第23話 断罪4
パチン、と指を鳴らす。
その瞬間、雅人の周りをおおっていた業火が一瞬でかき消える。
「なっ……クソがっ! まだまだぁ」
オーガは焦ったような表情を浮かべると、剣を地面に突き立て、詠唱をはじめる。
「スーパーファイアークラッシュノヴァ!」
また、待ちくたびれてあくびが出るころ、魔法が完成したようだ。
オーガが魔法の名前を唱えると、両手に火球が生み出される。
「死ねぇっ!」
片手ずつ火球を投げると、すぐに同じ火の玉が手の中に現れ、次々に投げつけてきた。
「お前は第七の大隊長かよ。めんどくせーな」
一発一発は大したことがない威力だが、連発されるとさすがにウザイ。
「うぉぉぉぉっ!」
「消えろ」
雅人が指先で空気を弾くと、オーガの手元にあった火球が、跡形もなく消火されて消える。
「なっ……んだと……」
驚愕し、顔を青ざめさせているのは少し痛快だ。
「大したことない魔法だね。弱っ」
あごを上げて見下すように言ってやると、歯を噛みしめて悔しそうな顔をしている。
あぁ、愉快だ。
「ところでさ、ちょっと聞きたいんだけど」
小バカにしたように眼を細めて見る。
「藩王……俺の部下に負けたんだよな? しかも、よそ見する余裕もあったって聞いたけど。それなのに、どうして魔王である俺に勝てると思ったわけ?」
「……っ、ざっけんなっ!」
冷静に指摘してやると、顔を真っ赤にし、さらに頭に血をのぼらせる。
(冷静でも勝てない相手に、怒って勝てるわけないだろ?)
たとえ、フューリーに取りつかれたところで、勝てるような半端な実力差ではないのだから。
そんなことを考えているうちに、新しい魔法が練り上がったようだ。
今度は炎の反対らしい。
聖剣が金属疲労を起こさないか、余計なことだが心配になる。
「今度こそ、死ねっ! エクストラ……」
オーガが嬉々として魔法を唱えようとする。
だが、圧倒的な力の差を見せつけてやるつもりの雅人は、最後まで魔法を具現化させない。
指を再び鳴らすと、オーガが苦心して集めていた冷気が霧散してしまう。
「あぁっ? なんでだっ」
「サイオンは見えないけど、魔力量は君の数百倍あるんだ。魔力感知して、術式を破壊するくらい、簡単だよ」
親切に解説してやるが、理解できる頭脳がないことをすっかり忘れていた。
「っざけんなっ! 俺様は最強のオー様だ。ヒクガエルなんかに負けるわけがねぇっ!」
先ほどと同じ魔法を詠唱しはじめる。
「こりないねぇ」
必殺の魔法が解析され、無力化されるのを目の当たりにしながら、その意味もわからないのだ。
もう少し圧倒してやらないとダメか。
手のひらを上に向けて開き、フッと息を吹き出す。
その瞬間、集中して魔力を魔法に昇華させようとしていたオーガの片腕が凍りついた。
いや、腕だけではない。
オーガを中心に半径数メートルが、凍りついたのだ。
とうぜん、オーガ自身の足も氷におおわれ、動けなくなった。
「っんだこりゃぁ?」
「遅くて待ちくたびれたから、逆に凍らせてみたんだけど。どう? アリスリーゼもキグナスもビックリしそうだろ?」
思わず、お前はジーパンでもはいてる刑事かとツッコミたくなるのを我慢したが、口から出てきたあおり文句は大差ないものだった。
「一応、殺さないように、ニブルヘイム並みの威力にはしないように抑えたんだけど。強すぎたかい?」
自分が唱えはじめたのより、明らかに後から魔法を行使した雅人が、はるかに強力な魔法を具現化させたことを理解して、オーガは寒さだけでない震えに襲われている。
「なに……しやがる……」
「なにって、いい機会だから教えてやろうと思って。本物の魔法ってヤツをさ」
(くぅーっ、この上から目線。たまらん)
どこぞの特級みたいなセリフは、見下す感満載で気持ちいいったらありゃしない。
「まずさ。そもそもどうして詠唱とかしてるわけ?」
「だっ……そうじゃなきゃ、魔法は使えないって……」
ようやく、圧倒的な力量の差に少しは気づいたのか、震えながら答えるイジメの主犯格。
「それ、試したことあんの? ルディみたいに、実験したことあるわけ?」
「る……?」
なんだよ。
ルーデウスも知らないのか。
って、なろうなんて、ヲタク嫌いじゃ知らねぇわな。
「簡単さ。慣れてしまえば、詠唱なんてバカバカしくなる。こんな風に」
そう言ってから、一瞬で魔力を魔法に練り上げる。
もちろん、池井が数分間全集中したのよりも多い魔力を。
「詠唱しないと、こんなこともできる」
半身が炎、もう半分が氷の軍団長がやったことを参考に、握り拳から指を開く。
指が伸びるたびに炎、氷、雷、風、土、重力、爆発、光、闇、聖の上級魔法を同時に展開させた。
「あぁ、無詠唱なんて高度なことは、君の頭ではできなかったか。しょせんは凡人だもんな」
あぜんとするオーガに、ヘラ、そしてミッツ。
あぁ、楽しい。
「ふ、ふざけんな……俺様は天才だ。俺様は世界最強。俺様は天下ムソーだ……」
ブツブツ独り言を言いながら、なんとか半身をおおう氷を解凍して脱出した。
「てめぇに、ヒクガエルなんかに負けるわけには、いかねぇんだっ」
やぶれかぶれになったのか、肉弾戦を挑んでくる。
パンチを繰り出してくるが、遅すぎてよゆうでかわせる。
「っくそっ! 当たれば……当たればてめぇなんか……」
「当たったらどうにかなると思ってんの?」
性格の悪い、甲子園優勝投手の従兄弟と対戦した高校球児じゃないんだ。
狙い球がきたからといって、当たるわけもないし、当たったからといってホームランを打てるわけもないぞ。
(まぁ、昔から嫌いだったんだよ、あんたのことは。ってのは同感だな)
そんな風に考え事をしながらでも、まったく当てられる気がしないパンチを避け続ける。
「クッソ。よけんなっ」
「ハエでも止まりそうなパンチをしながらそんなこと言っても、説得力がないよ」
雅人は余裕をもってかわしているが、ニンゲンにしては拳のスピードは早く、ビュッと風を切る音を鳴らしながら、虚しく空を切っている。
(これ以上はらちがあかないな……)
いい加減、この茶番もあきてきた。
雅人はため息を吐くと、仕方なくパンチをもらうことにして、避けるのやめてみた。
***
「はっはっはっ!」
オーガのパンチに恐怖で固まったのか、ヒクガエルが動きを止める。
絶好のチャンス。
思い切り腰をひねって、サイコーのパンチを繰り出す。
あきらめたのか、ヒクガエルのヤツはパチンと指を鳴らすが、それでなにが起きるわけもない。
「うぉぉぉぉぉっ!」
ドガっ! という派手な音を立てて池井のこぶしが魔王にぶち当たる。
生意気にも腕で防御しやがったが、無視してもう一発殴りつけてやる。
「っ!」
魔王の腕が、あまりに強力なパンチの威力でちぎれる。
「あっはっはっは! ざまぁねぇなっ!」
愉快で仕方がない。
なにが魔王だ。
生まれ変わったって、ザコはザコ。
てめぇは一生、ヒクガエルなんだよっ。
「死ねっ」
もう一度殴りつける。
だが、おかしなことが起きる。
殴ったはずの腕の、手首の上辺りから先が見えない穴に消える。
「あ? 痛っ!」
頭の後ろに、自分のパンチが当たる。
「な、なんだっ?」
気のせいかと思い、もう一度殴る。
だが、同じことが起こる。
「なんなんだよっ!」
ムカついて何度も殴るが、そのたびに殴られるのはオーガ自身だ。
「はぁはぁ、なんだ……なんなんだよ?」
自分にタコ殴りにされ、フラフラになる。
「ふ……ざけん……な……」
あまりの痛みに膝をついてしまう。
この……最強の俺様が……こんな……みじめな……。
「ジャスト一分。夢は見れたか?」
魔王の言葉とともに、オーガの視界が一変した。




