第19話 戦闘のあと
(いや。そりゃぁ、ハシビロコウと古だぬきの天下分け目の大戦ですら、四十秒で決着がつくこともあるけどさぁ)
雅人は魔導王国との国境における戦いについての報告を受けながら、半ばあきれたように話を聞いていた。
(いくらなんでも魔族がチートすぎだろ。この実力差で、どうして六百年前は負けたんだ?)
今回は、相手は魔導王国単独であった。
それでも、圧倒的な戦果である。
国王は捕縛。
国王側近の将軍は十名中、七名が戦死または行方不明。
残る三名の内、一名は重傷を負って捕縛。
かろうじて、一名が王都へ向かって逃亡中で、居残りの一名と近日中に合流予定。
全員が貴族に列せられている魔導騎士千名は、全員肉塊も残らなかったために死亡が推定されている。
魔導士は従軍した千五百名中、約九百名が行方不明であり、戦死したと推定。
残り六百名中、重軽傷を負って捕縛されたのが二百名。
残りは王都に向かってほうほうのていで逃亡中との情報が入っている。
「これでも元老院は継戦の意志はおありかな。センナト=パラパ議長殿」
雅人の声がけに、縄を解かれたセンナトは小さく首を振った。
「先の全軍であたっても目ぼしい戦果がないのに、残った兵たちで意味のある抵抗すらできるとは思えません」
センナトが言うとおり、メインで殺りくを繰り広げたのが副王のリナと藩王のアヤであったため、アイェウェ側の犠牲は死者一名、重傷者ゼロ、軽傷者数十名といったところである。
(アルティメットなんちゃらがいない軍と、魔人の集団がぶつかったんじゃないんだから、この差はないよな……)
前回の獣人領では暴れる機会のなかったアヤとリナが、心なしかスッキリしているのが気になるが、あまりに圧倒的すぎて、頭が痛くなりそうだ。
(この調子で暴れまくるのはいいんだが、占領地の行政組織の立ち上げが全然追いつかなくなる未来しか見えないぞ……)
そこで、雅人の目の前の男の出番である。
「センナト殿。我々に協力する意思はあるか?」
「協力、といいますと?」
水を向けると、乗ってくるふりをする。
この辺りは、オーガが暴走して軍を集める前から交渉を開始しているので、キツネとタヌキの化かし合いのはんちゅうだ。
センナトとしても、戦争が起きる前から魔族と通じていたなどという悪評は避けたい。
国が滅び、占領されたから仕方なく協力するという形に持っていきたいのだ。
こちらとしては、形式はどうでもいいので協力してくれるという実がほしい。
話し合いをしているようで、すでに大枠では合意済みという出来レースだ。
「旧魔導王国の元老院に属する方々と、その官僚たちの命は保証しましょう。その上で、我々の統治に協力し、配下になってほしい」
ここまでは事前に取り決めていたこと。
異論はないだろう。
だが勝ちすぎたので、もう少し欲張ってもよさそうだ。
「加えて。元老院議員の方々のご子息をお預かりして、獣人領やアイェウェ本国の政治を学んでいただきたい」
そう告げると、センナトは息を呑んだ。
つまるところ、人質を兼ねているからだ。
「それは……私の一存では決めかねますな」
「でしょうな。まぁ、ヴァークが落ちたあと、また話しましょう」
王都ヴァークなど簡単に落としてみせると宣言し、センナトとの会話を切り上げた。
***
「一般人の避難は?」
「すでに完了しております」
雅人の問いにドラゴニュートの将が答えるのを聞き、うなずいた。
魔導王国主力を壊滅させたあと、ゆっくりと軍を進めた。
食糧の輸送に関しては、獣人たちに給料を払って運ばせている。
商業活動はごく少数のニンゲンを優遇しているため、多くの無職獣人が発生していた。
元々、商売に失敗して奴隷落ちするものが多発したがゆえの措置だが、放置していれば社会不安の温床となる彼らについて、雅人は帰農させる者と、荷運びに採用する者で大部分を吸収した。
特に牛族や羊族は比較的力も強く、アイェウェ本国でも重宝されているらしい。
そして兵站に協力する者たちについては、今回はドラゴニュートの護衛をつけている。
おかげで敵の妨害工作の心配は皆無だ。
そうしてゆっくりと魔導王国領内を進みながら、都市を支配下においていった。
基本的に国の政治と外交、そして経済を牛耳ってきた元老院を、議長センナトという人質でもって抑えているため、都市はほとんど抵抗をせずに城門を開いた。
隣国であるから、ほぼ鎖国状態であったのにアイェウェの軍は軍規が厳しく、略奪など起きないことを知っているのだろう。
そうして半月後に、ようやく魔導王国の王都・ヴァークを包囲した。
すでに魔導王国内のすべての都市や辺境の街に至るまで、こちらの支配下にある。
諜報部隊の情報によれば、性懲りもなく列国会議が開かれたらしいが、紛糾して収まりがつかないらしい。
アレン皇国が頑張っているようだし、いくつかの国の代表はエリスの影響下にあって、他国との不信感をあおる発言を繰り返させている。
オーガ=ヴァーク=アデシュほどの無謀な王も少ないので、どこかの国が単独で行動に出るような事態も考えづらく、安心して二回目の復讐に臨めそうだ。
「我が君ー。総員ー、配置につきましたー」
マーキアの報告を受け、雅人は手を空に向けて突き上げると、そのまま振り下ろした。
それを合図に、邪精霊とドラゴニュートの混成軍がヴァーク城の攻略に取りかかる。
守備側は、オーガ=ヴァーク=アデシュの息子、ミッツ=ヴァーク=アデシュ王子が指揮をとっているらしい。
王子は、籠城を選択した。
その判断は間違っていない。
相手が、アイェウェの民でなければ。
ふつう、城を攻めるには守備側の数倍の人数が必要とされる。
攻撃側は城門か城壁を破壊するか乗り越えなければならないのに対し、守備側は城壁などで安全を確保できる。
さらには、城壁の上に昇って何か攻撃側に投げつけるだけで、殺傷力が増す。
攻撃側は、重力に逆らって守備兵に攻撃するという不利を負う。
だが、ここは魔法がある世界だ。
強力な魔法があれば城壁など簡単に切り裂ける。
別にマテリアル・バーストみたいな強力魔法である必要すらない。
「魔族」と恐れられる膨大な魔力で魔法をぶち込めば、ニンゲンの作った壁など簡単に壊れる。
たとえ、守備側が魔法で城壁を保護していても。
「魔導障壁も形無しだな」
ヴァークの城壁が易々と破壊されるのを見て、センナトは青い顔をしている。
守備側が硬化魔法で硬度を上げた部分も、魔導障壁を展開した場所も、関係なく次々に壊されていくのを見れば、そういう反応もするだろう。
「敵軍、城内に撤退いたしました」
「はぁ? ただ逃げるだけとか、バカなの?」
報告を聞いたリナが悪態をついているが、実際問題、城内に逃げたところで事態は改善しない。
籠城とは本来、自分たちが守りにてっして持ちこたえている間に、味方の援護を待つという戦術だ。
援軍が来ない籠城など、破滅しか待っていない。
(まぁ、小谷城と一緒だな)
追いつめられ、最後は討ち死にして名誉を守る。
そのくらいしかできることはない。
とはいえ、そんなことをされると色々と支障がある。
早急に城を落とす必要があるだろう。
「……アヤ。城門だけを壊せ」
「承知。魔力、極小、攻撃」
マーキアやリナでは城ごと破壊しかねないので、アヤに命じる。
直接命令されたことに張り切りつつ、アヤは絶妙な魔力コントロールで要求どおり城門だけを消滅させた。
「カーラ、アヤ。ここからはお前たちで王妃と王子を捕まえてきてくれ」
王族に逃げられないよう、一般の兵士たちは城を囲む役割を命じ、信頼する二人に中に入るよう命じる。
「リナ、道を空けさせろ」
「はいはーい。おバカさんたち。王妃と王子を連れてくるか、道を空けて。さもないと、殺すわよ」
カーラとアヤの邪魔にならないよう、リナに露払いを命じると、一瞬で城が半分くらい吹き飛ぶような魔法を何個もくみ上げ、守備側の兵士たちを脅している。
あまりに熱い火球がいくつも宙に浮かんでいるのを眼にした兵士たちは即座に無駄を悟り、武器を棄てて投降した。
邪精霊の一般兵がそれを順々に拘束していく。
「王妃と王子はどこだ?」
「ち……地下通路です……」
無駄とわかっていても、魔族には膝を屈することができないという気概をもった幾人かの兵がカーラに斬りかかる。
彼ら無謀と勇気をはき違えた者たちは、すぐにカーラの魔法によって魔力も生気も吸い取られ、骨と皮だけになって倒れる。
そして、数秒後にはカーラの眷属たるアンデットとなって立ち上がった。
それを見た魔導王国の兵士たちは震え上がり、聞かれたとおりに王妃たちの逃亡ルートを答えた。
「御苦労」
アヤは笑うと、カーラとともに城の内部に飛びこんでいった。




