第21話 断罪2
「さてと。カーラ、引き継ぐよ」
雅人が立ち上がりながらそう言うと、カーラは頭を下げて一歩引いた。
カーラが下がり、間違っても危害を加えられる心配がないことを確認してから、雅人はオーガの後ろに控える邪精霊の兵士に合図する。
「王様になっても、言葉遣いは相変わらず品性ってものがないね」
「あぁ? ケンカ売ってんのか?」
拘束を解かれたオーガは、自由を取り戻して気が大きくなったのか、吼える。
リナがムカッとして一歩前に出ようとするのを、手を挙げて押し留める。
「ケンカというか、『ドライブ』に一走り付き合ってもらいたいんだ」
「……『ドライブ』?」
「あん? 日本語じゃねぇか」
ヘラとオーガが雅人を見つめている。
元ネタはわからなくて変身できなくても、転生者だということは理解してもらえたようだ。
「残念だけど、英語だよ。相変わらず総身に知恵が回りかねるね」
「よくわかんねぇけどよ、お前、だれだ?」
慣用句はレベルが高すぎたか。
バカの相手は疲れるな。
「さぁね。君に質問権はございませ」
「はぁ? いーから答えろよ。てめぇ、だれだ?」
顔の下半分がない変態の言葉を借りて、バッサリと切り捨てる。
だが、まったく理解できなかったようで、すぐに聞いてくる。
「まったく……少しは自分の頭で考えたらどうだい? まぁ、『ヒント』くらいはあげようか。復讐するため、月に代わってお仕置きしにきた、通りすがりの魔王様だよ」
二つぶっこむが、後半は知らないらしい。
「聞いたことあんな……なんとかムーだかなんとか……」
ムーンて、月の英語も知らずに高校生になれるんだから、コネとは恐ろしいものだ。
「それ、『セイラー……』」
「『ストップ』。息子さんにもわかるように、この世界の言葉で続けようじゃないか」
ヘラ……難波江が女子らしく正解を言おうとしたが、止める。
まぁ、パンピーでも知ってるか。
成海どんも、Rは青春って言ってたし。
とはいえ、その答えが聞きたいわけじゃないんだよ。
「だれだっ! いー加減答えろ!」
「まだわかんないか。池井くんには前世でお世話になったのにな。とっても」
意味深に言ってやると、難波江は考えはじめる。
池井は頭を使う気はないらしいが。
「俺がだれかわかったら、殺さないであげるよ」
「んだと。てめぇ、何様のつもりだっ」
せっかく助けてやろうと言っているのに、無碍に断ってくるのはプライドではなく、恐怖心の表れのようだ。
口調は荒っぽいのに、死が実感として迫ってきたのか、膝がかすかに震えている。
「何様って、魔王様だよ」
バカにしたように見下しながら笑ってやる。
あの頃、何度もやられたように。
「……わかんねぇ。だれだ?」
「……こんなことするくらい、『慶』をうらんでる?」
どうやら、主犯じゃない方が先に答えにたどり着きそうな気配だ。
「世話に……なった……? あんた、まさか……イジメられ野郎?」
「正解だよ、『難波江さん』」
「んなっ! てめぇ、『ヒクガエル』かっ!」
オーガ……池井が、こちらの想定以上の過剰反応を見せる。
「殺してやるっ! 俺様を殺しやがって」
イノシシの皮でも被っているように、突撃してくる。
へきえきしながら、部活連の会頭をヒントに開発した、分厚い防御壁を展開して突進を押し留めた。
「あのさぁ。まだ殺してないだろ?」
なんのことかわからずに質問を返す。
「神様とかって野郎が言ってた。てめぇが爆弾で俺様たちを殺したってな」
「……なるほど。そっちもあおってるわけだ」
お互いに転生したから、過去は水に流して手打ちにしようとならないよう、双方を憎しみ合わせるつもりと見た。
管理者Dめ。
そんなことしなくても、絶対に許すわけがないのに。
「あぁ? 逃げんのか?」
「やってないものはやってない。ついでに言っておくと、俺がその自称神様から聞いたのは、死因は原因不明の爆発だって話だよ」
親切に教えてやるが、納得がいっていないようだ。
どうでもいいけど。
「そんなに疑われてもね。それでも俺はやってないよ。前世では童貞だったし」
「はぁ?」
意味がわからなくてイライラしてきている。
(くっくっく。バカをおちょくるの、楽しいな)
それもこれも、魔王という圧倒的強者だからできることだ。
その意味では、存在Xに少し感謝してやらないといけないだろう。
クラスメイト間で憎悪の連鎖を巻き起こさせているのは、業腹だが。
「いや、こっちの話だ。ずいぶん、あの自称神様を信用してるなと思ってね」
バカだから単純なのか。
突然現れて、あなたは死にましたとか言ってくるヤツを信じるなんて、頭大丈夫かね。
「……そーいや、そーだな……」
まったく。
とある第一王女でもあるまいし、ヒールでも使われて記憶を奪われでもしたのか?
「難波江さんは? この池井とちがって、簡単には信じなそうだけど」
「おい、池井と書いてバカと読んでねぇか?」
横からツッコミが入る
そこは、ふんぬー、とか言ってほしかったな。
自称天才どうしだけに。
「……慶と一緒にいさせてくれると言うから、つい……」
信じてしまいましたとさ。
「ずいぶん、お花畑な考えだね」
なんというか。
ノロケとして聞いても、うらやましさがカケラも感じない。
夫婦そろってバカなのか。
(長年連れそう夫婦は、仕草が似てくるってエロを解説するマンガで言ってたけどさぁ。頭の中まで似なくてもよくね?)
童貞と処女で結婚したわけでもあるまいし。
「そう言うあなたは……信じてないの?」
難波江華が、下手に出たような口調で聞いてくる。
夫とちがって、華は状況を理解しているようだ。
雅人を怒らせたら、殺されてしまうかもしれないということを。
「そうだな……あの神は信じてないよ」
他人の耳がある。
神……アイェウェ神を信じていないとは、口が裂けても言えない。
あくまでも信じていないのは、ヒトガミのことだ。
「名前も名乗らないし、なにより、俺には復讐させてやるから、魔王にならないかって持ちかけてくるようなヤツだぞ?」
そう言えば、華も理解できたようだ。
「それを……受けたの?」
「もちろん受けたさ。だからこうして今、魔王としてここにいるのさ。お前たち全員に復讐するためにな」
ニヤリと笑うと、華は顔を青ざめさせた。
「しかし……まるで藪の中だと思わないか?」
「あん? ヤブ? 医者の話か?」
ちょっと、バカは黙っていてほしい。
「……どういうこと?」
「そっちに話したことと、こっちを焚きつけた内容がちがう。ますます信用できないなと思ってね」
さすがは、一応は高校に自力で入学しただけのことはある。
雅人の疑問点に、同調するようにうなずいている。
もっとも、殺されないためのポーズということもあり得るが。
「おいっ! んなことは関係ねぇ。ぶっ殺してやるから、この壁どーにかしろっ」
いい加減待ちくたびれた、空気を読まないバカが叫びはじめたのには、苦笑するしかない。
「ねぇ、私が難波江華だって、どうして知ってるの?」
「あぁ、魔王だからね。だれが何に転生したか、俺は知ってるんだ」
そう。
お前たちを含めて残り三十七人全員をね。
「ちなみに、池井がろくに援軍も送らずに見捨てた獣人の西辺境伯は、田中鉄太と小池恵子のカップルだったよ」
「知るかよ、んなこと」
池井はそう切って捨てるが、クラスメイトを襲った不幸と、自分たちもそうなるかもしれない行く末に、難波江はショックを受けているようだ。
「他人のことなんて気にしない。さすがは池井くんだ。ブレないね」
小馬鹿にしたようにほめてやると、皮肉に気づいたのか、壁を壊そうと殴りつけている。
魔法は使えないように、池井が立つ周辺に制限をかけているので、万が一にも壁を突破される心配はないものの、純粋にうるさい。
「ところで、念のためにもう一度聞くけど、獣人を狩りの獲物にしてたこと、反省してないんだよね?」
「あぁ? ったりめぇだろ。アイツらは動物だ。家畜を殺してなにが悪い!」
今のやり取りだけ、音声を増幅させて王都ヴァークの住民たちにまた聞かせてやる。
城の外で、非難の声が高まっているのが、雅人には分かった。
(これで、この三人をどう扱おうと、王族を担いで反乱しようとする人間は現れないな)
獣人領の場合は、辺境伯夫人の見苦しい行いで失望させたが、魔導王国についてはオーガ王が突き抜けすぎてて、小細工の必要もない。
「彼らはヒューマンだよ。君と同じね」
「んなわけねぇだろ。動物だ。家畜だ。狩りの獲物にするくらいしか能のねぇ、ゴミだ」
雅人を目の前にして手出しができないことが相当ストレスになっているようで、暴言がどんどんエスカレートしていく。
ここまでやれば、国民からは完全に見放され、見捨てられたことだろう。
これで政治は終わりにして、楽しい愉しい復讐をはじめるとしよう。




