第5話 白く染まった誓い4
「調べさせてもらったが、ニュール家って、商業都市連合の中堅商家だよな」
仲間のために命も、身も心も魔王に捧げる覚悟をしていても、チャーティは全身がガタガタと震えるのを止められない。
だが魔王の寝室に呼び出され、部屋に入ったところで素性を聞かれてびっくりし、震えが止まる。
「……どうして、それを?」
現在では中堅とは名ばかりの没落しかかっている商家のことまで調べるなんて、どういう了見だろう。
「いや、算術とか得意なのかと思ってね」
「まぁ、それなりには得意……ですかね?」
父が存命のころは、よく従業員に教えてもらったものだ。
「そうか。なら明日から財務面を任せる」
「えっ……えぇ?」
とつぜんの任命に、困惑の声をあげてしまう。
「なんだ、不服か?」
「い、いえ……いいんですか?」
意図がわからず、聞いてしまう。
「なにが?」
「……私、聖女なんですよ……? 魔王に敵対する存在なのに、お金なんて預けて……?」
もし私がお金を持ち逃げしたり、着服したりしたらどうするつもりなのだろう?
「あぁ。問題ない。明日の朝には、俺に逆らえなくなってるからな」
ベッドサイドにまで歩いてきたところ、トンと肩を押されてベッドに倒れこむ。
すかさずその上にのしかかられ、こくりと唾を飲みこんだ。
「復讐……はしなくていいのか?」
「……だれに? あなたに?」
息がかかるほど間近で顔を見合わせていることに緊張して声がかすれてしまう。
だが手慣れているのか、魔王はごく自然体だ。
「父親を殺した、元使用人。今はニュール商会の会長」
「ど……して、それを……?」
チャーティの疑問には二つの意味があった。
どうしてそんな秘密まで知っているのか。
そして、父親を殺した証拠は見つかっていないのに、どうして断言できるのか。
「それは、俺が魔王だからとしか言いようがないなぁ」
それでは納得ができなくて問いつめると、配下である妖魔族の淫魔ともいわれる夢魔を使い、夢の中で記憶を探っていたらしい。
「えっ……? でも、私、今日会ったばかり……?」
「そんなもの、商業都市連合でだれが使えるか。事前に全商会について調べてある」
目が点になる。
どうしてそこまでしているのだろう。
「我々は魔族とさげすまれている。協力させられればベストだが、そうもいかないことの方が多い。なら、脅して従わせることも考えないといけないからな」
「いろいろ考えてるんですね……?」
少し見直した。
国を背負って立つということを真剣に考えているのが伝わってきたからだ。
「よく……殺されなかったな。俺が使用人なら、先代の娘なんて邪魔で殺すことを考えるけどな」
「それは……私に聖女の資格があったから……?」
だからこそ、修行という名目で追い出されたのだし、殺されずに済んだ。
「俺に従えば、元使用人を処分して、父親の後妻と異母妹に身代を継がせてやるよ」
そう言い放った魔王が、唇を寄せてきた。
どうせ逆らえないなら、徹底的に利用するくらいの気持ちじゃないとだめだと、チャーティは逃げずに受け入れた。
***
「私は……いや、俺は、騎士です……だから、女扱いをされるのは嫌です……嫌なんだ」
セイス=サックーラは魔王の寝室に呼び出され、開口一番に同きんを拒否する。
「私は……俺は、サックーラ王家を復興させるため、騎士として名をあげたいのです……あげたいんだ」
魔王の無言を同意と受け取って話を続ける。
「兄が病弱で、私……俺が、騎士として有名になって領地をもらって、領地を豊かにして、王家を復興させる。それが私……俺の夢なんです……なんだ」
「なるほど。帝国は男女差別があるから、女の身では騎士になれないから、か」
よく調べている。
帝国領でセイスが育ったころ、魔族についての情報など皆無だったというのに、魔族の側は帝国を調べ上げているようだ。
「そうです……そうだ。だから、今日は失礼します……する」
回れ右して部屋から出ようとすると、後ろから抱きつかれた。
「な……っ!」
「細身だけど、出るところはちゃんと出てるんだな」
脅されて鎧を脱いでいたのが悪かっただろう。
騎士としては邪魔でしかない胸の肉に触れられ、ボリュームを確かめられた。
「やめっ……離して……」
「そうやって、男の口調をしていない方が可愛いぞ」
耳をハムっと甘噛みされると、力が抜けてしまう。
そのまま抵抗できずにベッドに投げ出される。
「きゃっ」
「サックーラ王家。復興させてやってもいいぞ」
「えっ……」
思いがけない申し出に、魔王が怖くて背けていた顔を正面に向ける。
魔王の瞳に、セイスの顔が映っているのがわかるほどの距離で見つめあう。
「その代わり、俺のモノになれ。そうすれば、帝国を滅ぼしたあと、セイスが女王。セイスが産んだ俺の子どもを次期国王にしてやる」
「こ、子ども……っ!」
恥ずかしくてアワアワしてしまう。
子作りどころか、恋愛すらまともにしたことがないのに。
それに、聞き捨てならないことを言われた。
帝国を滅ぼす?
そんなことが可能なのだろうか。
「なんだ、帝国を滅ぼすって言ったのがそんなに不思議か?」
動揺して目を泳がせていると、内心をズバリ言い当てられ、目を丸くしてしまう。
「なんで『魔族』がヒューマン側に攻めこんだか、知っているか?」
首を振る。
そんなことをうわさで聞いたが、ちゃんとした情報は持っていない。
「ヒューマン側の呪いで、我々の土地から農作物が取れにくくなっている。その犯人は、おそらく帝国だ」
「だから……滅ぼす、と?」
本気らしい。
だがあの強大な帝国が簡単に滅ぼされるとは思えない。
長くつらい戦いが起き、多くの犠牲が出るだろう。
それでも、目の前の男は止めないだろうとセイスは霊感のように感じた。
「あぁ。だから、敵が多くてね。セイスに護ってもらいたいんだよ」
「あっ、ちょっと……やめ……」
セイスは魔王がおおいかぶさってきたので抗う。
だが、簡単に抑えこまれてしまい、そのまま朝まで過ごすことをよぎなくされてしまったのだった。
***
「セーシャって、アールヴなんだよな。ウェッド元男爵と血縁があるのか?」
魔王の寝室のベッドの上。
ビクビクするセーシャの金色の髪をかき分け、アールヴの特徴であるとがった耳をあらわにしながら、魔王が問いかけてくる。
「わ……かりません……私……孤児なので……」
なにをされるかわからず、魔王の一挙手一投足に反応して怖がってしまう。
この極度の対人恐怖症は、孤児院での経験が影を落としている。
物心つく前にモンセール朝立憲君主王国にある孤児院の前に棄てられていた娘は、たった一人のアールヴであるがゆえに周囲になじめず、友人もできずに育った。
いや。むしろイジメに近い扱いすら受けた。
それゆえニンゲン、特に男性を前にすると、心臓が止まりそうなほどの恐怖を覚える。
「孤児? 名前はだれが付けてくれた?」
「す、棄てられていた……籠の中に……名前が、書かれている紙が……入っていた……そうです……」
捨て子のくせに名字までわかっているという境遇も、他の孤児からすれば嫉妬の対象となり、いじめられたものだ。
「年齢は十七だったか。……ミカ=アールヴの犠牲者の可能性が高い、か……」
ふぅ。とため息を吐いた魔王は、優しい笑顔を浮かべるとセーシャの髪の毛を飽きずになでる。
「おそらくだが……もう断絶したアールヴ貴族に同じ家名をもつ者がいた。断絶したのは十七、八年前。セーシャはその血縁だろうな」
自分を棄てた両親のことなど、考えたこともなかった。
「ウェッド家は、詳細はわからないが罪を犯したかどで断絶させられたはずだ。セーシャのご両親は、罰が娘に及ぶのを防ぐために、孤児院にキミを預けた。そんな気がするよ」
考えたことも……なか……った……。
「セーシャ。キミのご両親はきっと、セーシャを護ろうとしたんだ」
涙が止まらない。
ずっと、自分はいらない子どもだったのだと思って生きてきた。
死んでしまいたいと何度も思い、でも死ぬ勇気もなくて生きながらえている。
その思い込みが間違っていたと、そう言ってくれる人がいるなんて。
「好きなだけ、泣いていいぞ」
自然に抱き寄せられ、魔王様の肩に顔を埋める。
そのまましばらくセーシャは泣き続けた。
「あの……ありがとう……ございました……」
セーシャが泣いている間、髪の毛をなで、背中をさすってくれた。
その温もりにどれほど救われたかわからない。
「一つだけ命令しておく。これからは、もう、辛いことや哀しいことを溜めこむな」
目元の涙を指でぬぐってくれながら、魔王様がそう言ってくれる。
十七年も自信なく、他人の顔色をうかがいながら生きてきた。
だからすぐに人を信じることはできないだろう。
それでも、目の前のこの人だけは信じてみようと思う。
「今は俺のそばにいないが、同じ元アールヴ貴族を今度紹介する。なにかあったら彼女を頼るといい」
「はい。……我が君」
どう呼んで良いのかわからず、藩王の二人にならってみる。
「それは公的な場で使ってくれ。二人きりの時は、雅人。言いにくければマサトーと読んでくれ」
「はい、マサトー……様……」
怖ず怖ずと名前を呼ぶと、ゆっくりとベッドに押し倒された。
「優しくする」
「はい……お願い……します……」
セーシャは、魔王のすべてを受け入れる覚悟をして眼を閉じた。
チャーティ、セイス、セーシャそれぞれとのアレコレは、ノクターンの方に今日から数日間書かせていただきます。
元ミッツ(現ミツキ)よりも、チャーティが消えちゃわないようにこちらを優先させていただきました。
三人娘の話のあと、ミツキも登場しますのでお待ちください。




