第8話 魔族内戦Ⅰ 邪精霊8
「これが答えか、リナ?」
リナの藩王自薦を却下した数日後、火の邪精霊の一部が再び兵を上げた。
だが邪精霊に限って言えば、すでに雅人は火を除いて、ほぼ各長を通じた間接支配を確立している。
その支配は、一部の跳ねっ返りの反抗程度では揺るがない。
「そ、それは……」
「これが答えなら、火の邪精霊は叛意ありとして討伐しないといけない。一部の暴走というなら、キミは火の邪精霊を統率できていないことになる。それで藩王が務まるのか」
浅はかな行動を非難すると、リナは唇をかんで黙りこんだ。
一応、念のために言っておくと、今回の暴発にエリスは関わっていない。
雅人が仕掛けた謀略ではなく、本当に一部の者たちが、リナの藩王位を求めて決起したのが真相だ。
だが雅人がリナに言い放ったとおり、この行動はリナの立場を苦しくしただけだ。
(反乱の規模が大きければ、発言権もあるだろうが……)
大規模な反乱を起こせれば、脅しに使えよう。
だが今回のは、はっきり言って中途半端すぎる。
現に、雅人の命令に従って魔王軍が攻勢に出たところ、簡単に叛徒たちを追いつめている。
窮地に陥った者たちは仕方なく籠城を選び、かなりの数を討ち取られた。
今も、多くの剣戟の音と悲鳴が響いているのが、遠くから届いていた。
どこかで、自棄のような魔法行使にともなう炎も上がっているようだ。
「悪いが、見せしめに徹底的に鎮圧させてもらう。悪く思うな」
言い放つと、リナは唇を血が出るほどかんだ。
自分のため、死を賭して立ち上がってくれた者たちを見捨てなければいけないことに、まだ幼い彼女は耐えられないのだろう。
とはいえ、自分も彼らとともに反乱軍に加わるわけにはいかない。
そんなことをすれば、火の邪精霊は根絶やしとまではいかなくても、かなりの損害を免れない。
それがわかっているからこそ、リナは涙もこらえて耐えている。
***
「戦争は……おろかだな……」
火の反乱軍が鎮圧された後、四人を引き連れて雅人が向かったのは戦争のゴタゴタで焼き払われた農地だった。
「知っているか? ヒューマンがアイェウェ国中に呪いをかけていて、どこも収穫が減ってるんだ。それなのに……これじゃぁな」
名前のとおり、土と親しい一族を代表するだけあって、ワーミィは知っていたが、ほかの三人は知らなかったようだ。
「ワーミィ。土壌改良を、受け入れてくれる土地を見つけた。助けてやってくれ」
「わ、わかり、ました。やって、みます」
土の邪精霊領内は、呪いの影響が見た目上、比較的少ない。
あくまで見た目上だ。
授業でやった統計の知識をなんとか思い出して考察した結果、呪いの影響はあれども土壌改良によるプラスで微減に留まらせることに成功していた。
「なぜー、ヒューマンは、私たちに呪いなんてー……」
「怖いんだろうな」
マーキアの疑問にかぶり気味だが答えてやる。
「魔族と呼んで恐れる者たちが、国を作ってのさばっている。ヒューマンから見ればそうなるんだろうな」
「そ、そんな。私たち、なにも、して、ないのに」
ワーミィが悲しそうな顔でつぶやいた。
「そうだな。だから俺はヒューマンの領土に攻めこむんだ。……今は夢物語かもしれない。でも、ないなら作ればいい。ヒューマンも、アイェウェの民も平等に生きられる場所を。世界が望むものでないなら、変えればいい。自分の手で」
ヒトガミが聞いていたら、絶対ツッコんできそうなセリフをぶつけると、四人は感動して眼を潤ませていた。
(ちょっとやりすぎたか……)
ノーマンを出荷させてしまった少女とはまったくちがう罪悪感を覚えながらも、結果良ければすべてよしの精神で、こみ上げてきた感情を飲み込む。
「そのために……アイェウェの国の中で争ってる場合じゃないんだ……協力してくれないか」
魔王のお願いに、四人ははっきりとうなずいた。
***
「マーキア=パレウン。邪精霊の藩王に任命する」
「はいー。がんばりますー」
結局、リナが屈辱を飲みこんで身を引き、マーキアが藩王となることで合意した。
「リナ=トゥーフィ。マーキアを補佐する将として、敵対する者たちを灼きつくせ」
「はい。魔王様のお考えを理解できないバカを、燃やし尽くすことを誓います」
正直に言って、リナは完全に納得したわけではない。
事あるごとにマーキアに突っかかっていくし、マーキアもそれを持て余しているときがある。
それでも、魔王が決めたことは絶対。
そういう組織を作らなければいけないのだ。
(ふぅ。スライムさんじゃないが、今はまだ、伝説への旅の途中、ってか。長いな)
今も、傾奇者の化粧をした光秀が危惧したような高転びを心配しておどおどしているマーキアと、それを見て自分ならもっと堂々として相応しい行動がとれるのにと、さらにイライラを募らせるリナという図式が目の前で展開している。
とはいえ、マーキアにはあまり心配していない。
地位が人を育てるという言葉もある。
時間が解決してくれるだろう。
それまでは雅人もしっかりフォローするつもりだ。
手取り足取り……腰取り?
閑話休題。
問題はリナの方だ。
まぁ、そちらもある程度は時間が経てば風化する想いもある。
雅人としては、二人とも平等に(昼も夜も)遇して、わだかまりを解いていくくらいしかできない。
自分にできることをやっていこう。
なにはともあれ、これで雅人の軍は大幅に強化された。
そして軍だけではない。
「ワーミィ=フォーワン。食料担当大臣として、国内の農業全般を総括せよ」
「は、はい。微力を、尽くして、頑張り、ます」
実験を受け入れた農地が顕著に収穫を増大させたことで、雅人は支配下の農地に強制的に土の邪精霊たちを派遣して土壌改良を進めさせた。
これにより、反乱軍に比べて兵力では劣勢ながら、総合力ではいい線まできっこうできるようになってきた。
各個撃破の戦略も上手くいっているし、最悪の事態は越えられた気がする。
油断は禁物だが。
(フラグじゃないぞ)
サトゥーのたしなめる声が聞こえてきそうだ。
「シルフィエット=ゴーム。首都の護りを固めてほしい」
「はい、我が君。仰せのままに」
マーキアとリナが率いる軍で攻勢をかけられるようになり、単騎で一騎当千、万夫不当なフォーリを同行させることでかなり戦略的な選択肢が増えることになる。
だが、いくら攻撃は最大の防御とはいえ、ガラの悪い大阪の高校生ではないのだ。
攻撃一辺倒になって、新任監督にディフェンスはザルとか言われるわけにはいかない。
そのため攻撃力と耐久力はイマイチながら、機動力の高い風に護りを任せることにする。
単純に防御力という点では不安があるが、パルムが鍛えている親衛隊が主戦力で、それを支援してもらえればいい。
もし攻められた時は風が急行して敵に攻撃し、かく乱して動きを遅延させる。
そして、その間に態勢を整えた親衛隊が出撃し、迎え撃つ。
兵力に余裕のない状況のため、ゲルマン民族の侵入に悩まされ続けた帝国末期のローマ軍団のやり方を参考に、攻撃的な防衛戦略に昇華させた。
(当座はこれでいいか。次に勝つまではこれで行こう)
まだまだ経済面や兵站など足りないことが多すぎるくらいだが、ひとまず雅人とフォーリ、パルム姉妹の個人的な力量に頼った個人商店から、紛いなりにも組織の体裁は整えられたと思う。
まだ先は長いが、雅人は目を閉じて少しだけ達成感に浸った。
ノクターンの方にも投稿します。
なお、過去編その1はこれでいったん区切らせていただき、明日からは第3章を書き始めます。
よろしくお願いいたします。




