第2話 鎮圧
「パルム。奴隷解放反対派の拠点がわかった。急襲しろ」
「御意」
親衛隊だけでなく、雅人がいる都市の治安維持責任者も兼ねるパルムに命じる。
奴隷解放反対派は、後日、帝国に対する見せしめに使えるからと泳がせておくつもりだったのだが、ここ数日で事情が大きく変わった。
立憲君主王国と軍事同盟が手を結び、戦争準備をはじめたとの情報が入ったのだ。
内憂外患。国内の奴隷解放反対派、南の同君連合に加え、北の連合軍と事を構えるつもりのない雅人は、連携される前に、まず一つをつぶすことにした。
「副長。兵を半分預ける。拠点の一つを壊滅せよ」
「イエス、マム!」
全身を純白の鎧に包んだセイスがパルムに敬礼する。
昨晩も愛でたときの口調とは、大違いだ。
とはいえ、シスター クローネみたいな体型にはなっていないので安心してほしい。
「……なんですか、マサトー様」
じっと見つめると、恥ずかしそうに顔を背けられる。
「いや、凛々しいなと……昨日の夜とは全然違う」
「よ、夜のことを今、持ち出さないでっ、くださぃ……」
ハワハワと恥ずかしそうに頬を押さえ、語尾が小さくなってうつむく姿は見慣れた最近のセイスで、少し安心する。
雅人にさんざん愛でられ、男勝りな口調をしようとしていつも失敗するという悪癖はなくなり、プライベートでは甘えて来るようになっている。
厳しい訓練を乗り越えたが、一時のハウリア族のような戦闘狂にもなっていない。
そして、パルムが直々に鍛えたおかげか、副長の地位にまで上り詰めた。
そこまでなるには、単純に努力だけでは難しい。
もちろん一つには、間違いなくセイス自身の努力が大前提としてある。
死にそうなほど厳しい訓練に、ボロボロになった彼女を優しく可愛がってやったことで素直になったのは思わぬ副作用だ。
だが、恐ろしい魔王に甘えたくなるほどの鍛錬だった思えば、ゾッとするだろう?
それを乗り越えたのだから、強くなるのはとうぜんと言える。
強くなったもう一つの理由として、雅人との夜の睦事が挙げられる。
中国でも、いわゆる魏志倭人伝が載っている後漢書より古い漢書に医術の一つとして書かれている房中術という、男女がイチャイチャすることで長生きしたり、養生する方法がある。
もっとも、ここは剣と魔法のファンタジー世界。
医術? なにそれ? 美味しいの? という感じで、もっと単純な話だ。
魔力を帯びた雅人の体液を身体の深部に浴び、あるいは口から摂取することで、成長の限界を突破できるらしい。
同じ現象は藩王たちやパルム、リナたちも恩恵として享受しており、アイェウェの民かヒューマンかにかかわらず効果があることが観測されている。
そして最後に政治的な理由として、アファーマティブアクション的な意味でモデルケースとされたことである。
アイェウェの民も、獣人もニンゲンも種族による差別はないと公言したところで、軍隊が個々の構成員の能力に依存する組織である以上、純粋に魔力や戦闘力に優れたアイェウェの民が上層部に固まってしまうことになる。
それを見た獣人やニンゲンは、やっぱり魔族を優先していると思うだろう。
それは内政面でプラスにならない。
だから、多少の実力差には目をつぶってセイスを副長に任命したのだ。
とはいえ先に書いたとおり、軍隊は実力がモノをいう世界である。
純粋に政治的な理由だけで、弱者を副長になど任じてもだれも言うことを聞かない。
それでもセイスが副長としてやっていられているのは、それだけの強さを血のにじむような努力の末に手に入れたことを皆が知っているから。
だからこそ、部下たちも多少の実力差なら命令を聞くようになっていた。
あの礼儀知らずの自信家である野猿だって宮益の努力を認め、慕っていたくらいだ。
「二人とも気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます」
パルムとセイスは雅人の激励を受けて、意気揚々と出撃していった。
***
「くそっ。どうなってやがるっ」
服がところどころ破れ、血もにじませている男が呻くようにつぶやく。
「可愛がっていた」奴隷を魔族に奪われた怒りで立ち上がり、解放されたと浮かれていた獣人どもを虐殺する楽しみを謳歌していたはずが、今は自分が狩られる立場に陥っていた。
(なんでだ? 獣人なんざ、俺たちに飼われて、おとなしく奴隷をしてれば「可愛がって」やったのに。俺たちも幸せだったのに。どこのどいつだ?)
ヴァークの路地を、フラフラと歩く。
先ほど、すさまじい手練れに斬られた右腕は肘から先がなく、応急処置として縛った傷口からはとめどなく血が流れている。
「おい、どうすんだ? こっちで大丈夫なのか?」
(知るかよ、んなもん)
昨日、一緒になって獣人を虐殺していた男が焦ったような早口でまくしたてる。
その声が妙に遠く聞こえるようになり、男はそのまま歩けなくなって壁に寄り掛かると、ずるずるとしゃがみこんだ。
「おいっ。こっちでいいんだろうな? 俺はもう行くぞ」
早口男が、きょろきょろと周囲を確認しながら、動けなくなった男を置いて先に進む。
(勝手にしろ。バカ野郎が)
血が流れすぎて、もう動けない。
こんなところで死んでしまうなら、昨日、もっと獣人を殺しておけばよかったと後悔する。
そんなことを思っていると、悲鳴が聞こえた気がした。
「見ぃつけた」
雅人が聞いていたら、やっぱり直美かよっ! と言いそうなセリフとともに、セイスが男に近づく。
「ん? 死にそう?」
首をかしげるセイスを見上げて、男は悟った。
この女が、自分たちを狩っていたヤツだと。
その証拠に、右手にもった剣からはポタポタと赤い鮮血が垂れている。
そして左手には、先ほど逃げて行った早口男の襟首が握られ、力なく引きずられていた。
脱力具合と、死の気配を漂わせた表情から、早口男が生きてはいないだろうことも理解した。
「お前が……余計なことをしやがって……くそっ」
男が忌々しげにセイスをにらむ。
「ふん。なにがニンゲン至上主義か。努力もしない劣等種が」
「……お前だって、見たところニンゲンだろ……」
同族でありながら魔族に協力し、獣人を助けるなど、男にはセイスのことが理解できなかった。
自分を殺そうとすることも含め、憎しみでにごらせた瞳で見上げている。
「ふん。私はサックーラ王家の正統な王位継承権者。貴様のようなクズに見られるだけで虫唾が走る」
このあたりの口調は、パルムにつきっきりで扱かれて影響を受けてしまったせいだ。
もっとも、昼間の任務中しかこんな話し方はしないので、雅人には気づかれていない。
「どこの王家だよ……くそったれ……ぐはぁっ」
「悪いが、内乱罪で見つけ次第、殺せと命じられている。死ね」
雅人からは悪即斬と言われたのだが、難しい言葉はよくわからない。
ただ雅人から命じられたとおり、任務に忠実にセイスは犯罪者を殺害した。
(ちっ……なんなんだ、あの女……サックーラ王家だと? しかも、強い……)
しゃがみこんだ男が殺された間、物陰に隠れた男が聞き耳を立てていた。
(宰相様にご報告しなければ……)
だが、今動けば殺されるという確信があり、帝国のスパイはその場を離れることもできない。
(魔族に協力するサックーラ王家のニンゲン……面倒なことになりそうだ)
昏く、セイスに対する確かな憎悪を宿した眼でセイスを観察する。
見られていることには気づいているのだろう。
だが、スパイの男だけでなく、ほかにも圧倒的強者を怯えたように見つめる視線がいくつもあることから、殺されずに済んでいる。
(今に見ていろ……この俺にこんな恐怖を味わわせたんだ。貴様のことは、すぐには殺さん。帝国を敵に回したことを後悔させてやる)
圧倒的な逆恨みでセイスを見つめた、ガチガチの帝国 国粋主義者は、セイスをどうやって殺すかという妄想で死の恐怖を味わった自分を慰めた。




