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第4話 魔族内戦Ⅰ 邪精霊4

(ヤバっ。ちょー可愛い……)

 太ったオッサン(カロル)を下がらせてから、比較的信用できるブーデンを入室させる。

 カロルの分不相応な野心には注意しつつ、どこかで手を打たなければいけないだろうという予感を強くした。

(そんなことより、次だ。次)

 ブーデンが後ろに同伴者を連れて玉座に近づいてくる。

 確か息子と娘が一人ずついたはずだ。

 兄の方はすでに戦場を経験し、今も火の邪精霊の動きを監視するため、前線で指揮をとっている。

 そして今日は娘を連れてくるとは聞いていたが、あいさつのあと顔を上げた娘を見て、雅人はビビッときた。

 まるで、バスケ部の小田くんが好きだと言われて失恋した数日後に、運命の出会いをした赤い髪の自称天才みたいに、全身に電気が走った。

(モロ好みだ……!!!)

 なんて、思わず口に出してしまいそうになる。

(落ち着け、俺)

 ありのまま。出会った初日に、ねぇおかしなこと言ってもいい? 結婚してくれ! とか言いそうになるが、自分は魔王だと思い出してまた言葉を飲みこむ。

 魔王という立場上、結婚相手は政治がからむ。

 軽々に決められる話ではないのだ。

 とはいえ、結婚してくれたら付き合ってあげると雪の降る夜に言われたら、血だらけでも即答ではいと言ってしまいそうなくらいには一目惚れした。

「シャーン様。……シャーン様?」

 呼びかけられてハッとなる。

「いや、すまん。少しぼーっとしていた」

「お疲れのご様子ですな」

「まぁ、貴殿の前の相手が相手だからな。少々疲れた」

 そう返すと、ブーデンも笑う。

 だが、本来は簡単に疲れた顔など見せられない。

 今のぜい弱な魔王派は、雅人の力量で八割方持たせているのだ。

 健康不安説など流されたら、組織の存亡に関わる。

 フォーリとパルムがいるので決してワンマンチームではないのだが、まだ実力が世に知られていない二人ではとてもじゃないが立て直させないだろう。

 ほぼ無名だからこそ、できることもあるのでそこは難しいところだ。

 だからほうけていたのは、カロルのせいにしてやった。


「……娘は……たしか初陣だったな。名は何という?」

「マーキア=パレウンと申しますー。以後ー、お見知りおきくださいー」

 うんうん。

 見知るだけじゃなくて、仲良くなりたいぞっ。

 そんなことを思いながら、玉座の肘置きにカタカナでマーキアと書いてみる。

 その横に、雅人と書いて、相合い傘なんか書いてみちゃったりして。

 顔がだらしなくにやけそうになるのを、必死にこらえた。

(おっとイカンいかん。落書きなんてしてる場合じゃない)

 ここは聖域を解放するための試練を受ける場所じゃない。

 ラブレターなんて書く場面でもないだろう。

 それに、そんなことよりもやるべきことが山ほどある。

「リードの方はカロルに任せるとして……火の邪精霊を抑えるのは貴殿にお願いしたい。頼めるか?」

 気を取り直して、ブーデンに面倒事は押し付ける。

(はぁ。古き友(マキアヴェッリ)の言うとおり、自前の軍隊じゃないと、考えなきゃいけないことが山ほどあるな)

 雅人の現状は厳しい。

 地球世界の中世なら、イタリアでいえば傭兵、フランスでいえば言うことを聞かない封建領主の軍を率いているようなものだ。

 勝っているときは気前よく協力するが、ちょっと不利になるだけで腰が退け、負け続ければ逃げ出すような者たちばかり。

 命令になどほとんど従わず、自分たちの利益の最大化と、損失の最小化だけを考えて行動する。

 どうにも面倒なことこの上ない。

 そもそもブーデンからして、当初はリードに協力しており、雅人と明確に敵対していた。

 それが、邪精霊の大軍を送りこんでも雅人を倒せなかったとわかった瞬間に、ころっと手の平を返してこちらに協力するようになった。

 もっとも、エリスを事前に派遣して機を見て寝返るよう工作はしていたのだが。

 それを裏切りと呼ぶのは簡単だし、風見鶏と批難することも容易い。

 だが、そうして戦乱の世を生きていくのだ。誰しも。

 中央集権化も、官僚制も、絶対王制もない。

 国民国家もなければ、近代的な意味での国境すら危うい。

 そんな状態で、だれが二つとない自分の命をかけてまで王のために戦うというのだ?

 気長にやるしかない。

 雅人の望みはそんな世界で生き抜き、復讐をとげることだ。

 清濁あわせ呑む度量が求められる。


「火の邪精霊を抑えろとのことですが、ガクバ殿はどう扱うお積もりで?」

「命を取るつもりはない。引退して、おとなしくしてくれるなら、他の者たちにも寛大な処置を約束しよう」

 いまだ激しく抵抗し、炎の壁でこちらの進軍を防いでいる。

 あれを力づくで越えようとすると、犠牲も大きいだろう。

 その後、降伏条件などを雅人はブーデンと打ち合わせてから下がらせた。

 帰り際のマーキアにキモがられないよう注意しながらだが、死ぬと喜ばれる珍しい主人公がアニメ冒頭でやらかしたように、美少女を何度もチラチラと見てしまう。

 最後に部屋から出て行く前にぺこりとお辞儀されたのをもだえながら見たあと、ほぅ、と小さくため息を吐いた。

「可愛らしいお嬢さんでしたね」

 いつの間にか横に立ったパルムが言う。

 心臓に悪いから、気配を消して近づくのはやめてほしいのだが。

「あれでも、聞いた話だと俺より年上だぞ」

 お嬢さんと呼ぶのは相応しくないだろう。

「マサトー様ぁ……私たち、もう要らないんですか?」

「はっ?」

 続けてフォーリが泣きながら迫ってきたので、間抜けな声を出してしまう。

「我が君は、随分先程の御令嬢に御執着のようですから。私達姉妹はお払い箱ですね」

「いやいや。ちょっと待て」

 焦る。

 雅人が抱える最大戦力のフォーリとパルムがいなくなったら、内戦に勝てるはずもない。

 それ以上に、二人を手放すという選択肢は雅人にはない。

 なにより大事な二人だ。

 部下としてではなく、そばに居てくれる存在として。

 愛しい女性として。

 それなのに、なぜ?

 そこまで考えて、気づいた。

(ジェラシーか……)

 最初から二人の女性をはべらせるという、前世ではコミュ障だった男にはハードすぎるシチュエーションだったとはいえ、二人は姉妹なので、嫉妬はしても足の引っ張り合いというのはこれまでなかった。

 だが、マーキアはちがう。

 二人にとって、まったくの他人だ。

 しかも、長身スレンダー美人の二人とは、まったくちがうタイプの小さくて可愛らしい感じなのがよけいに話をややこしくしている。

「……妬いてるのか?」

「ちがいます」

 パルムが、太刀筋のようにばっさりと切り捨てる。

 だが、それ以外に思いつかない。

(せめて、白聖女(セシリア)みたいに、じぇら~とか効果音があればわかりやすいのにな……)

 そんな、無い物ねだりしたくなるようなシチュエーションだ。

(っていうか、俺に嫉妬してくれるとか、すんげぇ嬉しい)

 そう思うと、パルムのむくれたような顔すらもが愛おしい。

「パルム。妬いてるだろ?」

「ちがいます」

 良く聞くと、すねたような声色が混じっている。

 フッと笑い、左右に立つ二人の手を取って引き寄せる。

「嬉しい。素直に。俺なんかのことで嫉妬してくれて」

「それは……だって……」

 頭を抱くようにして胸板に押し当てると、パルムが小さくつぶやいている。

「安心してくれ。たとえ何があっても、俺は二人を棄てたり、遠ざけたりしない。約束する」

 断言してやると、パルムの身体からふぅぅっと力が抜けていく。

 危機的な状況は去ったらしい。

「えぐっ、マサトー……様ぁ……。ホントに? 本当ですか?」

 フォーリが、号泣している。

「姉上。マサトー様の御言葉を疑うのですか?」

「そ……じゃないけど……だって……」

「心配かけたな。ごめん。そんなつもりはなかった。絶対の絶対。二人は俺が死ぬまで、そばにいて欲しいと思ってる」

 そう言って、雅人は姉妹の頭をさらに強くかき抱いた。

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