第3話 同盟締結
「では、読み上げる。『軍事同盟軍が立憲君主王国の領内を通過することを、立憲君主王国の国王兼首相、フェルディナンド=フィンレック=モンセールの名で保証する。軍事同盟軍は、立憲君主王国領内を通過するにあたり、軍紀を厳正にし、略奪等の犯罪行為を犯さぬことを盟主、タック=セナケ=ハオーの名において誓約する。』これでよろしいかな?」
「うむ。誓おう」
三人の男たちが座った円卓に広げられた文書を確認しながら、男のうちの一人が読み上げる。
それを、別の一人が確認してうなずいた。
「では次。『商業都市連合のアルパ商会は、軍事同盟、立憲君主王国が魔族に対して行う軍事作戦にかかる一切の費用を負担すること。見返りとして、アルパ商会は西辺境伯領または魔導王国を占領後、軍事同盟および立憲君主王国が獲得した戦争奴隷のすべてを両国から無償で譲渡され、独占的に販売する権利を有する。アルパ商会会頭、ゲン=アルパはこれを承認する。』会頭殿。これでいいな?」
「は、はい」
呼びかけられたのは、堂々としている先の二人に比べ、二人の顔を忙しなく見比べるなど、おどおどしっぱなしの男。
アルパ商会の会頭と呼ばれた男は、驚いたような裏声を出しながらうなずいた。
これでようやく、魔族に対してヒューマン側が連携して対抗する勢力が生まれたことになる。
列国会議は、いまだに機能不全に陥っている。
各国が、自分たちは矢面に立ちたくないと腰が引けているためだ。
そのくせ、だれもが魔族の滅亡を願う。
自国以外のだれかが、滅してくれるのを待ち望んでいた。
とはいえ、例外はある。
もし列国会議の場で、自分たちが魔族に侵攻すると宣言した国があったとしたら、どうなるだろうか。
間違いなく、帝国か宗教国家のいずれかが親切そうに接近し、盟約を結んでともに侵攻しようと言い出す。
だが実態は、言い出しっぺの国が軍の大部分を拠出して犠牲を強いられるのに、魔族を撃退したという名誉は、帝国なり宗教国家なりにかっさらわれる。
そんな非対称同盟を強要された、骨折り損のくたびれ儲けな事態になるだろう。
そんなことを、だれも望みはしない。
だが、個人としては最強と目されていたオーガ=ヴァーク=アデシュがあっさりと敗れ、続いて魔導王国があっけなく滅亡したのを目の当たりにした周辺国にとっては、いつ魔族の矛先が自国に向くかわからず、パニック寸前になっているのを必死に抑えこんでいる状態である。
理由は単純だ。
疑心暗鬼になって攻めこんでみたところで、魔導王国が勝てないのに、自分たちが一国単独で勝てるわけがないからである。
であればどうすればいいだろうか。
帝国などの強国の介在を排除するため、列国会議をとおさずに結託すればいいという結論になるのに、そう時間はかからなかった。
こうして列国会議の空洞化という、魔王の望む方向性が強まって行く。
そこに、各国の国内事情が絡む。
まず行動を起こしたのは、旧魔導王国の北隣にある立憲君主王国であった。
かの国はこの世界では珍しく、国王は国の象徴的な立場を受け入れてきた。
そして政治については、首都周辺の市民が中心となって選ぶ首相が担当するという政治制度をとっている。
儀礼面を司どり、国家元首としてふるまう国王と、政治の実権を握りながらも任期があり、暴走が抑えられる首相という、この世界では比較的バランスがとれた政治体制で、数百年間安定した国家運営を続けてきた国家である。
だが、どんな政治制度も完ぺきではありえない。
首都周辺の市民と、地方の豪族が選ぶ首相にポピュリストが立候補したら?
現在進行形でポピュリスト政治家が、国を壊しつつあったのだ。
フェルディナンド=フィンレック=モンセール。
立憲君主王国のモンセール朝創設者にして、史上初めて首相を兼任した国王である。
元々フェルディナンドは、立憲君主王国から見て東隣にある軍事同盟の、ごく平凡な家庭に生まれ育った少年だった。
だが、彼は幼いころから大言壮語を吐いては、周囲とトラブルを起こすという悪癖があった。
おかげで両親とは折り合いが悪く、軍事同盟で強制的に徴兵される年齢である十五歳になる前に彼は家を出て、国を出た。
そして運と才覚さえあれば出世することが可能な、立憲君主王国にたどり着いたのだ。
実はフェルディナンド少年には、心の支えが二つあった。
一つは、流れ者の占い師から告げられた二つの予言。
「この子は大人になったら王になる」。
そして、「女の股から産まれた者には殺されない」。
つまり、魔獣や野獣に気を付けていれば、魔族を含めてだれにも殺されないという神のお告げである。
であれば、軍に所属して出世するのが、社会的階層の固定化された社会では一番の近道となる。
なにしろ、敵の兵士に殺されないのだから、多少の無茶はご愛嬌というところだ。
母国である軍事同盟で軍役につかなかったのは、軍の上層部が世襲軍閥で占められていて、最後の一線を越えられないため。
その点、軍事同盟と国境を接している立憲君主王国は、たとえ大将軍であっても、本人の才覚次第で上りつめられる自由があった。
その点に人生を賭けたフェルディナンド少年は、最終的に予言のとおり、国王の地位を得たのだから、先見の明があったと言えるかもしれない。
彼のサクセスストーリーについては、次の機会に譲ろう。
立憲君主王国の最高権力者となったフェルディナンド王だが、ある理由から魔族の国への侵略という、一ヵ国で為すには不可能に近いことを画策しはじめた。
だが、失敗した場合に失うものが大きすぎて二の足を踏んでいたフェルディナンドは、謁見を求めてきたアルパ商会の会頭とめぐり逢ってから、その詐術に長けた頭脳を用いて、不可能を可能にすることに熱中するようになった。
さて、フェルディナンド立憲君主王国国王に、そのままでは絶望的な戦争に巻きこまれたアルパ商会の会頭、ゲン=アルパとは何者か。
アルパ商会は元々、商業都市連合内の中堅商家であった。
だが、先代当主がまだ働き盛りの年齢で病没した後、新しく当主になったゲン青年の命令による、徹底した節約と、新しい商権の獲得が功を奏した結果、商業都市連合の中でも十本の指に入るまで、勢力を拡大した新興商家である。
アルパ商会のゲン会頭は、病的なまでにリスクを嫌うが、ここぞという時には果断に攻める商人だという評判が立っていた。
だからこそ楽観的で、冒険主義者であるフェルディナンド王と懇意にしていることは、商業都市連合内で驚きをもって受け止められた。
最後に、軍事同盟の盟主、タック=セナケ=ハオーについて簡単に触れよう。
彼は苛烈な性格で知られる。
元は先々代の盟主の家宰を代々つとめる家系の、次男として生まれた。
本来なら盟主にはなれない生い立ちであるはずが、父子二代にわたる能力と立ち回りによって、国内だけでなく、周辺国からも恐れられる非情な盟主となった人物である。
軍事同盟は、元々小さな国々にわかれて相争っていたものたちが、帝国の成立や、魔導王国の王権強化などに触発され、領域外からの侵略を共同で防いだことから同盟として発達した領域国家をその原型とする。
国名からもわかるとおり、盟主に求められることは、ひとえに軍事的能力であり、その点だけで言えば、近年の盟主でタック王ほどの者はいなかった。
そして同盟下の領主にとっては、できる限り盟主から自分たちの支配地域への干渉が少ないほど良い。
その点は、タック王はかなり評判が悪い。
軍事的には盟主を頂点とした体制、外交は盟主が代表するものの、内政や経済は各領主の自治が原則である。
それにも関わらず、タック王は自身が専制的な君主のように各領主に軍事力を背景として命令を下すことが多かった。
とはいえ、圧倒的な軍事力を示されては抗えない。
そんな国内に不満を抱えたまま、なんの断りもなくタック王は、対魔族同盟を締結したのだった。




