第7話 魔族内戦Ⅰ 邪精霊7
「次に火の長についてだが……」
火の邪精霊たちを見回すと、緊張した面持ちで雅人を見つめている。
「魔王様っ! リナ様を火の長にっ、そして藩王にしてくださいっ」
ガクバの側近が叫ぶ。
あえて空気を読まない行動に出た勇気はほめてやりたいが、カイジの後ろのガヤみたいにざわついた雰囲気は、責任を持ってどうにかしてほしい。
だが、火の者たちからはそれ以上なにも要求が続いてこない。
本気でリナを火の長にしようとかんがえているようだ。
「……ガクバ殿には責任を取って引退してもらうが、後継者については少し考えさせてほしい」
ここで雅人が頭ごなしにだれかを指名したところで、反発が大きくて上手くまとまらないだろう。
昨日までなら火の者たちの中でもめているのはむしろ好都合だったが、今はちがう。
邪精霊で団結して雅人を支えてもらわなければならない。
(まだ、目に見えて収穫が落ちているわけじゃないが……)
確実に、大地をむしばむ呪いがかけられている。
だが、特に邪精霊たちの住む地域では目に見えるほど、収量が減る事態になっていないがゆえに、危機感も薄い。
だから雅人の危機感は、実感として理解されないのだ。
とはいえ、理解されるころにはおそらく手遅れになっている可能性がある。
その前に手を打つためには、邪精霊たちも含めたアイェウェの民の結束が必要なのだ。
***
「よく来てくれた。座ってくれ」
雅人が水を向けると、集まった四人が自分以外の様子をうかがいながら椅子に腰をかける。
「それでは……」
「その前にー、ちょっといいですかー?」
雅人が会議をはじめようとしたところ、マーキアが手を挙げて発言を求めた。
「わたしー、なんの件で呼ばれたかもー、なんの資格でここにいるかもー、わからないんですー」
手を差し出して発言を許可すると、マーキアは心底困惑した表情でそう告げた。
「シルフィエット様とー、ワーミィ様はー、それぞれの長じゃないですかー。リナさんも、長候補ですしー。わたしはー?」
「それを今から話し合おうと思ってな」
優しく会議の目的を説いてやると、「し、失礼しましたー」と言って小さく縮こまってしまった。
可愛い。
あまりに可愛すぎて「マーキアちゃぁん」と、気弱な金髪鬼狩りのように思わず叫びそうになるのを、なんとか自重する。
「ふぅ。さて。先日決めたとおり、風はシルフィエット。土はワーミィで決まりだが、火と水はまだ決まっていない。それをこれからこの五人で話し合いたい」
「なんでこの五人?」
リナがボソッとつぶやく。
「長が二人。それから、俺が考える長候補が二人。つまり、この中から藩王を選ぶ可能性が高いから、というのは理由にならないか?」
そう言うと、反応は様々だった。
シルフィエットとワーミィは驚きに目を見開き、リナは勝利を確信したかのようなガッツポーズを小さく握っている。
マーキアは、意味が分からなくて右往左往していた。
「わ、私よりー、兄の方が水の長にふさわしいと思いますー」
「あんたバカ? 聞いた話だと、あんたのお兄さん、魔王様に斬りかかったんでしょ? それで魔王様の側近である藩王になんて、なれるわけないじゃない」
マーキアの謙遜こみのためらいを、リナがまるで二号機パイロットのような舌鋒の鋭さで否定する。
「はいはい。喧嘩はご法度な」
抑えていた魔力を少しだけ解放しながら、平和的な話し合いだと諭す。
脅しが効いたのか、マーキアもリナも黙ってくれた。
今の段階でもめてたら、いつまでも話が進まないだろう?
「まず、火の長の話だ。一応調べた限り、火の邪精霊としては、リナ以外を長に推薦するつもりはないそうだ」
「ふふん。とうぜんね。父ガクバの後継者は私だけだもの」
リナが薄い胸を張るようにしてドヤ顔を決める。
(まぁ、ほかの目ぼしい者は戦死してるしな)
これを口に出すほど空気を読めないわけではないが、ここが一番の問題なのだ。
つまり、リナは満場一致で長に推薦するには、魔力が足りない。
プライドもあるだろうから、なかなか面と向かって指摘はできないのだが。
「そうだな。他に候補もいないし、暫定的にリナを選ぶということで話を進めよう」
リナが顔を輝かせる。
暫定的と断りを入れたものの、魔王が受け入れたのだ。
リナの長就任は、かなり有力と思っても間違いではない。
「次は、水だ。先の話のとおり、ミシャータは我に刃を向けた。その男を藩王にするわけにはいかない」
マーキアの逃げ道を一つ一つつぶしていく。
「ブーデンは、その責任を取ってやめてもらう」
「つまり、魔王様は、この娘を長にしようとしてるってことね」
リナが合いの手を入れた。
「わ、私がー、長ー?」
アワアワという効果音が聞こえそうなほど、マーキアが慌てている。
「いいわ。私は支持してあげる。その代わり、私が藩王になるのを支持して」
リナが、堂々と裏工作を仕掛ける。
「……リナ。そういうのは、人目がないところでやるもんだぞ」
「関係ないわ。他に、誰が藩王に成りたがってます?」
火の邪精霊たちが降伏条件として、リナの藩王位を要求していたが、まさか雅人としても本気とは思っていなかった。
(これは……もめるな……)
事前の構想とはちがう展開に、雅人も少し焦りながら思案する。
「風さんは藩王に成りたいの?」
問われたシルフィエットは笑いながら首を振る。
「今回の件が大事になったのは、私たちのせいでもあります。それなのに、図々しく藩王位を要求だなんて、あの男ではないのですから」
口調は丁寧だが、死んだカロルにすべての罪をなすりつけてバッサリと断罪する言い回しに、雅人は片眉を上げた。
「そう。じゃあ、土は?」
「わ、私には、魔力が、足りない、ので」
一族すべての魔力を集めていたリードが死んでしまった今、娘といえどワーミィは圧倒的に力不足なのは否めない。
「じゃあ決まりね。魔王様。私が新しい藩王よ」
ドヤ顔でリナが決めポーズを取る。
「ふぅ」
雅人は小さくため息を吐いた。
「リナ。君は二つ勘違いをしている。藩王はだれの支持がなくとも、魔王が決めればそれが決定事項。魔王の専権事項だ」
雅人の口調に、否定的なニュアンスをかぎ取ったリナが顔をしかめる。
「次に、そうは言っても配下をまとめ、魔王の命令を遂行するために、必要な何かを持っていなければならない。人望か、知識か。その、わかりやすい物差しの一つが他を圧倒する魔力だ」
そこまで言えば、リナも雅人の言いたいことを理解しただろう。
「リナ。君にそれがあるか?」
真正面から問いをぶつける。
最悪、火の邪精霊を再び叛逆に追いやる可能性もある。
だが、邪精霊全体をまとめきれない者を藩王につけ、あとで反乱を起こされる時限爆弾を抱えるくらいなら、先に膿みは出しておいた方がいい。
「……」
リナが屈辱に震えている。
「ま、魔王様ー……」
「実力だけを考えれば、この四人ならマーキアが頭一つ抜けている。我はそれを評価したい」
マーキアが、リナに助け舟を出しそうな雰囲気だったのを制するように、雅人は自分の意見を述べた。
事実、現在の魔力量は推計でマーキアを十とするなら、シルフィエットが七、リナが五、ワーミィが土の残存戦力からかき集めた嵩上げをして六から四といったところだ。
雅人は魔力至上主義をどうにかしたいとは思っているものの、まだそれを押し通すには足場が固まっていない。
その現状では、さすがに二倍の差を無視するわけにはいかないだろう。
これで大勢は決した。
あとはリナが、そして火の邪精霊たちが受け入れるか否かだ。




