別にあたしは学校が好きっていうわけではないからこれでいい。家でダラダラした方が楽だよね。独りぼっちで寂しいけど。
そもそもあたしは桃四みたいに勉強熱心ではなかった。桃四は確かに馬鹿だけど、勉強のことだけは全然舐められないんだよね。
むしろあたしはあいつに『お姉ちゃん、高校生なのになんで小学生の問題は解けないの？』とか言われて馬鹿にされたくらいだ。馬鹿なやつに馬鹿にされるのは悔しい。もう思い出したくない。
でもやっぱり結局この後オレはまた学校に通う必要があるよね。そのためにお父さんが手続きをしてくれると言った。
来年の4月から小学生からやり直すことになるようだ。
これはなんか僥倖かも。小学生なら楽勝だよね。中身は高校生だから。でもこれじゃなんかチートっぽくて、後ろめたいという気持ちもある。
この体なら多分今は小4で、来年は小5になるだろう。でもできれば小6になればいいよね。だってこうなったら翌年桃四と同じ中学に通えるから。あいつは確かに馬鹿元気でうるさいけど、やっぱり一緒にいると楽しいよ。
今はただの『人生のやり直し』や『子供に戻る』だけではなく、性別まで変わったんだ。色々新鮮な経験ができるかも。こんな状況でもそんな楽観的な考え方ができるのはあたしの昔からの性格だ。
そもそもあたしは自分が女に生まれたことに後悔したわけではない。確かに時々男の人を羨ましいとか思ったこともあるけど、やっぱり18年ずっと女の子として生きてきてすでに慣れているから、いきなり変わるなんて面倒だからあまり嫌だよね。
確かに男の子になったら、色々変わって慣れなくて大変だけど、こうなってしまったら仕方がない。
桃四も弟ができて大喜びだし。ならこれでいい。これからも男の子として頑張っていくぞ！
せっかくオレは女の子になったのだから、今まで男だった時できなかったことをやってみても悪くないかもね。
それにいいこともあるだろう。慣れたら男の方がトイレとかは速いし。毎月来る面倒なアレもないよね。成長したら特に運動しなくても体が簡単に強くなれるし。色々意外と楽かも。
でもやっぱり男ならもう可愛い服は着られないよね。せっかく色んな服を買っておいたのに。
今のオレにとって元のあたしの服は大きすぎて着られなくなったね。いや、例え成長した後でもこの体は男だから着られるわけがないよね。女装趣味だと思われちゃ困るし。
それでもなんか時々女の子に戻れたらいいと思ってしまった。そんなことは簡単にできるわけがないとはわかっているのに。
そうだ。今はまだ子供だ。それにこの体なら鬘とかを付けてみたら女の子に見えるかもしれない。
鬘なら昔コスプレに使ったものはまだ寝室の中に仕舞っておいてあるようだ。子供の頃の服もまだ残っている。
家の中だけなら、誰に見られるわけではないし。ちょっとくらい……いいよね？ 罰が当たらないよね？
そう考えたらすぐに行動に移るぞ。
「鬘よし、服よし」
オレは銀髪の鬘を付けて女の子の格好をしてみた。子供らしく可愛らしいワンピース。鮮やかな水色でフリル付き。
我乍ら意外といけるね。そもそもこの体は美少年だからね。って、今こんな風に言うと自分を褒めるナルシストみたいになるんだからもう止めよう。
こんな背中まで長い髪は昔のあたしと同じだね。できれば銀髪より普通の黒髪の方が欲しいよね。でもこれしか持っていないから残念。
最初は満足したらすぐ脱いで、元の男の格好に戻るつもりだったけど……、やっぱりせっかくだからこのまま桃四が家に帰ってくるまで待つことにした。
変だと思われて、笑われるかもしれないけど、やっぱり桃四の反応も見てみたいと思うから。
でももしも……。
『は？ 女装趣味の弟なんて気持ち悪い。あたしに近づくな！』
とか言われたらどうする？ なんちゃってね。桃四はこんなキャラじゃないんだから、そんな心配はないか。
家の扉の声が聞こえた。やっと桃四が帰ってきたようだね。
「ただいま。ナナㅋ……えっ？ えーと、君は誰なの？」
家に入ってオレの姿を見た桃四は、やっぱりオレのこと全然覚えていないようだ。こいつは相当馬鹿だから。
しばらく黙っていて様子を見ていたら、つい鬘が外れて正体バレてしまった。でもまあいいか。最初から騙すつもりなんてなかったから。
「やっぱり変かな？ オレはこんな格好……」
「そんなことないよ。むしろ意外といけるかもね」
その後オレはちゃんと理由を桃四に説明したら、あっさりと受け入れてくれた。むしろ『妹ができたみたい』とか言って大喜びして、この姿のオレのことを『ナナちゃん』と呼んだ。
これは意外ではないよ。そもそも桃四なら最初から『弟に女装させたい』とか思っていてもおかしくない。むしろわざわざ自ら女装して見せてあげたから感謝しなさいって言いたいくらいだ。
もちろん、本当に妹になるつもりなんてないよ。女装趣味だと言われるのもやっぱり避けたい。でもたまにはこういうのも悪くないと思っている。だって、あたしは元女の子だったからね。
とりあえず、こんなおかしな妹（ただし実は弟）だけど、これからよろしくね。この馬鹿姉貴〜。
七希視点はここまでです。次は今まで通り桃四視点に戻ります。
