第12話 ヘラとオーガ1
「お父様は、どうしてもオーガ殿を次期国王とお認めにならないのですね」
「当たり前だ、あんな男……粗野なうえに身勝手が過ぎる。王として認められるわけがない」
アデシュ村の少年オーガが、魔導王国の国王にふさわしい魔力の持ち主であると示してから三か月。
すでに事態は本人を差し置いて、王国内の権力闘争と化していた。
王族の中でもヘラ王女の支持を得たオーガは、本人不在のまま軍と元老院を後ろ盾に、王位継承者となった。
軍と元老院という、魔導王国内を二分する組織双方の支持を得て順調に治世をスタートできるかと思いきや、その直後に起こった事件によって、元老院が消極的支持に転じる。
オーガ本人が地元に一時戻っている間だったが、そのことで情勢が一気に流動化。
さらには、ぽっと出の新参者に権力を奪われることを阻止しようとする、王族の主流派が暗躍を開始したことで、泥沼の権力闘争がはじまってしまった。
周辺国との戦争には消極的で、元老院とその点では近い現国王だったが、ただの操り人形では納得がいかないと、慣例を破ることで自尊心を満足させることもあった。
言うことを聞かないことも多い現在の国王よりも単純で操りやすかろうと、オーガを担ぐことに前のめりだった元老院は、事件の経過を見るにオーガは制御不能であることに気づいたらしく、手を引いた。
それはとりもなおさず、次期体制が軍主導になるということだ。
軍とは勢力を競いつつ王権を支え、軍は口を出せない国政の分野を独占して、代々の王を操ってきた元老院としては、とうぜん面白くない。
そこに目を付けた、ヘラ以外の王族主流派が敵の敵は味方であるとして元老院と結託。
ヘラと軍が組んだ勢力に対抗することとなったのだ。
「ヘラ。たしかにあの少年の魔力はすさまじい。お前が高く買うのも理解はできる。だが彼は戦場では勇敢だが、王としての素質はない」
「我が国の王など、軍の最高司令官としての資質さえあれば務まりましょう」
ヘラの言葉に、戦場に出ることを忌避し続けてきた国王リューク=ヴァーク=アデナイは顔色を変えて激昂する。
「それは……余に対する当て付けか?」
「いえ、お父様。ですが、政治と外交は元老院が握っております。国王に求められているものが何か、冷静に考えればおわかりになりますでしょう」
娘の言葉に国王は黙ってしまう。
それを見てヘラは小さくため息を吐く。
ヘラとしては、元老院に牛耳られている現状を変えていきたい。
だが、まずはオーガの王位継承が最優先。
それなくしては、ヘラの構想など絵に描いた餅ですらないからだ。
「とにかく、たしかに魔力は多いかもしれないし、勇気があるのは認めよう。だが、知性の欠片も感じられない男を国王にするわけにはいかない」
「ではお父様は、だれが次期国王にふさわしいとお思いですか?」
なんでも反対ばかりで対案がないとは言わせないと、ヘラは国王に迫る。
「お前の弟でいいではないか。何が不満だ?」
やはりそうか。
たしかに弟ガルバ=ヴァーク=アデナイも、魔力という意味では才能の片鱗を見せる。
オーガには足下にも及ばなくとも、わずか十歳にして国内では最低でもトップ十位以内には入るだろう。
それ以上はこれからの成長次第というところか。
だが、弟ではダメなのだ。
父親である国王は、我が子かわいさという身びいきで目がくもっているようだが、弟こそ、なににつけても優柔不断で判断力もなく、びびり屋で決断力もない。
顔は童顔ながら美貌を謳われた母に似て整っており、将来を見込んだ多くの宮女たちの心をときめかせている。
だが、中身はただの甘えん坊な駄目男だ。
もし弟が現代日本に生まれたなら、自称ミュージシャンとして女性の家に転がり込み、ヒモ生活を満喫するようなタイプに見える。
そんな男では、ヘラの大望を託せはしない。
そうしてこの日も、ヘラと国王の協議は平行線のまま終わった。
「国王様も強情ですな」
「えぇ。まぁ我が子が可愛いという気持ちはわかるけれど、弟では元老院の言いなりにしかならない。それがわからないくらい、老いたということかしらね」
ヘラはともにオーガを推戴する、有力な後ろ盾である軍の高官二人と部屋で語らっていた。
「このままではいつまでも話は進みますまい。計画を実行に移される頃合いかと存じます」
「……それについては、考えているわ」
しきりに最終手段を実行するよう、軍はヘラに迫ってくる。
「時間はあまりありません。オーガ殿は凱旋行進であと数日でここヴァークに到着する予定です」
ヘラは唇をかんだ。
最終手段は、最後の手段であるべきだ。
まだやれることはないか。
「ヘラ王女様。大義のためには犠牲は付きものです」
「……」
弟の決断力についてディスったが、軍が勧めてくる最終手段の実行については、ヘラもちゅうちょしてしまっている。
「オーガ殿のあの果断さと苛烈さを考えれば、凱旋したあとのヴァークでなにが起こるか、おわかりになるでしょう? それを、早めるかどうかというだけです」
「そうね……そのとおりだわ」
ヘラは迷いながらも、ついに説得に応じた。
そこには、予測不能なオーガに事態をゆだねるよりも、自らの手で進めた方が事態を制御できるという期待もある。
「ヘラ=ヴァーク=アデナイの名において命じます。計画どおり、王都ヴァークを制圧しなさい」
「はっ!」
こうして、ヘラはルビコン川を渡った。
「我が方の犠牲者は?」
「兵士が数名重傷を負っておりますが、命に別状はありません」
魔導王国最強の……いや、この大陸でも西の帝国軍と並んで世界最強と称される魔導騎士たちに囲まれながら、ヘラは王城を我が物顔で歩く。
「オーガ殿が指揮官でしたら、もっと犠牲は少なかったかもしれません。申し訳ございません」
将軍が言葉ではけんそんしながらも、ニンマリと笑顔で頭を下げる。
「そうね……辺境での紛争ではたいそう活躍したようだから」
ヘラも話でしか聞いていないが、オーガはそのあふれるばかりの魔力で大暴れしたという。
アデシュ村でのトラブルのあと、急いで帰村したオーガを待っていたのは、辛い現実だった。
「お……や……じ?」
オーガの父親であるアデシュ村の村長は、トラブルの仲裁に入った際、怒り狂っていた獣人の兵士によって殺害されていた。
さすがにそのことで冷静さを取り戻した獣人側が次に行ったことは、アデシュ村の焼き討ちだった。
端的に言えば証拠隠滅である。
オーガと叔父を欠き、村長をも失った村は組織だった抵抗もできず、蹂躙された。
帰村したオーガは、その焼け跡から変わり果てた父親の遺体を見つけ出すのが精一杯だったという。
「……だれだ、こんなことをしやがったのは!」
怒りによって全身から魔力を噴き上がらせたオーガは、護衛として同行した兵士も止められず、国境を越えた獣人の村を七つ壊滅させてようやくおさまった。
父親を殺害した兵士は文字通り八つ裂きにされ、殺される前に彼の家族も目の前でなぶり殺しにあった。
その蛮行に、獣人側も見過ごせずに軍を派遣したが、たった一人のオーガによって蹴散らされる始末。
慌てた元老院が獣人西辺境伯領の高官と協議し、これ以上の戦線拡大は双方に利がないと手打ちをした。
この一件で、元老院はオーガが制御不能であることに気づいたらしい。
同行した兵士十数人でも止められず、獣人を数十人惨殺したわずか十二歳の少年に、恐怖の念を抱いたようだ。
これ以後、元老院はオーガを支持することに迷いはじめる。
そして、類い希なる戦闘センスを見せつけたことで軍の猛烈な支持得たのだが、それを横目に危機感を強めた元老院は、前述のとおり同じく権力を奪われようとしている王族と手を組んだのだった。




