第6話 魔族内戦Ⅰ 邪精霊6
「……なるほど。シルフィエット=ゴームに、ワーミィ=フォーワンを味方につけたのか」
魔王シャーンを先頭にして近づいてくる集団を見て、ブーデンは感心したようなため息を吐く。
ブーデンの危惧が現実化したのかのように、魔王軍は降伏した風と土の邪精霊兵士を吸収して、ブーデンたち水の邪精霊軍に向けて進軍してきた。
背後では、明らかに魔王軍と連携していると思われる動きを火の邪精霊もしており、気が抜けない。
「ワーミィ様はー、確かー、リード様のご息女ですよねー?」
マーキアの問いにうなずいて答えてやる。
「シルフィエット様というのはー?」
「カロルの先代の子孫だ。カロルは先代の娘婿。シルフィエットはたしか直系の孫だったはずだ」
実力はそこそこあれど人気のなかったカロルとはちがい、先代は藩王としても偉大な人物だった。
早くして死んでしまったのが、今でも一部で悔やまれるほどに。
その直系となれば、政治的には大きな影響力をもつ。
少なくとも、簡単には風の邪精霊としては神輿に担げない。
失敗させられないからだ。
そんな相手を引っ張り出してきた時点で、風の邪精霊はすでに魔王に掌握されているとみて、間違いないだろう。
(ずいぶん前から手を伸ばしていたということか)
カロル暗殺のあとからの動きではない。
ブーデンは握りしめた手の中が汗ばんでいることに気づいた。
(勝てるのか、そんな相手に……)
もし戦いになったとしても、生き残るためには絶対に勝たねばならないが、相応の犠牲は免れなそうだ。
「ブーデン殿。出迎えご苦労」
両軍が、お互いを視認したのでより軍事的緊張感が高まる中、魔王シャーンがにこやかにそう口を開く。
「ずいぶんと盛大な出迎えだな」
後ろに続く兵士たちが足を止める中、笑顔を浮かべた魔王が一人だけ歩いて近づいてくる。
「よせ。まだ出方を見る」
武器に手をかけた部下を手で制し、ブーデンは魔王の意図が分からずに観察することにした。
「火の者たちも、この魔王シャーンが直々に出向けば城門を開けると言ってきている。これで邪精霊は、全軍が魔王の元に復帰するということだな。いやぁ、めでたい」
もう、魔法どころか剣ですら届く間合いまで近づいてきている。
それなのに、特別警戒している様子もない。
なんだ?
なんなのだ?
魔王が何を考えているか、ブーデンにはわからない。
いかに魔王といえど、この間合いなら武器を用意する間も、防御する隙も与えずに殺せる自信がある。
それをわかっているのか?
「ところで、我を迎えにくるだけなのに……ずいぶんと仰々しいな。なぜ、武装している?」
(まさ……か……)
ブーデンは、やっと本当の違和感の正体に気づいた。
(エリスの……仕業か。……やられた……)
まさか、味方しているブーデンにまで不和の元を仕込んでいたとは。
ブーデンは完全に追い詰められた自分を自覚していた。
魔王を出迎えるだけなら、今の軍勢は過剰戦力。
戦地であるので、ある程度の護衛は必要ではある。
だが一軍を率いて出迎えるのは、威嚇も含めた閲兵の意図があるか、相手を害する明確な意思があると見られてもおかしくない。
事実、雰囲気に流されるようにして、戦地だからとアドリナリンが出まくりの兵士たちを連れてきたのは、魔王の軍と一戦交えるつもりだったからだ。
「まさかと思うが……ブーデン=パレウン。叛意を抱いたか?」
完全に挑発されている。
一瞬、目の前のシャーンさえ殺せば魔王軍は瓦解するのではないか。
そんな希望的観測を抱いたが、すぐに頭を振って邪な考えを振り払う。
そして冷静になって魔王の実力を見極めようとする。
(これは……勝てんな)
相手は仮にも魔王だ。
魔力絶対主義のアイェウェの民の最高権力者。
勇者を除き、世界中でだれも勝てない存在である。
それを、リードの後塵を拝したブーデンが倒せるわけがない。
なにか見えない秘策があるのだろう。
それでなければ、絶対的な自信が。
「武装を解除せよ。降伏すれば、命までは取るつもりはない」
前後から挟撃される恐れだけでなく、単純な実力面でも勝ち目はないと、ブーデンは降伏する意志を固めた。
だが、それに納得できない者もいる。
「魔王様。お覚悟っ!」
ブーデンの息子であるミシャータが、無防備に見える魔王に向け、高速で噴出される水でできた剣を振り下ろす。
「ま、待てっ!」
ブーデンの言葉は、届かなかった。
目の前で魔王に刃が近づいていき、そして……ミシャータが斬られた。
「えっ?」
なにが起こったのか、ブーデンにもわからない。
必殺の間合いだったはずなのに、魔王には傷一つない。
「ぐっ……」
致命傷ではないが、十分動けなくなるだけの傷を負ったミシャータが、魔王に踏みつけられて動けなくなっている。
「ブーデン。息子の命。助けたいか?」
「……息子は助けたく存じます。ですが……それよりも、我が後ろに控える兵たちの命を優先してお助けいただければ幸いです」
父親としての情よりも、長としての使命感が勝る。
ブーデンは完敗を悟り、頭を下げた。
「よかろう。息子も、助けてやる。ただし、俺の言うことには従え」
「はっ」
恭順の意を表すため、ブーデンは膝をついた。
後ろの兵たちも、ミシャータとの戦いを見て勝てないと悟ったのか、ブーデンにならってひざまずいている。
「火の者たちも一緒に、我が城で話すぞ」
魔王が、包囲されている火の邪精霊たちに向かって歩いていくのを、ブーデンは頭を下げたまま見送った。
***
「風の長にシルフィエットを、土の長にはワーミィを任命する。ここまでで異論がある者はいるか?」
魔王城に戻り、新体制を決める会議を開いていた。
出席者は各種族から三名ずつ。
はじめに、異論が出なそうな風と土を決めてしまう。
「では両名、我が元ではげんでくれ」
そう申しつけると、二人は緊張しながらもうなずいた。
(ちゃんと言い聞かせてあるから大丈夫だと思うが……)
フォーリとパルムには、事前に話をしてある。
これは政治だということ。
そして、決して二人をこれからもおろそかにしないと約束した。
それでなんとか機嫌を直してくれて、会議に臨めている。
(それにしても……魔族って、みんな可愛いのはなんでだ?)
シルフィエットもワーミィも十分、日本の女性向けファッション誌に出てきそうなレベルの美少女である。
シルフィエットはスラリとしたスレンダーな肢体をした塩顔の美人さん。
本当にあのカロルの親戚かと最初は疑ってしまったくらいだ。
どうやらカロルの死んだ妻がシルフィエットの母親の姉らしく、血のつながりはないそうで安心した。
(将来、あんな風にボンボンボンな体型になられたら、どうしようかと思っていたからな……)
ふくよかなのは悪いことではないが、平安貴族の趣味はちょっとよくわからない。
なお、彼女はいつも少し眠そうな表情をしているのだが、そこが逆に淡い色香をかもし出しているように思う。
ちなみにスレンダーだからといって、無詠唱で魔法をぶっ放せる、サングラスをかけた男装の麗人ではない。
ワーミィは透明感のある美少女で、シャーンと同じ歳とのこと。
脚は未確認だが、腕は脂肪の付きが薄い。
古い言い方だが、腕の細さから想像するにたぶん脚は、カモシカのようなスラリとした感じだろう。
土の邪精霊だが、意外にも走るのが得意という話を聞いている。
(二人が大丈夫だったら……)
真面目な政治的な場面だが、思わずグフフとかいやらしい笑みを浮かべそうになる頬を、意識して引き締めた。




