第1話 策略
長くなってしまったので、二分割して推敲している間に遅くなってしまいました。
「奴隷解放、反対派。後ろ盾は帝国宰相か……こういう寝技ができるヤツだったとは思わなかったな」
旧魔導王国の元・元老院議員の息子である官僚があげてきた報告書を手に、雅人は不快感を表情ににじませた。
元老院を解体して取りこんだことで、以前に比べて内政は各段にうまくいくようになっていた。
経済的な問題も蒸留酒を皮切りに、輸出できる品物を少しずつ開発したことで貿易収支が改善しつつある。
(やっぱりアルコールは偉大だな)
前世では高校生で死んでしまったので、酒の何がいいのかわからなかった。
たとえ三葉みたいな美少女が作ったものだとしても、飲みたいなんて思わなかったものだ。
しかし、ヒクガエルと最後に結ばれるメインヒロインじゃないが、大人は子どものような単純な世界で生きていない。
子どもの世界でイジメを受けていた雅人でも、魔王という地位についてみて、大人は大変だと痛感した。
酒に逃げたくなることだってあるだろう。
むしろ大いに逃げてもらって、蒸留酒をたくさん消費してくれれば有り難い。
話が逸れたので、元に戻そう。
内政は上手く回り、経済的な危機は遠のいた。
軍事力は依然として強く、征服地域外との紛争もピタッと止まっている。
それはそうだろう。
だれが好き好んで、おそろしい魔族とちょっとした小競り合いをしたいと思うだろうか。
やるなら本格的な戦争にならざるを得ないのだ。
そんな、好循環のスパイラルが回りはじめた状況を背景として、徐々に魔導王国内にいる奴隷(主に獣人たち)を解放していっていたのだが、問題にぶち当たった。
魔導王国のブリーフィングを行っていた会議でワカナが言ったとおり、魔導王国のニンゲンたちの間では、獣人奴隷は格安で使いつぶせる消耗品として重宝されるため大量供給され、過酷な条件下で働かされて国家経済を支えていた。
まるで、酸素を届けるのが仕事な赤い服を着た少年たちのような、ブラックな就業環境の中で。
そんな安価で手軽な労働力が、征服者である「魔族」によって奪われた。
それだけでなく、自分たちと解放奴隷である獣人たちが同等の権利をもつ自由人だと言われても、納得できない者たちが多く存在した。
もちろん、彼らも旧西辺境伯領である獣人たちの本拠地にいた市民については、同じヒューマンという意識を持っている。
何年も奴隷を勤め上げ、主人と良好な関係を築くことに成功し、貯めた報酬で自分の自由を買いなおした、正規の手段をとった解放奴隷も、自由人とほぼ同等だと自然に思える。
それだけの苦労を重ねたからだ。
だが一度奴隷に堕ちた者たちは、奴隷である間は言葉を話す家畜という、オーガ=ヴァーク=アデシュよりは多少マシという程度の考えしかない。
もっとも、だからといってオーガのように自分の快楽のために虐殺することについては非難する程度の人権意識はあるようだが。
人間という種族は、あと少しで手に入りそうというものに執着し、一度手に入れたものが奪われることに強い苦痛を感じる生き物である。
そのことを、今回なんども痛感させられた。
金銭的な補償は都度行っているとはいえ、取得時の価格がまちまちであることから、全額を補填することは不可能だ。
ゆえに、所有物を強奪されているという感覚はぬぐえていない。
その感覚は旧魔導王国領内において、地下で煮えたぎるマグマのように不満として渦巻いている。
ほんの些細なきっかけで爆発する火薬庫として。
それだけではなく、使いつぶせるということは多少手荒に扱ってもバレ難いということでもあった。
戦争狂ではないが、実力を誇示するために何度も対外戦争を行ったオーガ王に率いられた軍に所属し、怪我を負って戦えなくなった元兵士たち。
元老院議員を輩出するような名家に生まれず、実力に劣るために官僚になり切れなかった中途半端な知識人たち。
彼らにとって獣人奴隷とは、オーガ王ほどではないにしても虐げ、暴行してストレスを発散する相手でもあったという悲しい現実がある。
そして、統治者が変わったからと言って、急には生活様式や趣向を変えられないのがニンゲンという種族だ。
ストレスを抱えた者たちは、獣人奴隷を虐げることで主人として君臨してきた快楽を簡単には忘れられなかった。
最初のうちは自然発生的に集会が行われ、同じ趣向をもつ者たちが集まってシュプレヒコールを上げ、政策の撤回を求めるだけだった。
だが雅人が一向に取り合わない間に、徐々に過激な思想が生まれ、集団の主流派を形成しはじめた。
(納得はできないが、理解はできる)
雅人も活動が平和的な間は、適度なガス抜きは必要だと見逃していた。
なにせ前世の某超大国も、奴隷制の賛否をめぐって史上唯一の内戦や、果ては大統領暗殺までやらかしたのだ。
しかしながら、解放された獣人奴隷たちを襲いオーガのように虐殺する事件を起こすに及んで、徹底的な取り締まりを命じたところだった。
騒動を起こした者たちを取り締まったところで、それはしょせんは対処療法、もしくはもぐら叩きでしかない。
根本治療をしなければ、いつまでも煩わしいままだ。
とはいえ奴隷制を廃止する選択肢はないので、過激派を壊滅させることで病巣を取り除く方法をとったのだった。
タイミングも悪い。
旧魔導王国領から見て南にある、同君連合。
その王配である戦争狂・パットン=ゴディーゴが病に倒れたことを幸いと、謀略を仕込んでいたところだった。
とはいえ、支配領内の混乱鎮静化の方が優先度が高い。
しかし暴動の背後関係まで調べると、どうやら列国会議でメンツを丸つぶれにされた帝国の宰相が糸を引いているらしいことがわかった。
陰謀論とバカにすることなかれ。
日本人の歴史観に決定的な影響を及ぼした大作家先生の、空に浮かんだ雲を目掛けて昇っていくような話にも出てきただろう?
ロシア革命を日本人が支援したのだと。
敵国を混乱させることで戦争を有利にする手法は、たしかに存在するのだ。
(暗殺するのは容易いが……後任がもっと優秀でない保証はないしな)
帝国宰相に関してなりふり構わず、こちらに裏からちょっかいをかけてこれるような人物だとは思っていなかったので、少し評価を見直した。
それでも、致命的な危険性は薄いと、すぐに排除することは取りやめる。
とはいえ、いつかはやり返してやる必要があるだろう。
(それまで、せいぜい足掻くがいいさ)
それよりも問題は、せっかくちょっかいをかけはじめた同君連合をどうするか、だ。
(二正面作戦とか無理ゲー)
太平洋の諸島を一つずつ制圧しながら、ノルマンディーに上陸させるようなことも不可能ではない。
とはいえ金もかかるし、治安維持にも不安は拭えない。
誰を、雅人が率いない方の総大将にするかという問題も生じる。
藩王の中には政治的に微妙なバランスがあるのだから、誰を選ぶかで揉め事になりかねない。
彼女たち自身は仲がよくても、藩王という地位にともなう責任や、支える者たちの願いが複雑に絡み合う。
(だったらいっそ、謀略のままでいくか)
雅人の目的は復讐することと、容疑者:帝国に呪いをやめさせることであり、直接手を下して罰を与えることではない。
となれば謀略で追いつめ、最後の最後に「ざまぁ」できればいい。
(良し。プロジェクト、クレイマン。発動)
手駒を自在に動かし、自分の手を汚さずに目的を果たすことにした。
最期が不吉なので、主に策略を仕掛ける者たちにはピエロの格好はさせないことは決定事項として。




