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第1話 魔族内戦Ⅰ 邪精霊1

「新しい魔王様は、どうやら味方もなく、孤立しているようですね」

「まぁ、実の父親をとっ捕まえて閉じこめた上で強引に即位したら、そーなるわな。ガハハ」

 筋骨たくましいが物腰が柔らかい男の言葉に、真っ赤な髪を逆立てた男が笑いを返す。

「で? ケイブリス様は無事なのか? ガハハ」

「ご無事のようです。あの方も、王としてはなにもされない方でしたから、シャーン様のやり方次第では、こんなチャンスはめぐってこなかったでしょうね」

 手にしたワインの入ったグラスをゆっくりと回しながら、男は満足そうにつぶやいた。

「反対する姉君と弟君も軟禁状態。なにを焦っていらっしゃるのかわかりませんが、魔王様はずいぶんと無理をなさっていますしね」

「つまり、アンタが今の魔王様を倒しても、誰も文句を言わなそうってことだよな。ガハハ」

「まぁ、そういうことですね」

 赤い髪の男の言葉を聞いて、もう一方は立ち上がる。

 上半身だけでなく、下半身も(いわお)のようにたくましいのが、立ち上がるとよくわかる。

「集めましょう、兵を。前王、ケイブリス様を助けるための義兵を」

 男が、喉から手が出るほど欲していた大義名分を、新しい魔王はおろかにも自ら差し出してくれた。

 思わず笑みがこぼれそうになるのを必死に引き締め、男は歩き出した。


 このチャンスを逃すという選択肢はあり得ない。

 男が会談場所であった部屋から出ると、廊下には多くの群衆が待っていた。

「皆さん。私、邪精霊藩王、ゴーレムの長たるリード=フォーワンの名において命じます。幽閉されたケイブリス前王をお救いするため、非道な現王、シャーン様を討ちます。すべての邪精霊たちは、我が元に集まってほしい!」

 おおっ! という腹に響くような声がとどろく。

 中には気が早いのか、すでに武装している者たちの姿もある。

 それらが皆、血気盛んな様子で雄叫びを上げ、廊下に声を響かせていた。

 それを見てリードも、先ほどまでリードと会談していたガクバ=トゥーフィも満足そうな笑顔を浮かべるのだった。


 数千年前、禁忌の魔法を使ったことで精霊の世界を追われた者たちは、本来の精神体には二度と戻れなかった。

 受肉したものの、慣れない肉体を持て余しながらの生活は苦難の連続だったという。

 なんとか精神と肉体のバランスを取ることに成功し、魔族と恐れられた者たちとともに生きることを決意したと伝承は語る。

 精霊には、もう二度と戻らないという決意を込めて自らを邪精霊と名付けた者たちはそれ以来、アイェウェの民に同化しようと、懸命に努力して生きてきた。

 それでも、今まで一度も魔王を輩出したことはない。

 魔王を出さなければ、本当の意味でアイェウェの民に受け入れられたとは思えず、邪精霊たちは魔王になれる者の誕生を心待ちにした。

 その千載一遇の好機が、向こうから転がってきたのだ。

 リードは激情に身をひたらせつつ、頭の中では冷静に計算を走らせていた。

(他の種族に先んじられるわけにはいきませんからね。バランスを考えれば、できる限り邪精霊単独で魔王を殺すべきです)

 幸い、現魔王の支持者は少ない。

 邪精霊族では、変革を求める若手の一部が支持しているにすぎないことがわかっている。

 他種族も、かなり魔王は不利な状況だ。

 不死族は邪精霊族同様、ほとんどが反魔王派らしい。

 オニ族に至っては、まだ王子だったころの魔王に対して警護役に就けた現藩王の娘二人だけが魔王を支持している状態と聞く。

 最大の支持者は妖魔族の、それも絶滅寸前と言われるエリスであり、魔王の出身種族とされているドラゴニュートですら積極的な支持は表明していない。

 魔王としては、せめてドラゴニュートと母親の親戚である妖魔族、それも最大派閥であるサキュバスに味方して欲しかったと思っているだろうが、すでに前王妃は亡くなっている。

 つながりは期待したほどではなかったということだ。

 これをチャンスと言わないならば、何を言うのだろう。

(ゴーレム史上、最強という評価、見せてあげましょう!)

 土の邪精霊としてこれまでで最強と言われるリードは、手に届きそうな栄光の地位を前に武者震いしつつも、いっそう気を引き締めた。

(あとは……魔王派に転じている子どもをもつ者たちをどうするかでしょうか)

 たとえ邪精霊から魔王を出すためだとしても、息子を殺せと言われて納得する者はほとんどいないだろう。

 だから、その者たちはできる限り後方勤務にして、葛藤させないようにしなければならないだろう。

 裏切りを防ぐためにも。

(考えなければならないことが山積みですね)

 だが、苦労が報われれば構わない。

 邪精霊の、そしてアイェウェの民の歴史に名を刻めるのだから。


「風は不参加ですか」

 数日後。

 魔王の非をただすという名目を掲げたリードは邪精霊を付き従え、現魔王に対して挙兵した。

 盟友である火の邪精霊、イフリートのガクバ=トゥーフィに加え、リードのそばには水の邪精霊、ウンディーネのブーデン=パレウンが集っていた。

「仕方ないだろうな。普段からアンタとは仲が悪いんだ。敵に回らなかっただけ、よしとしなくっちゃな。ガハハ」

 遠慮のカケラもないガクバの言い方に、リードは苦笑するしかない。

「他の種族の動きは把握できていますか?」

「……我々が最初に動いている。ここが勝負どころだろうな」

 リードの問いに、他種族の動向を監視していたブーデンが答える。

「リード殿。皆が待っている。最後の下知を」

 ブーデンに請われ、リードはうなずくと一歩前に出る。

「皆の者、今より魔王城に入る。無抵抗の者には危害を加えないことを約束してほしい」

 リードの声かけに、集まった兵たちがうなずく。

 魔王派は少数だ。

 邪精霊の大軍を見れば戦意を喪失して下ってくれることだろう。

 そうなれば、戦後のことを考えても寛大な処置をしたいところだ。

 虐殺など、あってはならない。

「そして戦いに勝てば、魔王城は今後、我らの城となります。略奪などは厳に慎んでほしい」

 これはなかなか難しいが、一応、兵たちはうなずいてくれた。

 勇者の侵入にそなえて、魔王城には多くのワナや仕掛けがほどこされている。

 そして、そんなワナに侵入者が引っかかりやすいように内装は豪華絢爛であり、盗み出して売り払えば一財産は築けるだろう。

 完全に止めることは難しいかもしれないが、新しい魔王となったリードの城がみすぼらしければ、新王の権威もあなどられかねない。

「我々が狙うは、父である前王を幽閉したただシャーン様お一人です! では、進軍!」

 リードが言い終わってから歩き出すと、彼の後ろに邪精霊の軍勢が続いた。


 城門は開け放たれ、門番もいない。

 伏兵がいるかと斥候を放ったが、実に拍子抜けだ。

「本当に魔王様はいるのか……?」

 後ろからつぶやきが聞こえる。

 どうにも、緊張感が薄れてきているような気配に、リードはいら立ちをなんとか押さえこんだ。


「ガクバ=トゥーフィ様。お相手願いたい」

「ウワサのオニの姉妹か。いいぜ、遊んでやるよ。ガハハ」

 リードたちが廊下を進むと、ようやく敵が現れた。

 魔王の数少ない味方である、オニ族の姉妹だ。

 二人して行く手をさえぎるように立っている。

 リードが物量で押し切ろうとすると、姉妹の妹がガクバとの対決を指名した。

 名指しされて逃げる男ではない。

 嬉々として二対一の戦いに挑もうとする。

「ガクバ殿、今はそれどころでは……」

「先に行ってくんな。俺はちょっくらこの二人と遊んだら、追いかけるからよ。ガハハ」

 こうなったら、リードの言うことなど聞きはしない。

 そもそも、藩王といえども各種族に対して干渉できることは限られている。

 邪精霊はあくまでも各種族の連合体であって、藩王はしょせん、他種族の長よりも強いというだけである。

 いわんや、命令などできようはずもなく、リードはため息をついてから先に行くことにした。

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