第3話 魔族内戦Ⅰ 邪精霊3
「……燃えてるねー」
水の邪精霊の長、ブーデン=パレウンの娘、マーキア=パレウンが窓の外を見てつぶやく。
視線の先には火の邪精霊たちが立て篭もる、彼らの本拠地がある。
「ガクバ=トゥーフィ殿が囚われているからな。休戦や敗北を認めて責任を取れる者が火の邪精霊にはいないのだろう」
ブーデンが茶をすすりながら解説してやる。
土の邪精霊の長であり、藩王でもあるリード=フォーワンの反乱に端を発したアイェウェ国内の争乱は、日に日に激化していた。
邪精霊が叛旗を翻したことを知った他の種族も策動をはじめ、オニ族、妖魔族、不死族が反魔王に立った。
かろうじてドラゴニュートは静観する構えを見せているが、魔王が明らかに劣勢になれば彼らもシャーン=カルダー八世に襲いかかることだろう。
「お父様ー。シャーン様は勝てるのですかー?」
「勝ってもらわねば困る」
幼い娘の問いに、身も蓋もない返答を返す父親。
「……勝てると思ってー、シャーン様にお味方したのではー?」
マーキアの疑問に、ブーデンは薄笑いを浮かべた。
「そうだな。少なくともシャーン様にはエリスがついている。おかげで、反魔王派は主導権争いの真っ最中だ」
オニ族と不死族のほぼすべてに、妖魔族の大半が反乱を起こしたにもかかわらず、いまだにシャーンが魔王でい続けているのには、不和と争いをもたらす厄災たちの活躍が大きいだろう。
エリスの力によって、反魔王派は目的を同じくしながらも連携ができずにいる。
その結果、魔王派によって各個撃破され、徐々に不利な状況に追い詰められつつあった。
ここまで活躍されるとエリス女王の息女、エリス=エリスティアが次期王妃になるのではという憶測まで飛ぶほどだ。
「さてと。そらそろ行くとするか」
「はいー。緊張しますー」
マーキアは父と同じく、ウンディーネの伝統的な戦闘服に包んでいた身体を立ち上がらせる。
「だれでも最初は緊張するものだ。心配しすぎるな」
族長としての顔から、その瞬間だけ父親の顔になったブーデンは、マーキアに笑顔を向けた。
「おお、ブーデン殿。戦局は如何かな」
「……これはカロル=パーズ殿」
ブーデンに付き従って魔王城の廊下を歩いていると、風の邪精霊の長であるカロルと扉の前で鉢合わせる。
脂ぎったテカテカ光る顔に、マーキアは嫌悪感を隠すことに失敗する。
ふつう、シルフは風の力を持っているだけに飛ぶのを得意としているので細身なのだが、カロルは前魔王ケイブリスに気に入られようと暴飲暴食を繰り返した結果、でっぷりと太ってもいた。
そして、そのあからさまな媚びへつらう姿勢に、潜在的な敵が多いことでも知られている。
リードのように明確に敵対する者は逆に少数派だが、風の邪精霊の中にも反カロル派は強い勢力を有しているらしい。
なおマーキアの父ブーデンも立場上、ふだんはギリギリ友好的といえる程度の当たり障りのない対応をしている。
だが今は、突然現れたカロルに面くらい、内面の嫌悪感がにじみ出てしまったような塩対応を返していた。
「魔王様に緊急で報告することがあってな。先に宜しいかな」
そんな反応は慣れっこなのか、カロルは気にする風もなく先に行かせろと要求してきた。
ブーデンは面倒事はごめんこうむりたいと、先を譲った。
***
「シャーン様。逆徒リードの副官の首に御座います」
風の邪精霊の長であるカロルが緊急で面会を望んだので、目通りを許した。
そして雅人の前でひざまずいたカロルがふところから取り出したのは、雅人も会ったことのある、土の邪精霊の名目上の長であり、リードの副官を勤める者の首級だった。
(うぇぇっ……)
典薬頭も言っていたが、現代日本人からすると、なにが楽しくて生首を見なければならないのか。
なんの罰ゲームだ、としか思えない。
とはいえ、ケアルが倒した魔王みたいに賢者の石を落とすわけでもなく、異世界モノ定番の魔石をドロップするわけでもないので、殺した証拠としては首級を見せるのが一番というのは理解はできる。
頭で理解できることと、感情の折り合いは別物だが。
(あからさまに報酬を求めてんな……)
カロルは、欲深い目で見つめてくる。
どう考えても、雅人の言葉を待っているようだった。
これが何をもらえるのかなと、そういう趣味は皆無でも美少年にキラキラした瞳で見つめられたら、情にほだされて何か下賜してやる気になったかもしれない。
美少女ならもうお腹いっぱいと言われるまでプレゼント攻勢するかもしれぬ。
だが、シャーンの父であるケイブリスへのゴマスリで暴飲暴食を重ねた醜いオッサンに、何が悲しくてご褒美をくれてやらなければならないのか。
「土の今の長か」
「左様に御座います」
そこだけ聞けば大殊勲なのだが、雅人は実情を知っている。
「土の邪精霊は、実質的な長に魔力を集約する文化があったはず。名目上の長と言っても、その者は大した戦力ではなかったと思うが?」
突っこんでやると、カロルはその程度は予想済みなのだろう。
慌てる素振りも見せない。
「とはいえ、藩王を僭称する者の副官です。政治的な効果はあるかと」
「で、あるか」
生首を前にして精神的にやられそうなので、魔王は魔王でも第六天魔王様の口癖を模倣して冷酷な自分を演技する。
座る姿勢も変え、左肘を肘置きに乗せて頬に手を突き、脚を組む。
BGMは、正解だか不正解だかいう曲が流れている暴虐な魔王のイメージだ。
「政治的な効果まで考えて行動してくれるとはありがたい話だ。そのまま攻勢をかけて、リードを我が前に連れてきて欲しい。可能な限り生きたまま、な」
ふだんは政治的なことなどあまり考えずに、自分の為だけに行動することを当てこすってやる。
残念ながら? 幸運にも? そこには気づかなかったようだが、リードを殺せという命令を今日も出さなかったことで、カロルは奥歯をギリっとかんで悔しがっていた。
(そんな反応するんだ。藩王を新しく任命するつもりは未だないぜ)
雅人は、リードから藩王位を剥奪していなかった。
他の種族も反乱を起こしているのだ。
藩王位を、降伏条件などの政治的駆け引きに使うためという理由もある。
そしてそれ以上に、邪精霊の藩王位を空位にすれば、間違いなくカロルがそれを求めてくる。
何度でもいうが、何が悲しくてオッサンを側近に値する高位に就けてやらねばならないのだ。
そんな感情論もあるにはあるが、それ以上に、なによりカロルはバカでもわかるほど面従腹背なので、高い地位にそう易々と就けさせられないという現実的な問題もある。
(とはいえ……わかりやすいけど引き続き警戒が必要だな)
カロルは、自分が風種族内で嫌われている自覚くらいはあるのだろう。
リードが得ている土種族内での圧倒的な支持が、うらやましくて仕方ないのだと思う。
その証拠に、事あるごとにリードに粘着していたのは、有名な話だ。
(SNSなら即ブロック案件だな)
もう、側から見ていてもうんざりするほどに。
だが、あながち馬鹿にもできない話だ。
これがジャグラス……昔の蛇倉隊長みたいな素直になれない話程度ならいいが、ルックナー会計監査長みたいな実害が出そうなゆがんだ嫉妬に見えて仕方ないので、放置もできない。
(昔から、男同士の嫉妬ほど厄介なモノはないというからな)
アフリカヌスもカエサルも、見方によっては大小カトーの嫉妬(本当は政治的なスタンスがかけ離れ過ぎていたせいだろうが)で苦しめられたのだ。
彼らのように優秀でないことを自覚している雅人としては、面倒事はごめんこうむりたいところだ。
「カロル殿。次は首ではなく、生きたままのリードをここに連れてきてくれるとありがたい。よろしくお頼み申す」
「はっ。必ずや……」
生首を見続けることにゲンナリし、雅人は新たな命令を下してカロルを下がらせた。




