12# 親友に『ブラコン』って褒められて光栄だよ?
「桃ちゃん、おはよう」
「おはよう。鈴ちゃん」
朝学校に来て教室に入って、あたしはいつも通り友達と挨拶を交わした。今あたしに話しかけてきたのはあたしの親友の白垣美鈴、愛称『鈴ちゃん』。
ちなみに学校であたしは『桃ちゃん』って呼ばれることが多いの。
「桃ちゃん、昨日七李お姉ちゃんのことは私も聞いたよ。なんか辛かったよね」
昨日あたしが学校を休んだことを学校側に報告した時に、七李お姉ちゃんのことも伝えておいたから、今もうクラスメートたちにも知られているようだね。
「もう大丈夫よ。あたしは今こんなに元気」
「そうね。あんた意外と元気でよかった」
七李お姉ちゃんのことはすごく悲しんでいたけど、もう大丈夫。だって今ナナくんがいるから。
「それでね。実はあたし、弟ができたんだよ」
ちょっと鈴ちゃんにナナくんのことを自慢げに話してみよう。もちろん、『ナナくんの正体は七李お姉ちゃんだ』っていう事実はまだ秘密にしておくけど、記憶喪失(だという設定)で病院から引き取ったということだけは大丈夫。
「そうか。だからこんなに元気ね」
「うん、弟の愛情でいっぱいエネルギーもらったからね……」
「愛って……。でも確かに『血の繋がっていない姉弟』って……なんかいい響きね」
「だよね! ナナくんは可愛くてかっこいいよ。料理も上手だし、いいお嫁さん……じゃなく、お婿さんになれるよ」
あれ、でも婿の場合料理スキルってあまり関係ないのでは? まあいいか。
「ちょっと、あんたまさか弟と……本気なの? なんか『一線を越える気満々』って顔に書いてあるよ?」
「それはどうかな。うふふ」
なんかいい響きかもね、『一線を越える』という言葉。うちの弟が可愛すぎて、あたしは一線を越えてしまいそうだ〜。
「いやいや、止めておこう。あんたブラコンか?」
「えへへ、そこまでは」
でもナナくんのような弟がいたらブラコンでもいいかも。
「何で褒められたみたいなドヤ顔!? あんた本当に子供に手を出す気か?」
「襲ったりしないよ。……もしナナくんが嫌ならね」
「嫌じゃなければ襲う気かよ!?」
鈴ちゃんが『こいつやばい』と言わんばかりの顔をして、信じられないような視線をあたしに向けてきた。
「愛があれば別におかしくないよね〜」
嫌いにならないように、愛を注いでおけばいいっていう話よ。
「やっぱり、桃ちゃんってあんなにあのナナくんって子のこと……」
「もちろん。でも鈴ちゃんのことも好きよ〜」
「こう言って誤魔化すつもりか」
「本当にあたしは鈴ちゃんが大好きよ」
「どうせ今の桃ちゃんは私よりあの子の方を好きになったよね?」
「うん、ナナくん大好き」
「……なんかこんなにはっきりと即答されるとムカつくね」
「冗談よ」
実は本気だけど、なんか鈴ちゃんが嫉妬してしまいそうだから今はただの冗談にしておこう。
「そこまで言われると、私もなんかちょっとあのナナくんを見に行ってみたくなっちゃったかもね」
「いいよ。今度あたしの家に来たら紹介してあげる」
鈴ちゃんとあたしは小学の頃からの付き合いだから、あたしの家に遊びに来たこともある。もちろん、その時七李お姉ちゃんと会ったこともある。
だからお姉ちゃんが亡くなったと聞いたら鈴ちゃんもショックを受けたんだろうね。
「でもわざわざあの子にお姉さんと同じような名前を付けるなんて、それでいいの?」
「それは何が駄目なの?」
「これじゃ、まるで弟がお姉さんの代わりになるみたい」
実際にそうだよね。だってナナくんは七李お姉ちゃんだから。
「もしそうだとしたら悪いことなの?」
「だって、なんかお姉ちゃん可哀想じゃん」
そうか。鈴ちゃん、そんなこと心配してるんだ。
「でもあの子はお姉ちゃんが命を懸けて守った人だよ。そう考えたらむしろお姉ちゃんが嬉しいと思う」
「そうか。確かにそうかもね」
「心配してくれてありがとう。お姉ちゃんにも伝えておくね」
「は? どうやって?」
「いや、何でもないよ」
やっぱり鈴ちゃんにもナナくんを紹介してみたいよね。でももし鈴ちゃんもナナくんに惚れてあたしからナナくんを奪ってしまったらどうしよう?
でもきっと大丈夫よ。ナナくんはあたしより他の女に興味あるなんてことは……ないよね? そうならないようにあたしが毎日ナナくんに愛を注いであげないとね。
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「桃ちゃん、今日もいつものお弁当ね?」
「うん」
昼休みあたしは鈴ちゃんと一緒に食事をしている。あたしはナナくんに作ってもらった弁当を鞄の中から取り出したら鈴ちゃんにそう質問をされた。
「今まで普段はお姉さんに作ってもらってたのでは?」
「うん、でも今日はナナくんが作ったの」
「あの子、料理までできるの? なんかすごいね」
「そんなに褒められると。あはは」
「いや、あんたを褒めているわけではないし」
鈴ちゃんは呆れたような顔で突っ込んできた。
「あたしの自慢の弟だから」
「すでに姉のような顔をしているね」
「えへへ、それってどんな顔?」
「どうって……。いや、何でもないよ。ところで、あの子って記憶喪失のわりにはよくできる子ね」
「それは……自分のことを忘れただけだそうだ。スキルとか知識とかはそのままみたいよ。もしかしたら元から優秀な子かもね」
「そうか。でも現代日本で10歳の男の子に料理を作らせる親なんてあまりいないと思う。何か特別な事情があるかも」
「まあ、そうかもね」
それはないよ。だって中身は女子高生だから。
「あんた、あの子の本当の親を探す気はないみたいね」
「もちろん」
「おい、堂々とそんなこと言っていいのかよ? 背徳感とかない? あの子の親の気持ち考えないの?」
鈴ちゃんまで、お父さんと同じこと言ったね。
「だって、あたしはお人好しじゃないんだからね。お姉ちゃんのこともあって……」
どうせあたしは聖人君子になるつもりなんてないのよ。
「まあ、その気持ちがわかるかもね。でもね、万が一親が見つかってナナくんは連れて行かれたら? あんたどうする?」
「そんなことは……」
想像してみたら……。
「嫌だ! 絶対嫌だからね! ナナくんはあたしのものだ!」
「おい、落ち着け! 騒ぐな! 人に見られるぞ」
「だって、鈴ちゃんがあんなこと訊いたから……」
「わかった。もういいよ。こんなこともう訊かないから」
もしかして、今のあたしはナナくんがいないともう生きていけないような体になったかも。
こうやって、今日ナナくんの話題で鈴ちゃんとお喋りしてちょっとぎくしゃくしたこともあるけど、とにかく楽しかった。




