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第5話 魔族内戦Ⅰ 邪精霊5

「お父様ー、私たちはー、土の方は考えなくていいんですかー?」

 マーキアの疑問に対し、視線を前線から動かさずにブーデンがうなずいた。

「そちらはカロル殿に任せておけばいい。……まったく……どこでこんな悪魔のような方法を思いついたのか……」

 ブーデンの視線の先には、水の邪精霊の総力で消されつつある炎の壁があった。


 土の邪精霊出身の藩王リードに率いられ、魔王城を急襲した反乱軍が撃退されてから半年が過ぎた。

 オニ族など、他の種族が魔王シャーンとエリスによる分断で共闘できずにいる間に、魔王の意を受けたブーデン以下、水の邪精霊軍は着々と火の邪精霊を追いつめていった。

 火の邪精霊軍は、長であるガクバがシャーンに囚われているために指示命令系統が機能せず、方針も一貫していない。

 その隙を上手く突いたブーデン配下の軍は、一つ一つ火の邪精霊軍が立て篭もる砦や支城を落としてきている。

 おかげで、火の邪精霊軍は本拠地に籠城するも、援軍が期待できないという絶望的な状況だ。

 その本拠地すら、今こうして水の邪精霊兵によって、防御のために張りめぐらせた炎の壁を消滅させられつつある。

 ただし、降伏の交渉を同時に進めていることから、本格的な攻撃は控えている。

 それらはすべて魔王シャーンの指示。


 たとえ魔王でも、頭ごなしの命令など聞けないと反発する者が多い中、命令に従った者たちが大いに武勲をあげていればいつまでも無視はできないものである。

 そして反魔王派は、バラバラにされて各個撃破されたり、敗北させられて勢力をいちじるしく弱めたりしていて、気づけば魔王の勢力は単純に劣勢とは言い難い状況まで盛り返していた。

 圧倒的不利な状態からここまで挽回したその手法こそ、ブーデンをして悪魔のような方法と言わしめた、「分割せよ、そして統治せよ」方式である。


 正確に言えば、他の種族の状況についてはくわしくは情報が入ってきていないものの、そちらも魔王派がかなり有利に戦争を進めているらしいことがわかっている。

 アイェウェ全土を巻きこむ大がかりな内戦状態とはいえ、商業活動は活発に行われており、各地を回る商人たちから大まかなことは聞けていた。

 それによると、中立寄りだったドラゴニュートがついに魔王派に加わったらしい。

 これで一気にバランスが崩れるかもしれない。


 邪精霊内のことであれば、ブーデンもしっかりと把握している。

 敵対する勢力を抑えこんでいるという点では、間違いなく合格な水の邪精霊とことなり、風の邪精霊軍は、トップであるカロルの人望のなさゆえに全軍を戦闘に投入できず、手負いのリードを戴く土の邪精霊と一進一退の激闘中。

 先日など、手痛い敗北をきっしたということでブーデンに援軍の要請がきたのだが、お伺いを立てたシャーンが取り合わなかったため、放置している状況だ。

「でもー、カロル様が負けたらー、私たちも危なくないですかー?」

 マーキアの追加の疑問は、父が首を横に振って否定する。

「すでに、おそらく……魔王様はカロル殿が負けることを予想されて、対策を取っておられる」

 続くブーデンの説明によれば、魔王シャーンはカロルが敗北しても戦線が崩壊しないよう、自身の陣地を動かしているという。

「それならー、魔王様がカロル様を助ければいいのではー?」

 マーキアがたずねると、ブーデンは小さくため息を吐いた。

「これはあくまでも父の独り言と思うように。……おそらく、魔王様はカロル殿の敗北を望んでおられる」

 マーキアはびっくりして言葉が出てこない。

「カロル殿は、リード殿を倒して自分が藩王になるのだと、意気ごんでいるからな……手柄を立てさせたくないのだろう」

「ではー、魔王様はリード様をー、引き続き藩王に任命されるおつもりですかねー?」

 マーキアが困惑しながら問うと、それもちがうと首を振られた。

「確かにリード殿は強い。だが、土の者たちの想いを背負いすぎている。ゆえに、邪精霊すべてのことには気が回らぬ御仁だ。そんな者を魔王様は望んでいないだろうな」

 ますます混乱するばかりだ。

 それなら、だれを藩王にするつもりなのだろう。

「何にせよ、我らはここで勝つのみ。気持ちを切り替えよ」

 そうだった。

 今は戦場に身を置いている。

 油断は禁物だ。

「はいー。お兄様もー、頑張っていますからねー」

 マーキアは消えつつある火の壁を、緊張感を取り戻して見つめた。


「カロル殿とリード殿が二人とも死んだ……くわしく報告せよ」

「はっ」

 ブーデンが、シャーンの指示で火の邪精霊に対する攻撃を控え、交渉していると驚きの情報が入ってきた。

 予想外の事態に、息子と娘も同席させた上で、水の邪精霊幹部たちとともに報告を聞く。

「昨日、魔王様の激励を受けたカロル様率いる軍が、土の軍勢の立て篭もる城に突入。多大な犠牲を払いながらも、逆臣リードを討ち取ったとのことです」

「まずそれが解せぬな。魔王様は、リード殿を生かして捕らえるよう命じていたはず……それなのに、なぜ……」

 ブーデンの疑問に答えられる者は、ここにはいない。

「すまん。続けよ」

「はっ。カロル様が首実見をしておりましたところ、風の邪精霊軍の中で、反カロル派と言われた者たちがカロル様を襲い、逃げられずに討たれたとのことにございます」

 その報告に、ウンディーネの幹部たちがざわつく。

「やはりかの御仁、相当嫌われておりましたな」

「あぁ……」

 したり顔でつぶやく声にうなずきながら、ブーデンはどこか引っかかりを感じていた。

 その違和感の正体がつかめないのが、もどかしい。

 だが、それは娘の一言で解消されることになる。

「それではー、お父様がー、次の藩王ですかねー」

 ブーデンはギョッとなって娘の顔を見る。

 だが、マーキアには悪気など一欠片もなさそうだ。

「どういうことだい、マーキア」

「はい兄様ー。だってー、リード様もカロル様もお亡くなりになったんですよねー? それでー、ガクバ様は魔王様が捕まえていらっしゃるー。お父様だけが自由じゃないですかー」

 ピンときていなかった息子に、マーキアが嬉々として説明するのを聞き、ブーデンは背中に冷や汗が流れるのを感じる。

「……伝令兵。土と風の軍はどうなった?」

「はっ。魔王様がお出でになり、接収されたとのことです」

 マズイ。

 このままでは袋の鼠だ。

「……総員、いつでも戦闘できる体制を取れ」

「お父様ー?」

「早くせよっ!」

 一人だけ青い顔をしたブーデンを、不思議そうにながめる幹部たちに雷を落とす。

 強く言ったのが効いたのか、慌てて配下に命令が下されていく。

「お父様ー?」

「……マーキアの言うとおりだ。リードとカロル亡き今、囚われのガクバを除けば、シャーン様に対抗できるのは我のみ。危ないと思わんか?」

「……魔王様が、父上を排除すると?」

 息子の疑問に、ブーデンはうなずく。

「その可能性は否定できん。シャーン様には得体の知れないところがあるからな。それに……我々は最初から忠臣だったわけでもない。一度はリードと手を組んだ。あれはそれを忘れなそうな御方よ」

 思えば、火の邪精霊たちの要求は異常だった。

 降伏する条件として藩王の位を要求してきたのだから。

 負け戦はだれの目にも明らかであったというのに、そんな高い要求をしてきたことに呆れていたのだが、それが明確な戦闘を回避させながらの時間稼ぎだったとしたら?

 すべて、魔王シャーンの筋書きどおりになる。

「取り越し苦労ならばよい。だが、もし疑惑が正しければ……」

 水の邪精霊幹部は壊滅させられるかもしれない。

 そんな予想は恐ろしくて口には出せなかった。

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