第7話 売りこみ
遅くなりまして申し訳ありません。
「魔王様。こちら、商業都市連合で今、流行の最先端と呼ばれる服にございます」
雅人の目の前で、商人の一人がイキイキと服のサンプルを広げている。
正直に言って、わからない。
着ると裸みたいになる、バカには見えない服ではないので、だますつもりはなさそうだが(そんなことがバレたら、命がないのは分かっているだろうが)、服のデザインの良し悪しなんてわかるわけもない。
(アプロとか、MINORIってブランドなら、間違いないから即決するんだが……)
前世日本の既製服の素晴らしさが懐かしい。
少し困ってチラリと横を見る。
と、マーキアが眼を輝かせていた。
「マーキア。これは領内で売れるか?」
自分や、周りの女性たちのために買うわけではない。
あくまでも判断基準は売れるか否かだ。
「売れるとー、思いますよー」
「そうか。なら商売を許可する」
雅人の採決に、商人はホッとした表情を浮かべる。
その後、他の商人が持ちこんだ商品についても順番に交渉し、条件などをすり合わせると、商人たちはホクホク顔をしながら謁見の間から出ていった。
魔導王国を滅ぼした雅人たちの前に立ちふさがったのは、敵国ではなく経済的な問題だった。
北から立憲君主王国、魔導王国、同君連合と並んだ三カ国は、魔導王国国王オーガ=ヴァーク=アデシュの冒険主義的な軍事行動のせいで何度も戦争した間柄であった。
だが、魔族という目の前に現れた共通の脅威に対しては手を合わせる必要性を痛感したのだろう。
連携して獣人領を経済的に封鎖した。
その裏には、列国会議で面子を潰された帝国の策動があったのだが、ヒューマンの敵に認定されたくないダークエルフたちにまで交易を拒否されて、かなり苦しめられた。
おかげで、魔導王国を併合したあとも東西の交易量がなかなか増えない。
現在では、封鎖の真ん中に位置する魔導王国を征服したことで連携に穴を開けることに成功している。
だが、足並みをそろえた軍事行動に移れない列国会議がせめてもの抵抗と、今度は公式に帝国主導で経済制裁を目論んでいることが影を落としているのだ。
対魔族大同盟軍の結成については、エリスの暗躍による主導権争いもあり、現在もまったく目処が立っていない。
だが、ヒューマン諸国が連携して魔族の脅威に対処すべきという総論に反対する国はないので、経済制裁自体は各国とも帝国の提案であっても賛同した。
雅人と秘密の盟約を結んだアレン皇国も、そこには賛成せざるを得なかったと、釈明の密使がきたものだ。
もっとも、商魂たくましい商人(主に商業都市連合所属の者たち)は国家の掣肘など受けないと、日に日に売りこみをかけるようになってきていた。
(とはいえ……今のところ、輸入過多なんだよな)
新しい市場を獲得しようとする商人たちは売りこみはかけてくるものの、輸出品にはあまり興味を示さない。
食料品の輸出についてはスミッチュが一手に商っており、それなりの額を稼いではいるのだが、旧魔導王国領はあまり土地が豊かでないという事情で、戦前よりも輸出に回せる食料品が減っているのが現状だ。
(特産品をなにか作らないとジリ貧だ)
輸入過多の状態が続けば貨幣が流出し続け、貨幣不足によるデフレが起きてしまう。
うろ覚えだが、デフレは失業率も上げてしまうはずだ。
それはマズイ。
とはいえ。
(特産品なんて思いつかないな……)
こういうときこそ先人の知恵なのだが……。
ドワルゴンみたいな、そこでしか作れない特産品を作る国が近くにあるわけでもなく。
領内ならともかく、国際貿易収支を逆転させるには、髪飾りやリンスインシャンプー、絵本は残念ながら弱すぎる。
生きているかアンデットかにかかわらず、ドラゴンを退治した貧乏貴族の末っ子に対して褒賞として大金貨をくれる王様も、素材を買ってくれるマニアなエルフのギルマスもいない。
というか、むしろ退治されるのは魔王であるこちらの方だ。
(無限大の魔力で作ったポーション……そんなんあっても、戦略物質で輸出なんかできないな)
そもそも、ポーションが売れるのなら、魔導王国特産の魔導具を売ればいいのだ。
いくら戦力的に圧倒しているからといって、そんな、敵に塩を送るどころではない愚挙をするわけにもいかない。
(他には……)
個人ならともかく、スライムを使役した洗濯屋を開くのも、国単位では現実的ではない。
(観光業?)
温泉なんて、定番だし悪くない。
魔王だけに、語尾にウサだのピョンだのつける獣人を雇用して、一から町を作ってしまおうか。
兎耳族はいないが、コスプレでもさせればいいだろう。
中心となる施設には、草津温泉風湯布院とか名付けちゃったりして。
なんて妄想してみるが、だれが好き好んで、魔族と恐れられている者たちが支配する領域に観光に来るんだ。
残念だが、時期尚早といえる。
まぁ温泉が見つかったら、みんなで入るのはアイデアとして持っておこう。
ロクサーヌたちとの入浴みたいな、お風呂回が楽しめそうだ。
ごほん。閑話休題。
真面目に考えなければ。
そういえば、林業ができるかもしれない。
魔の森は、ジュラだかカンブリアだかいう名前の森と同じくらい、それこそ奥に暴風竜かグリフォンでも住んでいそうなほど木材が豊富だ。
だが……森というならアールヴ領だけでなく他の国にもある。
後発で市場に参入するには、ここでも魔族の名前が足枷となる。
(だめか……。トレントの違法栽培をするわけにもいかないし……。あとは異世界もの定番の製紙業……?)
この世界には植物紙がないわけではないので、ベンノのように植物紙協会を設立するのもナンセンスだ。
トロンベみたいにニョキニョッキと生えてくる植物があるならともかく。
(調味料……とか?)
醤油はないが、味噌はある。
なのでヴェルみたいに試行錯誤しなくても、味噌の上澄み液を使えば、醤で作った照れ焼きを将軍様にお出しするのはできるだろう。
とはいえ、そんなものを作り出したら転生者だとバレバレなので却下だ。
(カネシ醤油とゴワゴワ麺が恋しい……)
ふぅ、とため息を吐いた。
「おぉ、魔王様。私めのような商人をこんなにも歓待いただき、光栄の極みにございます」
先ほど、服を売りに来た商人や同行してきた者たちを夕食に誘う。
もちろん、なにか商売のタネがないか探る前ためだ。
相手は商業都市連合所属とはいえ、ただの商人。
魔王たる雅人が下手に出ればなめられる。
とはいえ、客人をもてなさないのも文明化されていないと侮られかねない。
まぁその辺りは、幼いころから教育係のモノにみっちり教えているので心配いらない。
「では、乾杯」
奴隷から解放した獣人のメイドが注いでくれた食前酒を、クッとあおる。
一瞬、喉が焼けるような熱さを感じる。
だがアルコール度数の高さの割に、なかなか飲みやすくて雅人はひいきにしていた。
それに、魔王の状態異常無効体質のおかげで、一瞬酩酊してもすぐに回復してしまうので、いくらでも飲める。
(そういえば、ヨーコさんと会う前のダーシュも似たようなもんだったな……)
そんなことを考えながら、メイドにおかわりを求める。
「ま、魔王様……これは……」
食前酒のはずが、商人たちは今飲ませたモノの正体を探ろうとするように、空になった器を眺めている。
「蒸留酒といってね。売れるか?」
「ぜひ、私に扱わせてください」
「いえ、私にお願いいたします」
たずねると、商人たちは勢いこんで首を縦に振った。
(あり。蒸留酒が正解だったか)
そういえば、アルムスのところでも評判だったし、戦神も鍛治神もご執着だった。
パゴパゴ島の酋長だったかも、焼酎はいい酒だと言っていたし。
ブラックな職場で働く細胞ですら、きらびやかなお店で酵素を飲んで抜いていたくらいだ。
酒飲みにはたまらないのかもしれない。
(しかし蒸留酒なんて、ストーンワールドですら作れるのにな……)
不思議なモノだ。
まぁ、各国に転生者はあふれているわけだが、全員元高校生だ。
飲酒の習慣はなかった……と思うので、蒸留酒になんて興味がないのだろう。
とはいえ、これでようやく少し輸出品に目処が立った。
アルコールは、古代エジプトのピラミッド建設の労働者に給料としてビールが配られたくらい、人類との馴れ初めが長い。
恐竜が生きていた時代から、哺乳類の祖先が食べていたという説を聞いたこともある。
だが蒸留酒は、発酵させてアルコールを作る微生物自身がその毒素で阻害されてしまうために自然にはできないとかなんとか。
利用できるのなら、とことん使わせてもらおう。
ノクターンの方は、日中に更新する予定です。




