第25話 断罪6
「待って、『石村くん』!」
ヘラ……難波江華が、魔法での口封じを破って声を上げる。
本気になれば破れるようにしておいたとはいえ、相当必死になった証拠だ。
「お願い。『慶』を殺さないで。たしかに彼は許されないことをしたわ。でも、生きてその罪を私が償わせるから。だから、殺すのはやめて」
「それは、この世界で獣人たちにしたことの話かい? なら、前世で俺にしたことはどう償うつもりか教えてくれよ」
目の前のせいさんな懲罰に眼を奪われて、本質を忘れてしまったのか、問いかけると言葉につまる。
「……私が、なんでもします……だから……だから『慶』を助けて」
「なんでも、ねぇ」
追い詰められた小池恵子も言ったが、自分が女で、俺が男だということを忘れていないか?
チラリとトスタナの様子をうかがうと、俺の復讐劇を楽しそうに見ている。
ここらで一度、エサを分け与えるとしようか。
「じゃあ、脱ぎな」
「……ここで?」
もちろんとうなずく。
恥辱に唇を噛みながらも、こんなヤツでも夫として大事なのだろう。
ノロノロとした動きながら服をすべて脱ぎ、一糸まとわぬ姿をさらす。
「たぶん君にとって幸運なことに、相手をするのは俺じゃない」
見下していたヒクガエルに身体を許す屈辱に震えている華に、希望を与える。
「相手をするのは、俺の弟。トスタナだ」
顔を上げた女の、喜色を隠しきれない表情に嗜虐的な笑みを返しながら、宣告する。
「俺? いいの、兄上?」
「あぁ。ただし、殺すな。壊すな。徹底的に不幸にしろ。手段は問わない」
近寄ってから耳元でささやく。
「手段は問わない、ねぇ」
「三時間で母親にできるだろ?」
悪巧みを続けると、トスタナが昏く笑う。
「あんな禁呪まで使っちゃうの?」
「あぁ」
ちゅうちょなく答えると、弟は破顔した。
「あれ、俺は超気持ちいいけど、相手は壊れちゃうかもよ?」
「安心しろ。壊れそうになったら、精神干渉系の魔法で癒すさ」
小池恵子の治療中に発明された新作魔法。
特定個人にカスタマイズされた治療法から、汎用性のあるモノに改変中の最先端だ。
それの人体実験を兼ねて使わせてもらう。
「あぁ、その前に徹底的に痛めつけてやってくれ」
「了解」
話がまとまると、トスタナは舌なめずりしながら難波江のもとへ歩いていく。
「ご紹介にあずかりました、トスタナ=カルダーと申します。一生、忘れられない名前にしてあげるよ」
言い終わるかどうか、という時点で下腹部を殴りつけた。
「かはっ!」
「母上っ! 貴様っ! 女性に手を上げるとはっ!」
父親への暴力には抗議をしなかったミッツが、母親に加えられた攻撃に批難の声を上げる。
「息子くん、黙って見てなよ。すぐに痛いだけじゃなくなるからさ」
殴りつけたまま、グリグリと下腹部に拳を押し付けるトスタナ。
「あ、ココ、子宮ね。お母さんに対する暴力に抗議してくれた、優しい息子くんが入ってたところ」
「あ……あぁ……」
「母上?」
殴られた華の様子がおかしいことに、ミッツも気づいたのだろう。
目はうつろに、頬は朱く紅潮している。
わけがわからず、心配そうな声をかける。
「もう一丁いってみよう」
「くふぅぅっ、はぁぁんっ!」
パンチが当たった瞬間、華の口からもれたのは苦痛を訴える声ではなく、隠しきれない快感に溺れる嬌声だった。
「ら、らめぇ……こんにゃ、痛いのにぃ、ど、してぇ……」
「気持ちイイんでしょ? もっとシテあげるよ」
宣言どおり、トスタナは何度もなんども華の下腹部に軽いパンチを当ててはグリグリと拳を押しつける。
そのたびに華の口からは甘い声がもれる。
八回目にはついに、あまりの快感に身体が弛緩してしまい、失禁までする。
「あーあ。汚くなっちゃったね。俺は気にしないけど」
何度も殴られればふつうはそこを護ろうと本能的に思い、手でガードするはずだ。
だが華は快感に溺れ、衝撃には耐えるように猫背になり、両手をだらしなく垂らしていた。
「あーあ。貌、とろっとろ」
お兄様に褒められた優等生の妹のようなとろけ顔をさらした華のあごを掴むと、トスタナは池井やミッツの方を向かせる。
「どう? 幸せそうでしょ?」
「てめぇっ!」
「母上になにをするっ! やめろっ!」
父息子の怨嗟の声をBGMにしながら、トスタナは快感にほうけて涎まで垂らしはじめた華の唇を奪う。
「すぐに、旦那や他の男じゃ満足できない身体にしてあげるからね」
トスタナはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
トスタナがしばらくしてから華の唇を解放すると、二人の間に銀色の橋がかかっていた。
「旦那さんの見てる前で、奥さんをメロメロにするのって最高だよね」
池井を十分に意識しながら、トスタナは再び人妻に唇を寄せる。
メロメロにされた華は、それをよけるどころか、自分から背伸びまでしてキスを求めている。
「んふぅ……んんんっ!」
舌が口内で絡み合いながらおどっているのだろう。
ときおり、頬が内側からふくらむ。
そしてそんな背徳の口づけを交わしながら、華は確実に快感におぼれ、キスだけなのに何度も身体をビクつかせていた。
「あーあ。これで、俺以外とキスしても、物足りなくなっちゃったね」
唇が離れると、脱力した華がトスタナの胸に頬をこすりつけるようにして体重を預ける。
「こうして、一つひとつ、旦那さんの痕跡を上書きしてあげるから」
「てめぇ! 俺と戦えっ! 俺の女にさわんじゃねぇ」
雅人の足の下で池井が吠える。
「はっはっは。兄上はともかく、藩王にもボロ負けしたんでしょ? それなのに、魔王の弟の俺に勝てると思ってるんだ。面白い冗談だね」
悪巧みを思いついたのだろう。
トスタナがニヤリと笑う。
「俺と勝負しようよ。俺が負けたら、兄上に言って解放してあげる。でも、俺が勝ったら、このメス。俺にちょうだい」
「いいな。その勝負、俺も承認……認めてやるよ、オーガ王。自分の王妃を戦って取り戻してみな」
雅人は足をどけてやる。
「本気が出せなかったとか、言い訳されるのは下らないから、回復させてあげるよ」
フラフラと立ち上がった池井に、回復魔法をかけてやる。
リムルやスイちゃん特製の回復薬のように、一瞬で傷も全快させた。
魔力の方も、クモがレベルアップしたあとのように満タンだ。
「いつでもどうぞ。あぁ、彼女がいて本気を出せなかったとか言われないようにしようか」
「あっ……あぁぁぁ……」
トスタナが華を引きはがし、透明な防御壁の中に閉じこめる。
トスタナと離された。
たったそれだけで、華はこの世の終わりのような声をもらし、防御壁をガンガンと叩いている。
「早くしなよ。奥さん、俺なしじゃ、狂っちゃうよ?」
「てんめぇっ! ぶっ殺す」
気力・体力・魔力が充実している池井が選択したのは、魔力を限界まで載せたパンチだった。
そしてスタートダッシュのように飛び出す。
だが、まだトスタナとの間に二メートルほど距離を残したところで、池井の動きが止まる。
いや。
あごを、腹を、肩を、胸をタコ殴りにされて動けなくなっている。
魔力が見えなければ、なにが起こっているか理解できないだろう。
雅人や藩王たちは「視えて」いるが。
「あー。あご殴られて、脳が震えてるな」
どこかの大罪司教のように不可視の腕が何本もトスタナから伸び、池井をボコボコに殴りつけている。
一発いっぱつの威力は強くない。
というか、トスタナが強くしていない。
だが、足を止めるには十分なパンチを何発も喰らえば、ダメージの蓄積でそのままくずれ落ちるように膝をつき、意識を刈り取られていた。
「よっわ」
トスタナの愉快そうな勝利宣言は、池井の耳には届かなかったが、息子を絶望させるには十分だった。
***
トスタナは、衆人環視の中でさんざん華をもてあそんだ。
母親のそんな姿を見させられるミッツの心境に、雅人は少し同情した。
池井と難波江は憎いが、息子にその累を及ぼすつもりはあまりない。
というか、家族もターゲットにすると復讐相手が増えすぎる。
この世界で結婚している者は多いし、多産がふつうのこの世界では、兄弟姉妹がいるのが当たり前だ。
そこまでやる気はない。
「あ、そうそう。正気に戻さなきゃ。ねぇ、このまま妊娠してもらうよ」
「ど……ゆ……こと?」
「貴様っ! 母上をなんだと思ってるんだっ」
正気に戻された華は、恐怖にガクガクと震えている。
理性を失って快感に溺れているとはいえ、すべて覚えているのだ。
自分の身に、なにが起きているのか。
なにをされたのか。
このままでは、妊娠させられてしまうことも。
だが、華の不幸はそれだけでは終わらない。
「それにね、俺の子どもであって、俺は父親じゃない」
責任を取らないという意味に聞こえるだろう。
だが、雅人は知っている。
そんな生やさしいことではないと。
「君らがいうところの魔族内で混血してるからね、俺たちの血筋。淫魔の力で、魔物を産ませることもできるんだ」
「ま……魔物?」
驚愕に華が全身を強張らせる。
「そ。しかも卵でね」
「ど、どういう……ことだ?」
ミッツが混乱して問いかける。
「そのままの意味さ。ニンゲンをやめてもらうってこと」
トスタナがニヤリと笑ったあと、辺りには華の悲鳴と、ミッツの呪いの言葉が満ちあふれた。
ノクターンの方に、途中書かなかったものを投稿いたします。




