第22話 断罪3
「あぁそうだ。忘れてた。コレ、返すよ」
暴れられると危ないというより面倒だからと、念のために取り上げていた剣を、オーガの近くに放り投げる。
ちゃんと、加速、移動、減速、停止の工程を丁寧に行い、卵も割れないようにしてやる。
壊れていたと、後でイチャモンをつけられないようにという意図であり、別に気づかったわけではない。
面倒なことこの上ないが、復讐には必要な工程だ。
「あ? なんだ?」
「その剣、君の持ち物だろ?」
言われてようやく自分のモノだと認識したオーガは、警戒しながらも、さっと動いて素早く手中におさめる。
そんなことしなくても、もう一度取り上げたりしないけどな。
「たしかに俺様の剣だ。いーのかよ。コレを、俺様に返して」
「別に。構わないよ。むしろ、持っててもらった方が、都合がいい」
雅人の意図がわからず、眉毛を寄せていぶかしんでいる。
「なぁに、たくらんでやがる?」
「あぁ安心してくれよ。剣にはなんにも細工はしてないから」
指摘してやるとハッとなって、ようやく魔力を流し、違和感がないか確認しはじめる。
甘い。
甘すぎる。
ヤマトタケルの故事とか知らないのか。
知らないんだろうな。
もし確認もせずに使おうとして、抜けなかったり竹光だったらどうするつもりだったのだろう。
「たしかに、なんもされてねぇみたいだな」
「だからそう言ってるだろ?」
疑り深いのは、悪いことじゃない。
だが言われないと気づかないのは、知性のない証拠か。
「バカめ! 世界最強の俺様に、武器を持たせるとはな。すぐに後悔させてやるぜっ」
「さっきも言ったけど、むしろ持ってもらわないと、こっちが困るんだよ」
意味がわからないことには付き合わないことにしたのか、雅人の言葉を無視して剣を構える。
「ホント、バカなの? さっきから世界最強とかって言ってるけど、カーラに負けた時点で一番じゃないし」
「あぁ? うっせぇ、チビ女。ヒクガエルの次はてめぇをぶっ殺すからな」
基本は黙っておけと言ってあったのだが、思わずリナが的確なツッコミを入れた。
マーキアに肘で小突かれて、黙っていなければならなかったことを思い出したのか、あわてて口を押さえている。
とはいえ、注意しそうなアヤやカーラも、肘打ちしたマーキアも横で笑いをこらえているので、リナも真剣にマズイとは思っていないのだろう。
申し訳なさそうに、こちらをチラチラうかがっていた。
(今のツッコミはありだな)
リナに向けてサムズアップしてよくやったと伝えると、リナはホッとした表情を浮かべた。
「クソがっ。マジぶっ殺す」
怒りをつのらせたオーガは剣を両手で持ち、右足を前に出していつでも斬りかかれる体勢になった。
「下段の構え。それ、勇者パースかい?」
「あぁ?」
下の方に視点をおけば、さぞかし剣が長く見えて、勇壮なことだろう。
だが、そんなヲタク用語は聞いたこともないらしく、話がかみ合わない。
「いや、こっちの話。気にしなくていい。それよりどうだい? 愛用の剣まで持って、それで俺に負けたら、いっさい言い訳できないと思わないか?」
「どーゆーことだ?」
膝を曲げて、力をためている。
いつ、斬りかかってくることやら。
二人の間をへだてる壁がなくなれば、いつでも襲ってきそうだ。
「簡単な話さ。前世でさんざんイジメた俺に、ぐうの音も出ないくらい完璧に負ければ、その実力の伴わないクソみたいなプライドが折れるだろ? その時の、お前の絶望した顔が見たいんだよ」
「っざけんな。俺様がてめぇなんかに負けるわけがねぇだろっ! 昔のこと、もう忘れたのかよ」
「昔のことって、前世の話? いつの話をしてるのかと思えば……」
高校生どうしの力関係なんて、今ではぜんぜん参考にならない情報だろうが。
現実が見えてない池井を鼻で笑いながら、オーガと雅人の間をへだてる壁を消す。
すると、待ち構えていたようにダッシュでいきなり距離を詰め、下から斬り上げてくる。
「おっそ」
「んなっ!」
ニンゲンにしては早いかもしれないが、魔王である雅人にとっては遅すぎる一撃を、指で摘んで止める。
ダッシュも、魔王の強化された動体視力では、見てられないほどのノロさだ。
憎い復讐相手とはいえ、宗次郎の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいと思ってしまう。
「クソっ。は、離せっ!」
両手で、必死に剣のコントロールを取り戻そうとしてもがいているが、雅人の指で挟まれた剣はびくともしない。
「あ、このままだとその剣、溶けるよ?」
魔力を剣先から流しこむと、刀身をおおうオーガの魔力が上書きされるように刀身の色がくすんでいき、金属が溶けたような嫌な臭いとともに、煙が上がりはじめる。
本能的にマズイと察知したのか、先ほどよりも必死になって剣を振り、雅人の手から離させながら、オーガは後ろに下がった。
「なに、しやがった……」
「別に? 俺の魔力を流しただけだよ。あ、もしかしてその剣、聖剣だった? なら、魔王の魔力にさらされちゃったからね。もう使い物にならないかもしれないよ?」
笑いながら言ってやると、顔がかげる。
ご自慢の武器をダメにされて困ってしまったのだろうか。
なお、もしかしても何も、取り上げた時に念のために調べてある。
聖剣ファリオン。
これまたハクトックナイの敗戦時に、とあるニンゲンの英雄が用いていたという、伝説の剣である。
とはいえ、六百年も前の骨董品だ。
今の藩王クラスには、傷一つつけられないナマクラである。
ヒューマンの内部で争っているだけなら強力な武器であり、一振りで大地を割ることもできるモノだが、魔王を相手にするには圧倒的に力不足だ。
「クソが……イキがってんじゃねぇぞっ!」
剣を横に倒し、オーガは呪文を唱えはじめる。
ずいぶん長い詠唱だ。
聞いてみると、かなり強力な魔法を使おうとしているらしい。
(なんだ。魔法、使えるんだ)
力任せに魔力を塊にして撃ち出すことばかりで、論理立てて魔法を使用した形跡があまり見られなかったが、さすがにそのくらいの素養はあったらしい。
とはいえ、長ったらしい詠唱を待つのに飽きてきて、ついアクビが出てしまう。
「死ね。燃えつきろ。ハイパーグレートフレイムエクストリームアタックネオっ!」
聖剣ファリオンの刀身が、燃えさかる火に包まれる。
「おぉっ、ネーミングのセンスはよくわからんが、とにかくスゴイ炎だ!」
周囲の大気が、かげろうのように揺らぐほどの高温が発生する。
あれをもし、ふつうのニンゲンが喰らったら、骨も残らずに燃えてしまうかもしれない。
待たされただけはある、上級魔法のようだ。
屁のつっぱりはいらないが。
とはいえ、隠しきれないDQN臭と厨二病の芳しい香りがただようネーミングセンスは、いったいなんなのだろう。
洗剤じゃあるまいし。
「よもやよもや。剣に炎をまとわせるとは。炎の呼吸でも使えるのか?」
「何言ってっかわかんねぇが、死ねぇっ!」
魔法剣のように燃える剣を、まるで炎柱のように後ろに引き、一気に横なぎに振り抜いた。
「うぉぉぉっ!」
オーガの気合いのこもった雄叫びに遅れて、渦を巻いた炎が雅人に向けて迫ってくる。
「嫌だな。俺、リムルじゃないから、熱いの嫌いなんだよね」
「はーっはっは。安心しろっ。熱いと思う前に、焼け死ねっ!」
この場で使うのだ。
おそらく、とっておきの必殺技なのだろう。
そして、勝利を確信したオーガから見れば、雅人が業火に包まれたように見えたと思われる。
「くっはっはっは! なぁにが魔王だ。イキがってんじゃねぇ。世界最強、天下ムソーの俺様にかかればこんなもんだ。見たか、クソ魔族どもっ!」
オーガが、リナやアヤたちの方を向きながら、勝ちほこったように笑う。
そのまましばらく、オーガの高笑いが周囲に響いた。




