第4話 白く染まった誓い3
「カーラ、どうした?」
雅人が声をかけると、カーラと敵対するように対峙していた三人が恐怖に凍りつく。
特別殺気も、覇気も出していないが、威圧感で動けなくなってしまったようだ。
若い女の子三人組だというのはわかっていたので、ちょっとばかり傷つく。
「御心を騒がせて申し訳ございません、我が君」
カーラがよそ行きの声を出すということは、やっぱり敵か。
雅人がいるので警戒が厳重のはずのヴァークに潜入するなんて、菓子狂いみたいな瞬間移動か、トウアハーデの秘術でも使えるのだろうか。
少し襲撃者に興味をもってしまうな。
「聖女、騎士、魔女」
雅人をかばうようにアヤが近づいてくると、三人について報告してくれる。
「ふむ。聖女、か」
魔王や藩王などの高位魔族に対して有効な攻撃や武器を有する聖女と勇者は、第一級危険人物だ。
とはいえ、目の前の聖女からは危険な気配がしない。
どうやら、カーラに圧倒された上に、さらに雅人の威圧感で戦意を喪失してしまったらしい。
「我が君、騎士は使えます。パルムに預ければ、本人次第ですが、お側に仕える護衛にはなるでしょう」
直接干戈をまじえたカーラの評価だ。
雅人としては否定する根拠もなければ、拒否する理由もない。
「いいだろう。許可する」
フォーリのお守りできっと、てんこてまいなパルムにいい土産ができたようだ。
「よかったな。セイス、と言ったか。キミは生き残れるぞ」
カーラが呆然となっている女騎士に声を掛ける。
「だ、ダメっ! 私たちは、全員一緒に生き残るの……生き残るんだ」
「そ、そうです……死ぬときは……一緒だって、そう……誓ったの……」
言外に篭められた、聖女は生かしておけないという行間を読んだ二人はサッと顔を青くした。
セイスと呼ばれた騎士が両手を広げ、傷を負ってふらふらになりながらも、仲間をかばおうとする。
それに応えるようにオドオドしっぱなしの魔女、おそらく二つ名持ちの魔法使いも必死に声をしぼり出す。
「だ、ダメよ、セイス? あなたは生き残らないと駄目な理由があるでしょう? セーシャも早く逃げれば、捕まらないかもよ?」
聖女が、狙われているのは自分だけだと二人をかばう。
いいパーティのようだ。
パーティのだれかを犠牲にしてでも自分は生き残ろうとする。そんな利己的なメンバーがいない。
まるでロリ巨乳な神や、大阪弁を話すイタズラ好きの神を中心にしたファミリアのような一体感と団結力。
聖女でなければ、殺すのは惜しいほどだ。
「チャーティ。一緒に誓ったでしょう……じゃないか。生まれた日や歳はちがうけれど、死ぬときは一緒ですよ……だと」
君たちは桃園でそれを誓ったのかい?
それとも、平均的な存在と能力にあこがれる少女かっ。
「悪いが。聖女を生かしておくわけにはいかない。どけ、セイス」
「ど、どかないわ……どかないぜ」
ガタガタと震えながらも、必死にチャーティと呼ばれた聖女を護ろうとして盾になっている。
「待機。妙案。委任」
らちが空かないので、力尽くで聖女を排除しようとしたカーラの肩に手を置き、アヤが振り向いた。
「妙案。委任」
「あぁ、任せる」
となりに立つカーラにどや顔を見せると、アヤが三人の前に一歩踏み出した。
「一つ忠告しておくが、アヤはドラゴニュートの藩王だ」
突然の選手交代に戸惑いながらも、勝機と逃げ出す機会を探っていた三人に、カーラが冷たく言い放つ。
二人目の藩王の登場に、ふくらみかけた希望を一瞬で砕かれ、三人は腰が退けてしまっていた。
「処女? 処女? 処女?」
三人を順番に指さしながら、アヤが聞く。
そんなプライバシー侵害には答えられないと思うぞ。
案の定、三人は黙秘する。
だが、顔が真っ赤になっているのは答えたも同然ということもできそうだ。
「我君。聖女、堕落。生存可能」
「あぁ、なるほど」
突然の展開と、アヤの説明になっていない言葉に呆気にとられている三人と対象に、雅人とカーラはアヤの意図を理解した。
「アヤの言いたいことはな。聖女が……いや。三人とも、魔王様の女になるなら、殺す必要はない、ということだ」
「……そんなこと……できるわけないでしょ? 私は聖女よ? 魔王を倒す使命をもった聖女が、魔王のモノになんてなれないってわかるでしょ?」
カーラの説明に、チャーティが猛反発する。
まぁとうぜんだが。
だが、それで済むわけがない。
「なら、聖女も、仲間も皆死ぬ」
容赦ないカーラの返しに、チャーティは絶句した。
ずいっとカーラとアヤが並んで一歩前へ踏み出す。
それだけで、先頭のセイスも、その後ろの魔法使いも息が上がったように荒い呼吸をしている。
恐怖で心臓が早鐘を打ち、そのせいで呼吸が乱れているのだろう。
「うっ……うぁぁぁっ!」
プレッシャーに耐えきれず、セイスがアヤに向かって剣を振り下ろす。
だがアヤはチラリと視線を送っただけで避けることも、防ぐこともしない。
セイスは勝利を確信しただろう。
だが、アヤの頭部に触れた剣は真っ二つに折れてしまった。
「せ、先祖伝来の……剣が……」
「ドラゴニュート。龍の末裔だぞ。聖剣か魔剣以外で、ダメージがとおると思うな」
カーラの冷たい言葉に、セイスは呆然としている。
「い……雷よ。躍って……」
つぎに、詠唱していた魔法使いの魔法がカーラとアヤに炸裂する。
「やったわ……やったぜ。雷の魔女、セーシャの得意魔法よ……だぜ」
カーラとアヤの全身を、超高圧の電流が襲う。
だが、二人の藩王は足をゆっくりと前に動かし続ける。
「この程度の魔力しかないのか?」
カーラの言葉に、先ほどまでの戦いは全力での勝負どころか遊ばれていたのだと三人ともわかり、顔を引きつらせている。
「全力でいかないとダメみたい?」
チャーティが全魔力を篭めてカーラをにらむ。
するとカーラの身体が見る見る石化し、全身が黒く固まった。
「やった?」
もう指一本動かせないほど、すべてを出し切ったチャーティを護ろうと、二人はアヤの方を向く。
藩王を一人倒したという高揚感でやれると思っているのだろう。
だが現実は無情だった。
「なかなかだが、甘いな」
石化したはずのカーラの声が聞こえたあと、硬化した全身にヒビが入る。
「な……んで?」
チャーティが絶望に満ちた表情を浮かべている。
その目の前で、対魔族必殺技であろう石化効果が、パラパラとはがれ落ちる。
どうやら、表面を石片でおおっただけのようだ。
(クックック。奇跡の復活液いらずか。唆るぜ、これは)
雅人は声に出さずに独り言を心中でつぶやく。
チャーティたちは、なまじ希望を抱いてしまったがゆえに、より深い絶望に囚われていた。
セーシャなど、膝から崩れ落ちて尻もちをついてしまっている。
(相手がいけるってムードの時に仕事をする。それがカーラって女だベシ……ピョン)
セイスも、今にも剣を落としてしまいそうになっており、勝負は完全に決まっていた。
「ま……待って、魔王?」
チャーティが、ガクガク震えながらも二人の前に出てくる。
「あなたの狙いは私でしょ? 二人を見逃してもらえない?」
この期に及んで二人を助けられると思っているらしい。
甘ちゃんだ。
雅人は無言でセイスとセーシャの首を、見えない手でつかんで宙吊りにする。
「く……苦しい……ぞっ」
「やめて……助けて……」
聖女の目には、雅人が行使している魔法が見えているようだ。
きっと、サトゥーの理力の手よりも凶悪で、ペテルギウスのモノよりは禍々しくない透明な腕が見えていることだろう。
「お願いします? 二人を助けて?」
首を絞められて苦しむ仲間を見て、チャーティが必死に懇願してくる。
「チャーティと言ったか。キミが俺のモノになれば、二人を助ける」
唇をかむチャーティ。
だが苦しそうな仲間のうめき声に背中を押され、チャーティは深々と雅人に頭を下げた。
「私があなたのモノになります。だからどうか、二人を助けて……」
「立て」
セイスとセーシャの身体を下ろし、逃げないように見えない手で掴んだまま、チャーティに命じる。
人質を取られた聖女は宿敵である魔王の言いなりになって立ち上がった。
「抵抗するなよ?」
下腹部に手を向け、魔力を放出する。
「あっ! ぐぁぁぁっ!」
悲鳴がチャーティの口からもれる。
だが、自信なさそうに疑問形で話をしていた聖女は、仲間のために覚悟を決めたのか、苦痛にさらされていても逃げ出さない。
「できた。とりあえず仮だけどな」
聖女の根源を解析し、雅人の魔力で染め上げた。
これを堕落というなら、そうなのだろう。
もう二度と、聖女には戻れないのだから。
「仮? というのは?」
苦痛に耐えるのに精魂尽き果てたチャーティが、膝と手を地面に突いた四つん這い姿勢で聞いてくる。
「まだ不安定だからな。身も心も俺に捧げる儀式を追加でしないと、キミは明後日には根源……魂が消滅してしまう」
地面に突いた手を砂を巻きこみながら握るチャーティ。
「安心しろ。優しくしてやるから」
優しく抱き起こし、不意打ちで唇を奪う。
抵抗しようとするが、雅人の魔力に親和性が高い不安定な状態では抗えず、むしろうっとりと顔をとろけさせながら身体から力が抜けている。
「二人はどうする? 聖女は堕ちたぞ?」
不可視の手で拘束された二人はガックリとうなだれ、抵抗を諦めて武器を手放した。
(可愛い子、三人もゲットー)
内心でウキウキしていると、背中側から、カーラとアヤのジト目な視線が突き刺さるのを感じる。
まるでどこぞの名誉士爵のように「ギルティ」「ギルティ」と口々にはやし立てられている気分になるが、聖女を無力化するのは大事な戦略だからね?
「はぁ」
「嫉妬」
自分で提案しておいて、じぇら……と、どこぞの聖女みたいな空気をかもし出すのはやめてほしい。
とはいえ、これで聖女の一人を手中に収めた。
根源ごと消滅させられるリスクがほぼなくなったので、戦略的には選択肢が増えたことになる。
政治的にも私的にもいい結果につながったので、雅人は少しウキウキしながらカーラとアヤを従え、三人を引き連れて歩き出した。




