第27話 断罪8
「うっ、うぅぅ……」
尊敬していた両親の敗北と破滅を受け止められないのか、ミッツ=ヴァーク=アデシュもおえつをもらす。
父親ゆずりの金髪に、母親によく似た中性的な美少年が涙する姿は、実に絵になる。
「あぁ、ミッツくん。弟の顔は見てやらなくていいのか?」
卵から出てきた魔物は、みにくいゴブリンだった。
「マ……マ……」
「ひぃぃっ! ち、近寄らないでっ」
緑色の肌に、くしゃくしゃっと潰れた顔。
とても自分の子どもとは思えないのだろう。
華は産後すぐで力の出ない身体を、必死になって後ずさらせている。
「あー。はいはい。キミはこっちね」
トスタナが連れて行く。
「兄上、この子、どうしようと勝手だよね?」
「……殺さないことと、母子相姦をさせなければ好きにしていい」
トスタナには嗜虐的な趣味もあるが、人体改造の性癖はないので大まかには任せる。
「ん、了解。俺のガーディアンにでもなってもらおうかな」
ゴブリンといえど、トスタナの魔力量の多さは継承している。
達也ほどじゃなくても、立派に勤めは果たすだろう。
「は、母上……貴様。絶対に、許さないっ……」
ひとしきり泣いて悲しみに折り合いはつけたのか、今度は怒りと憎しみをたぎらせはじめた。
ずいぶんと感情の起伏が激しい。
メンヘラ予備軍かもしれない。
「くそっ。母上……今、助けますっ」
産んだばかりのゴブリンが、トスタナに抑えられていても、今にも華に飛びつきそうな状態を見て、ミッツは力を奮い起こしている。
しかし母上という言葉遣いと、悪態のギャップが激しい。
王妃として産まれ育った難波江華の教育と、辺境の村人から王に成り上がった池井慶の影響が混ざっているということだろうか。
「ちっ、解けないっ」
見ていると、今度は拘束を解こうと暴れ出す。
だが力づくではどうにもならないことがわかると、魔力を増大させて縛めを破壊しようとしはじめる。
「うぉぉぉっ」
だが、どれほどミッツが魔力をこめても、拘束はびくともしない。
もともと、ヒューマンとは比較にならないくらい膨大な魔力をもつ、アイェウェの民を拘束するための手枷である。
ミッツがどれほど強くても、引きちぎることなどできるわけがないのだ。
だが、どうにもならない現実を受け入れることができないのか、ムキになって魔力を放出する。
「あ、ヤバっ」
リナがつぶやく。
それがフラグになったわけではく、自身の責任でミッツは魔力の制御に失敗したようだ。
限界を超えて魔力を使った結果、コントロール不能におちいり、魔力が暴走をはじめる。
「うぁぁぁっ」
「み、ミッツ?」
「あーあ。バカなの? 自分の限界くらい、知っときなさいよ」
ミッツと難波江がオロオロしているのを見たリナが、バッサリと切り捨てる。
「あー、やっちゃったー」
「我が君。このままでは根源が崩壊してしまいます」
「そうだな」
マーキアとカーラに言われるまでもなく、ミッツの危機を雅人も気づく。
幸いなことに、魔力が暴走したからといって、自爆して周りに被害をもたらしたりするわけではない。
とはいえ、ミッツの体を中心に暴れる魔力が球体となっており、魔力が少ない者が手を触れると大けがか、最悪死ぬ可能性もある。
ふつうは消滅するまで放置する案件だ。
「な、なにが起きているの? 『い、石村くん』、魔王様、お願いです。息子を、ミッツを助けてっ」
「根源が崩壊してるんだよ。ヒューマンの言葉でいえば、魂が崩壊してる」
難波江が動揺してすがりついてくる。
「崩壊すると……どうなるの?」
「世界から完全に消滅する。生きていたこともだんだん忘れられていって、最後には全員からいなかったことにされる」
この辺がファンタジーな世界だ。
白鯨に喰われたわけでもなく、高校の卒業式の後に研究所の薬を飲んだわけでもないのに、周りの記憶からも消えてしまう。
そして、例外はない。
古代ローマの記録抹殺刑ですら、どこかには記録が残っているのに。
「お願いします。なんでも、なんでもします。また魔物を産めと言われれば、なん……にん? 何匹? でも産みます。だから……」
「なんでもねぇ」
そう言って、さっきひどい目にあったのをもう忘れてるのか?
産んだばかりのゴブリンもネグレクトしてるし。
「私の身体を自由にしてもいいから。お願いっ」
「そうは言ってもね。キミって、『池井』の中古品じゃないか」
クラスメイトの身体なんかに興味はない。
その方が相手を苦しめられると思えば遣ってやることも考える。
だが、息子を助けて欲しいと頼まれた上でだなんて、こんな経緯ではぜんぜんその気にならない。
さらに言えば、べつに処女厨というというわけではないのだが、復讐しようとしているクラスメイトのお古なんてごめんだ。
弟と「きょうだい」になる気もないしな。
「わ……私が死んで気が晴れるなら……気が済むのなら、殺して。その代わりに、息子を助けて」
「母の愛は強いね」
中古品扱いにショックを受けているが、息子を助けることが最優先のため不満は飲みこんだようだ。
とはいえ、お古扱いされてゆがんだ顔を眺めるのは、気分がいい。
ここで息子を殺してやるのも一興。
難波江には、池井に捨てられたことよりも傷つけることができるだろう。
だが息子が一度死んだら、そこで終わりだ。
思い出して泣くとしても、「思い出はいつもきれいだけど」という古い歌のとおり、だんだんと美化されていく。
そして、そのあとは忘れてしまう。
たとえ華が母親だとしても。
自分の命を投げ出してでも助けようとしたことすらも忘れる。
しばらくは苦しむだろう。
雅人をうらみ、憎むかもしれない。
でも忘れるのだ。
だったら、ここで殺すべきじゃない。
もっと苦しめる方法を考えよう。
「……安心しなよ、殺したり、見殺しにするつもりもないから。キミも、息子も」
「あぁ、ありがとうございます……」
悪巧みを思いついた雅人は、ミッツを助けてやることにした。
息子を助けると言った雅人の宣言に、難波江は眼に涙を浮かべながら、人生で一番輝かしいであろう笑顔を見せる。
(はっ。そんなに簡単に俺を信用していいのかい?)
少なくとも、復讐すると言っている相手をこんな無防備に信じるなんて、よほど追いつめられていると見える。
まぁ息子が放っておけば死ぬとわかれば、母親としてはなんとかできそうな相手を信用するしかないのだろう。
とはいえ、ただ助けるのも芸がない。
難波江への復讐を兼ねる形で助けることにしたのだった。
「熱っ」
「我君、大丈夫?」
助けるとなったら、手を抜かない。
別に転生前はニートだったわけではないので、生まれ変わったら今度こそ本気を出すというつもりはないが、できることはちゃんとやる。
特に、復讐に関わることだ。
本気と書いて、マジと読ませるくらい真剣になる。
そう気合いを入れてから暴走する根源に触れようとすると、火傷しそうなほど熱い。
おかげでアヤに心配されてしまった。
「ふむ。構造はわかった」
崩壊という表面的な現象は同じでも、根源、つまり魂は一人ひとりちがう。
干渉するためには理解しなければならないのだが、一度触れなければいけないのが面倒だ。
そして、触れたときにどういう副作用があるかも個人個人で異なる。
ミッツの場合、父親であるオーガが得意としていた火の系統が根源まで浸透していたのだろう。
今度は熱いということを知覚したうえで根源に干渉する。
「なぁ、『難波江さん』。どんな形であれ、ミッツが助かればいいよな?」
「……はい。お願いします」
どんな形でも、という言葉に不安を抱きながらも、華はうなずいた。
(言質はとったぜ)
雅人は、暴走するミッツの魔力と根源を分離させた。
(あとはこいつを)
暴れそうな、渦巻く魔力を集めて吸収する。
暴食者を使った感じといえばわかってもらえるだろうか。
そうしてミッツの生存に必要な最低限を除いた、すべての魔力を吸い取ってしまう。
この辺は、先ほど池井に対してカーラも使った魔力ドレインとほぼ同じ原理の魔法である。
数代前の魔王の王妃にヴァンパイアの血も混ざっているので、雅人も使えるというわけだ。
「もう終わった」
暴走する魔力が形作っていた球体が薄くなっていき、消滅する。
身に着けた衣服などは魔力で燃え尽き、あとに残ったのはミッツの身体だけだ。
そう。体ではなく身体。
身という字は、妊娠した女性の象形文字からできている。
つまり。
「女……の子?」
華の、語尾が疑問形になったつぶやきが、辺りに響いた。




