10# 料理作りは弟に任せていい?
「桃四、昨夜また七李の部屋で寝ていたのか?」
シャワーを浴びて学校制服に着替えた後、あたしは食堂に入ってきた。お父さんもちょうど入ってきたばかりみたい。
「今までと同じだよ。あたしは昨夜よく眠れなくてね。やっぱり添い寝は落ち着くよね」
「そうか。でも何か喧嘩でもしたのか? ちょっと騒がしかったよ」
どうやらさっきの騒ぎはお父さんに聞こえられたようだね。
「いつもみたいに姉妹でじゃれ合ってただけよ。今は姉弟になってちょっと違う形になったけど」
立場逆転になっても、なんかこんなやり取りはあまり変わらない気がする。やっぱりあたしたちの関係はいつまでもこのように続く。
「ほどほどにね」
お父さんはちょっと心配そうな顔であたしに忠告した。
「はーい。ところで朝ご飯はどうするの?」
いつもなら七李お姉ちゃんが作ってくれた。でも今は……。
「いつも通り、七李が作ってるよ。あ、今は七希だね」
「やっぱり」
こんな体になってもまだいつも通りね……。
あれ? でもこれはなんかおかしいよね。今あたしは姉なのに、なんで弟がご飯を作ってくれるということになるの?
とはいっても、いつも七李お姉ちゃんに頼りっぱなしで、あたしは料理なんて全然駄目だから仕方ないよね。でも何もしないままではやっぱりしっくりこない。
「ナナくん、あたしは手伝おうか」
あたし一人はできないけど、少なくとも手伝うことくらいはできるよ。
「ちょうどいいよ。なんかいつもみたいに力が入ってこないから。背もこんなに低くなったし」
やっぱり、この体ではちょっと限界があるよね。
「じゃ、これからあたしは手伝うね」
「いいよ。今日だけでいい。オレもこの体にすぐ慣れると思うから、姉貴は気にしなくていい」
「ナナくん……ありがとう」
本当にいい子だね。
でも、やっぱり弟にご飯を作ってもらう姉……、なんか納得いかない。
「やっぱりあたしももう一度料理頑張ろうかね」
「それは止めろ。お前に料理を作らせるのは危険すぎる。『家事』じゃなく『火事』になる。これからもオレがやるから」
「でも……」
今なんか酷いこと言ってるよね。ちょっと下手くらいで『火事』だなんて。
「立場が逆転になってもオレの方は料理ができて、お前は下手くそだという事実は変わらないはずだからね」
「うっ……」
なんか『下手くそ』ってところは強調されている。やっぱり容赦ないよね。それに、料理中だから『くそ』とか言うな!
仕方ないかもね。昔もあたしが料理を作ってみたら色々滅茶苦茶になって大変だったから、結局料理は駄目なまま。でもお姉ちゃんの方がずっとあたしより料理が得意なので、あたしなんかはやってもただ足手纏いになるのよね。
こうやって、あたしは弟にご飯を作ってもらうような駄目な姉になってしまった。
しかも今日は学校だから、昼ご飯の弁当まで作ってもらっちゃった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「「「いただきます!」」」
朝ご飯は無事に完成。
「ちょっといつもとは違うかも」
「ごめん、やっぱりこの体はまだちょっと慣れてなくて」
「ううん、いいよ。そんなに変わっていないから。よく頑張ったね。ナナくん、偉い」
こんなに体がちっちゃくなって大変なはずなのにまだいつも通り頑張ってご飯を作ってくれる。これだけで随分嬉しいよ。
「そういえば、ナナくんの学校のことはどうするの?」
「来年の4月に小学校に入学させるよ」
「また小学校か……」
ナナくんは不満そうな顔をしているね。
「仕方がないよ。今七希はこの体で生きていくしかないから、ちゃんと学校に通って新しい友達を作っておかないとね」
「わかってるよ。まあいいか、男の子としてやり直すのも新鮮って感じで、やっぱり悪くないかも」
「ナナくん、楽観的ね」
「こんな経験は滅多にないはずだからね」
そうかもね。あたしも男の子になってみたらどうなるかな? なんか今までとは違う経験ができて楽しいこともあるはずだよね。でもその反面、色々変わって大変になりそうだからやっぱり嫌かも。
「お父さん、オレは何年生になるの?」
「年齢ははっきりわからないが、外見から見れば今9~10歳くらいみたいだから、来年の4月になると小学5年にしたらいいと思う」
あの時あたしはもう中学2年生ね。つまり3年違うということになる。ってことは同じ学校に通うことは……ない。そんな……。
「駄目よ。中学にしてよ」
「無理だよ。こんな小さな体でどう見ても中学生だなんて」
「じゃ、せめて小学6年生でいい」
「そうだね。今は本当の年齢知らないから、『ちょっと成長遅い』ということにしておいたら可能かも。とにかく、できるだけのことはやっておくよ」
「やった! お父さん、ありがとう!」
本当にできたらいいよね。
「なんで姉貴がこんなに嬉しい?」
「だって、そうしたら一年くらいナナくんと一緒に学校に通うことができるよね」
「まあ、確かにそうだよね」
「あたしとお姉ちゃんは5年違うから。一緒に登校できるのは小1だけね」
「そうだったね」
今もあたしが中1で、お姉ちゃんは本来なら高3だった。もうすぐ進路を決めないといけない頃みたいだけど、お姉ちゃんはまだ全然考えていなかったようだ。まあ、今はもう必要なくなったんだからそれでいい。
そもそもお姉ちゃんは勉強苦手だから大学に通う気はないらしい。
ちなみに、お姉ちゃんはあたしより5年上なのに、あたしの宿題を手伝わせてみてもあまり解けなかったね。
あれは2年前、あたしは小学5年生で、お姉ちゃんは高校1年生だった頃。
『お姉ちゃん、高校生なのになんで小学生の問題は解けないの?』
『ちょっと忘れただけだ』
『じゃ、勉強しても忘れて無意味ってこと?』
『そうじゃない。普通の人なら覚えているはずよ』
『つまり、お姉ちゃんだけは普通より駄目っていうこと?』
『うるさい! 馬鹿妹!』
あの時も結局お姉ちゃんに怒られてしまったね。
そんなお姉ちゃんは多分小学校からやり直すのがいい機会かもね。今回はちゃんと真面目に勉強してね。
勉強が駄目なお姉ちゃんだけど、別に出来損ないっていうわけじゃないよ。あたしの世話はちゃんとしてくれていたし。毎日朝ご飯と弁当作ってくれていた。これだけで十分だよ。
「その時はまた一緒に登校しようね。ナナくん」
「うん、姉貴」
まだ先のことだけど、とにかく弟と一緒に登校することはできそう。これも弟ができたらやりたいことの一つだよね。やった!




