第18話 一騎討ち
「クソがっ。何がどーなってやがんだっ」
見えない場所からの遠隔攻撃に恐れをなし、数人の護衛と側近を残して、オーガの周囲からだれもいなくなってしまった。
オーガ以外が残っているのはただ、ここで逃げたら後で王の怒りを真正面から引き受けなければならないからだ。
一人で逃げれば確実に自分だけが殺される。
その恐れは、今「だれかが」殺される恐怖を凌駕していた。
「お、王よ……ここはいったん……立て直しのために、本陣まで戻られた方が……」
「あぁん? 俺様に、尻尾を巻いて逃げろってか?」
「い、いえ。そのようなことは……」
側近の弱気な姿にぶち切れてみせるが、オーガも不利なことはわかっていた。
なにより、どこから攻撃されているのかわからないのは不気味だ。
「仕方ねぇ。いったん、さっきのところまで戻るぞ」
憎々しげにオーガが言うと、側近や護衛たちがあからさまにホッとした表情を浮かべる。
それがムカつくが、敵がどこにいるのかわからないのでは暴れようもない。
むしゃくしゃした気分は、今すぐ言葉をしゃべるケモノでも狩らないとどうにもならなそうだ。
とはいえ、魔族とかいうヤツらが獣人の国を攻めてから、奴隷がぜんぜん手に入らなくなっている。
手持ちの奴隷は残り少ないという意味で貴重なのだが、そんなことは狩ったあと考えればいい。
むしろ、考えるのは周りのヤツらに任せよう。
まだ獣人の奴隷は何人もいたなと考え、帰ったらすぐに狩猟場に行くことを決めて、仕方なく反転したときだった。
「どちらへ行かれる? まさか、うわさに名高い、魔導王国の国王ともあろう御方が、お逃げになるのか?」
「あぁん?」
振り向いた先には、いつの間にか黒髪の巨乳女が立っていた。
「はっ。怖くなって逃げ出すか。四天王のひとり、暴君とやらは名前だけか」
「だれだ、てめぇ」
バカにされていることはわかり、こめかみに青筋を立てた。
だが同時に、怒りをぶつけられる相手が現れたことに笑みを浮かべもする。
「ヴァンパイア・クイーン、カーラ=マトックと申す。藩王のひとり、と言った方がわかりやすいかな?」
「は、藩王……」
側近から絶望色をした声がもれる。
「はんっ、わざわざ俺様に殺されにきたか。魔族野郎がっ」
「野郎とは失礼だな。これでも女性なのだがな」
ふぅ、とため息をつく女に隙を見て殴りかかる。
「……なるほど。聞いていたとおりの卑怯者だな」
「あぁ? 勝ちゃぁいいんだよ、勝ちゃぁ」
流れるようにパンチを繰り出していく。
だが、一発も当たらない。
「くそがっ、どーして当たらねーんだ」
あとちょっとのところで避けられる。
それが余計にイライラする。
と、後ろの方で爆音が破裂した。
「いいのか? 兵士たちがどんどん殺されているぞ?」
オーガのパンチを避けるため、大きく後ろに下がった女が指さす。
たしかに、兵隊たちが逃げていった方角で何度も爆発が起きている。
「あぁん? んなこと、知ったこっちゃねぇよっ」
逃げたヤツらなんか、死のうがどうしようが関係ねぇ。
そんな考えで、女との距離を一気につめる。
「聞きしにまさる暴君だな。さすがに兵士たちが哀れになってきた」
「あぁ? うっせぇ。とっとと死ねよっ」
気にせず、なんども攻撃するが当たらない。
「避けんなっ! うぜぇんだよ」
叫ぶが、どうしても当たらない。
なぜだ。
「カーラ。逃げたヤツらはアヤがぶっ殺した。そこらに居たのは、私が殺しておいた」
「あぁ。ありがとう、リナ」
いつの間にか近くにきていた赤い髪の女が、声をかけてくる。
オーガのパンチをかわしながら、その声がけに目の前の女が応えている。
「よそ見してんじゃねぇっ」
「どうでもいいけど、そいつバカなの? 一人で突っこんできて。しかも、周りのヤツらが殺されてるのも気づかないで。バカをとおりこして、救えないアホね」
「どうやら、目の前のことだけに夢中になる性格のようだな」
赤い髪の女が、バカにしていることはわかった。
(この巨乳を殺したら、次はてめぇだ)
そう思っても、巨乳に攻撃があたらないのでは殺しようがない。
「くそっ、当たれぇ」
「しかも、剣持ってるのに使わないとか、バカもたいがいにしてほしいわ」
言われて使うのはムカつくが、黒髪女に避けられて距離が離れたため、剣を抜く。
「殴り殺してやろうと思ったが、気が変わった。斬り殺してやる」
「はぁ? 私が剣使えばって言ったからでしょ。何秒か前のことも、もう忘れてるわけ? ほんとバカなの?」
赤い髪の女がつぶやく。
「うるせぇ、クソ女。この女の次はてめぇだ」
「はぁ? バカで弱いくせに口だけはデカいのね。今すぐ殺してやりたい」
赤い髪の女がにらみつけてきた瞬間、背筋がゾクっと震える。
「私の殺気だけで動けなくなるザコのくせに、口だけデカイとか。バカなの?」
「う、うるせぇっ!」
女相手に気後れしてしまった屈辱を晴らすように、黒髪女に斬りかかる。
だが、リーチが長くなった剣でも当たらない。
「くそっ、くそぉっ!」
「うわぁ、ヘッタクソ。バカなだけかと思ったら、剣も使えないの? とりあえず振り回してるだけ?」
これまでどんな相手も、オーガが剣を振るえば恐怖で動けなくなって斬られた。
だから真面目に剣を習ったことなどない。
それに、生まれながらの天才であるオーガには、努力は似合わない。
汗をかきながら努力するなんて、カッコ悪いことができるわけない。
それなのに、この女は怖がるどころか、バカにするような目で見つめながら斬撃をよけていく。
当たれば……当たれば岩すら斬る攻撃なのに。
魔力を剣にまとわせた必殺の攻撃が、簡単にかわされていく。
「当たんないわね。バーカ」
「うっせぇ!」
剣を振るうたび、早く鋭い斬撃の周りに風の刃が生まれるが、女にはなぜかそれも効かない。
「あーあ、つまんない。四天王とかいうから少しは強いのかと思ったら、ザコじゃない。ほんとバカなの?」
「俺様は強い! 当たれば殺せるんだよっ!」
イライラが止まらない。
「本当にバカなのね。相手の力量もわからないとか。良いこと教えてあげる。カーラに勝てたら、私にも勝てるわ。そんなこと、絶対ありえないけど」
最初と最後は聞かない。
だが、目の前の女を殺せれば、赤髪の女も殺せるとわかり、がぜんやる気が出る。
「うぉぉぉっ!」
少し距離ができた瞬間に、切り札の魔力放出をぶつける。
世界有数の魔力量をほこるオーガだからできる、純粋な魔力をかたまりにしてぶつける技だ。
(殺った!)
オーガの攻撃を、女はよけられずに顔面に吸いこまれていく。
だが、信じられないことが起こった。
「ほぉ。なかなかの魔力だな」
女は魔力弾を、口を開けて飲みこんだのだ。
「なっ……」
「言っただろう? 私はヴァンパイアだと。吸血鬼が吸うのは血だけではないぞ」
ペロリと舌で唇をなめる姿は、艶かしいと同時に恐ろしさを感じさせるものだった。
「うぁぁぁっ!」
恐怖にかられながら、剣を振り抜いた。
だがその次の瞬間、手の中から重みが失われた。
「おっそ。バカなだけじゃなくて、ノロいとか、ホント死んだ方がマシね」
「そう言ってやるな。これでもどうやら大真面目のようだぞ」
黒髪の女が、オーガ愛用の剣を後ろに放り投げる。
(い……いつの間に盗られた?)
剣を振り下ろしただけなのに、なぜか手の中から剣が奪われていた。
「か、返せぇー」
「そろそろか」
わけのわからなさに、大振りのパンチを放つ。
だが女は、今度はよけない。
オーガのパンチが、女の横っ面に吸いこまれていく。
オーガは、勝利を確信した。
(俺様の攻撃が当たって死なないヤツはいねぇよ)
だが、女はオーガの殴りつけた手首をつかむと、一瞬で背中から地面に投げ落とされた。
「くそっ、ぁんなんだっ」
急いで立ち上がり、ファイティングポーズを取る。
だが目の前の女は、衣服の乱れを直しているところだった。
「よそ見してんじゃねぇ、っつってんだろ」
「仕方あるまい。お前が相手なら余裕なのでな」
続く怒りを載せたパンチも、悠々とかわされる。
「んでだっ。俺様は世界最強のオー様だぞ。天下ムソーの男だ。それなのにっどーしてだっ」
これまでの人生を否定されるように、たかが女に攻撃が通用しない。
子どものころから、大人だってオーガと一対一で勝てるヤツは居なかったのに。
「世界最強? 天下無双? こんなに弱くてか?」
ふっ、とバカにしたように言われ、頭の中でプチンという音が聞こえる。
「っざけんなぁぁっ」
飛び上がって殴りつけようとする。
「悪いが、弱いヤツの相手は飽きた」
あとちょっとでパンチがあたるという寸前に、女が蹴り上げた足があごにヒットし、頭をのけぞらせて吹っ飛ばされる。
オーガはそのまま、背中から地面に落ちた。
あまりにクリーンヒットすぎて、意識を刈り取られながら。




