第2話 白く染まった誓い1
「いいよ……ぜ」
全身を純白の鎧につつんだ女騎士が手招きすると、後ろの茂みから音もなく二人の人影が近づいてくる。
「なんとか、ここまでたどり着けたね……着けたな」
「油断は禁物よ、セイス? 相手は魔王なんだからね?」
セイスと呼ばれた女騎士の少しホッとしたような声に、近づいた片割れが戒めるように応える。
「大丈夫かな……相手、魔王だよ……」
「大丈夫よ……だぜ、セーシャ。魔導王国といえば、暴君オーガの国よ……だ。魔王だって、きっと無傷じゃないはずよ……だ」
気弱な声に、セイスが元気づけるような声をかける。
「あれっ? マズイかも? だれか、近づいてきそう?」
「えっ……チャーティ、本当? 見つかったらどうしよう……殺されちゃう……」
チャーティと呼ばれた、こちらも純白のローブを頭からすっぽりと被った女性の声に、先ほどセーシャと呼ばれた気弱な片割れがオドオドしはじめる。
極度の緊張感の中、セイスは二人を護ろうとするように、腰の剣をいつでも抜ける体勢になる。
兜の下から覗く金髪が緊張に揺れ、青い瞳が恐怖に何度も瞬きで閉じられる。
だがセーシャの祈りが通じたのか、三人に近づいていた魔族の歩哨は途中でコースを変えた。
おかげで見つからずに済み、三人は小さく張り詰めていた息を吐いた。
「ねぇ……もう、帰ろうよ……なにも、魔王の首なんて狙わなくても、いつもみたいに魔獣とか相手にすればいいよ……」
セーシャは泣きそうな声で訴える。
彼女がうつむくと、金色の前髪が真っ赤に染まった目元を隠した。
「ダメよ……だ。ここで賭けに出ないと、私たちはいつまで経っても、聖女とその仲間というだけの評価で終わってしまうわ……終わっちまう」
「私もそう思うかも? 聖女なんて、七人もいるのよ? この辺で頑張らないと、ダメだと思わない?」
セイスの後がなさそうな強張った顔と、チャーティの言葉に、セーシャはまた説得に失敗してうつむいた。
彼女たちは、「誓い」という名前のパーティを組む冒険者たちだ。
メンバーは、聖女の一人であり中衛を務めるチャーティと、騎士として前衛を担当するセイス、そして魔法使いとして後衛から援護するアールヴのセーシャの三人である。
先ほどのセーシャの泣き言どおり、ふだんはヒューマン領の北辺や南辺などに発生する魔獣を狩り、討伐報酬や魔獣を解体した素材の販売で食いつないでいる弱小パーティなのだが、とある事情でこんな危険な場所にいる。
とはいえ、仮にも聖女の一人が所属しているので、定期的に参加を希望する冒険者が現れる。
特に三人とも、顔だけで一生食べるのに苦労しなそうな美顔を有しているので、男性冒険者たちがかつては群がったことも。
だが、ネガティブ発言の多いセーシャに、騎士としてなめられないように男言葉を使おうとしていつも失敗しているセイス、それに自信がなさそうに話すチャーティとの会話に疲れ、長続きする者がいないという不遇だが、自業自得でもあるパーティという評判も広まってしまっていた。
有名なパーティなら常時二桁のメンバーを数えるところもあるし、勇者パーティに至っては、二十名近い人員を抱えているところもある。
それに比べれば、圧倒的に弱小パーティと言えるだろう。
冒険者として細々とでも生きていくことにフォーカスすれば、十分な戦果と稼ぎを得ている三人だったが、その内の二人には命を賭けてでも早急に名を売らなければいけない事情があった。
そのため、セーシャの泣き言を説得してこのたび、征服されたばかりの魔導王国の王都ヴァークに潜入したのだった。
彼女たちの狙いは、魔王の首。
それが無理でも、せめて藩王クラスの命を狙っている。
本来なら、列国会議が招集する対魔族共同戦線に参加し、戦果のおこぼれをもらう程度の実力であるのだが、肝心の列国会議が紛糾し、ヒューマン各国は共同歩調を取れずにいた。
時間的な制約から、これ以上は待っていられないと無謀な行動を起こしたという顛末である。
「ねぇ……さっきの、空に浮かんだ映像見たでしょ……魔王、全然怪我とかしてなかったよ……」
「そうね……だな」
「でも、もう引き返せないんじゃない? それに、怪我はしてなくても、オーガ王を処刑したみたいだし? あの暴君オーガがただ、黙ってやられれるとは思えないじゃない? 少なくとも、万全の状態じゃないと思わない?」
後がないチャーティは、仮定に仮定を重ねて今しかないと、自分自身も必死に鼓舞している。
「それって、卑怯だよ……チャーティ、聖女様なのに……」
「相手は魔王よ……だぜ。勝つことが最優先よ……だ」
「そうじゃない? それに、暴君オーガに勝って、気が緩んでるかもしれなくない? そこを襲えば、勝てる……かなぁ?」
どうにも、話しているとセーシャの弱気が他の二人に伝播していく。
まぁ、これはいつものことなのだが。
それに、後がなくて襲撃賛成派のチャーティすら、元々自信などないのだ。
そして、推進派のセイスも、勝てるという確信など持ち合わせていない。
やむにやまれぬ事情でここまで来ているだけだ。
「と、とにかく。最悪、魔王の陣地の偵察だけでもすれば、列国会議に情報が売れるわ……売れるぜ。もう少し……もうちょっと近づいてみるわ……近づくから、待っててほしいの……くれ」
セーシャの支援魔法で気配を消しているセイスが、次に隠れられる茂みまで静かに、だが素早く移動したときだった。
「何者? 不審者、発見」
明確に殺意を浴び、三人は一瞬動けなくなる。
だが、弱小パーティとはいえ、冒険者として死線を何度もくぐり抜けてきた三人だ。
すぐさま強張る身体に活を入れ、戦闘態勢になる。
「隠れる。無駄」
最悪、逃げられるように茂みに隠れながら戦闘態勢を整えたが、見えない敵は完全に自分たちを認識している。
(こ、怖い……)
セーシャなど、殺気を再び浴びただけでまた金縛りにあったように動けなくなっている。
「無駄。言った」
凜とした女の声と同時に、隠れていた茂みが燃えてしまう。
(む、無詠唱……? そんな……)
慌てて飛び出すような間抜けなことはしないが、燃え盛る炎の熱さに隠れられなくなって、セーシャとチャーティは合流する。
その二人を護るように、セイスが殺気の前に身をさらす。
そこには、スラリとした二人の女がいた。
***
「ニンゲン、アールヴ。不審者。排除」
カーラの横に立つアヤがつぶやくと、発見された不審者三名が恐怖に目を見開く。
「ふむ」
カーラが値踏みするように見ると、どう考えても実力的には藩王たるアヤやカーラが相手をするような者たちではない。
だが、見慣れぬ雰囲気をそのうちの一人から感じて、カーラは一歩前に足を踏み出した。
「アヤ。あの三人。私にくれないか?」
「雑魚。瞬殺可能」
言葉足らずなのは相変わらずだが、付き合いが長いので言いたいことはわかる。
藩王であるカーラが手を下すまでもないと言いたいのだろう。
まぁ、それを言えば、アヤが手を出すほどでもないのだが。
「暴れたりないんだ。暴君とかっていうから期待したのに。イライラしてるんだよ」
せっかく意気込んで前線に身を投じたというのに、あまりの期待外れに、数ヶ月経ってもまだ気が晴れない。
「実力的には物足りなそうだけど、一人は聖女だろ? 愉しませてくれそうじゃないか」
「聖女……たしかに」
想い人たる魔王がいないので多少緊張の度合いが少なく、ときおり単語の羅列ではない会話になる同僚に苦笑しながら、カーラは同意を促す視線を送る。
「次、譲る。いい?」
「あぁ。次はな」
カーラは言質を取ったともう一歩踏み出そうとする。
だが、その肩をアヤがつかむ。
「マサトー様、順番。譲る」
「……そっちか」
戦場を譲る代わりに、寵愛の順番を譲るよう持ちかけられ、カーラはウーウーとうなって悩む。
「仕方ない。マサトー様からも、ストレスー? 発散しろと言われてるしな」
若干、ガックリと肩を落としながらカーラが条件を呑むと、アヤは満面の笑みで手を離し、一歩後ろに下がった。




