第11話 ヘラ=ヴァーク=アデナイ2
「お、王女様……このようなところにお越しくださり、恐縮です……」
「いえいえ。用があるのはこちらですから、足を運ぶのはとうぜんです」
「けっ。んなら、なんで俺様が王都まで来なきゃなんねぇんだよ」
ヘラがオーガたちの宿泊する部屋をおとずれると、彼の叔父だという男性が恐縮してなんども頭を下げる。
それと好対照に、オーガはふてくされたような顔をして、そまつな丸いすに座ったままだ。
(変わらないわね……)
王女である自分がたずねても変わらないとは予想していたが、横柄な態度に苦笑するしかない。
思わず「慶、わたしよ」と言いたくなるが、この場ではマズイ。
なにしろ、オーガ推戴派閥の軍と元老院からも、それぞれ使者が同行しているのだ。
他人にわからない言語で話しかければ、王女である自分が次期国王と結託しているという悪い印象を即位前から与えることになりかねない。
「アデシュ村のオーガ殿。朗報……良い知らせです。我が魔導王国は、あなたを我が国の次期国王として迎える準備を進めています」
「こ……国王……」
「へっ。ったりめぇだろ」
ヘラが先ほど決定したばかりの人事を伝えると、オーガの叔父は腰を抜かしたように驚いて床に尻餅をつく。
だが、オーガ自身はとうぜんと笑い飛ばすだけだ。
「俺様を誰だと思ってる? 世界最強のオー様になる男だぜ」
大言壮語なところも前世から変わっていない。
あまりに変わっていなさすぎて、精神面での成長が心配になるレベルだ。
「そうですか。それは、戦争になれば大いにご活躍いただけるものと信じてよろしいかな」
軍の人間がすかさず声をかける。
言質を取られるのはマズイ……。
だが、オーガ……慶にそんな寝技ができるわけもない。
「ったりめぇだろ、デカブツ。てめぇが腰を抜かすほどすげぇ活躍してやんよ」
得意げなオーガを見て、軍の人間はニコニコと笑っている。
だがその目は冷たく光り、目の前の少年を観察していた。
それを苦々しく横目にしながら、ヘラは小さくため息をもらした。
コンコン……。
元老院にもきっちり言質を取られたころ、オーガの部屋のドアがノックされた。
ヘラが目配せをした衛兵がドアを慎重に開ける。
「なんだ。今、取りこみ中だ。あとにしろ」
「いえ、王女様がいらっしゃることは存じておりますが、中の……次期国王候補に関することで至急の報告があります」
伝令兵が緊張で震える声で告げる。
王女である自分が来訪しているのを知りながら、それでも至急ということは本当に緊急事態か。
「お入りなさい。発言を許可します」
衛兵に念のため警戒させたまま、伝令兵を招き入れる。
「失礼いたします! オーガ殿。貴殿の村が襲われ、焼かれたとの報告が入りました」
「あぁ? どーゆーことだ?」
王女であるヘラに向けて発言するのではなく、寸暇も惜しむようにオーガに直接話しかける伝令兵。
「どういうことですか? わかっていることを報告なさい」
ヘラが声をかけると、伝令兵が一度背筋を伸ばす。
「はっ。詳しいことは不明ですが、獣人といさかいになり、獣人の兵士たちによって、アデシュ村が焼かれたとの報告が入りました」
「そ、それは、本当ですか?」
オーガの叔父が焦って聞く。
オーガ本人ならともかく、叔父はこの場で誰かに軽々しく声をかけられる身分ではないと自覚しているはずだが、それでも自分の家族もいる村の状況を知りたいのだろう。
ヘラも無礼は黙認する。
「我が国の対応はどうするつもりですか?」
「国王様は、辺境の境界争いだろうとおっしゃり、特に何もなされないと聞いております」
オーガへの嫌がらせだろう。
辺境の寒村とはいえ、自国領が他国の兵によって被害を受けていながら、元老院に出兵の許可も求めないのだから。
「オーガ殿。馬には乗れますか?」
ヘラが目配せをした軍の人間は小さくうなずくと、オーガに問いかける。
「あぁ? 馬くらい乗れんよ」
「では、軍馬をお貸ししましょう。また、軍の予算内で動員可能な兵に貴殿を追わせます。どうか、いったんご自分の村にお帰りいただき、村人を安心させてやってください」
軍に借りを作ることになるが、やむを得ない。
「あぁ、状況が分かり次第元老院にもお知らせいただきたい。場合によっては戦争のための予算を組まねばなりませんからな」
状況がわからないのでは、元老院としても積極的な対応はできないのだろう。
だが、もし必要があれば助けるよというメッセージを送るのは、軍にだけ次期国王を取りこまれないようにするためか。
「あぁ、『サンキュー』な。叔父貴、急いで村に戻るぞ」
「あ、あぁ。それでは王女様、皆々様、不躾ながらいったん失礼させていただきます」
「構いま せんから、お急ぎなさい。人命はなにより尊いものです」
ヘラが声を掛けてやると、なんども頭を下げながらオーガの叔父は甥を追った。
(『サンキュー』なんて地球の言葉で言っても通じないでしょうに)
とはいえ、感謝していることは伝わったようで、恩を売れた軍の人間はほくほく顔だ。
(さて……村の被害がどの程度か、それが問題ね)
軽微なら、軍を本格的に動かすまでもない。
水利権という言葉もない世界の話だ。
土地の境界線争いや、水の使用で他国はおろか、自国内でも村どうしのちょっとしたトラブルはつきもので、イチイチ軍を動かすほどの話ではない。
警察もないので、基本的には「お話し合い」、つまりはどちらが強いかということで決まるのに、中央政府としては任せる形だ。
単純に殴り合いに強い村もあれば、王都に召し上げられるほどではないが、極々初歩的な攻撃魔法が使える者を養っている村もある。
あるいは、弱い村がいくつか協定を結び、何かあれば共同で対抗するという自衛策をとるところも。
少し目端が利く村長がいる村では、貴族にふだんから少額の貢納をしておき、いざというときに後ろ盾になってもらうところもあるという。
荘園とまでは言えないので基本放置しているが、こんなところから律令国家は崩壊したのだろうかと思うと、歴史の生き証人になったようで感慨深い。
だが、問題はアデシュ村のトラブルがそれなりの規模だった場合だ。
オーガ……慶の性格上、やられて黙っていることなどできるわけがない。
相手は獣人……つまり西辺境伯領の者だろう。
オーガが独走して国際問題になるリスクは考慮しておかなければならない。
(元老院議長と、将軍に事前に話をしておく必要があるわね)
軽微なトラブルで相手を殴り倒した程度なら、西辺境伯としてもいちいち干渉していられないと放置してもらえるだろう。
だが相手は獣人の兵士だと、先ほどの伝令は言っていた。
であれば、最低でも貴族が関わっている可能性がある。
この、地球で言えば古代か中世程度の文化の世界で、国境に壁や目印があるわけもない。
川などの自然国境でなければ、それぞれ国境近辺の村が管轄する範囲を国境と呼ぶのだ。
つまり、下手すれば日々国境線は引かれ直されていることになる。
基本的な理解はそれで構わないが、大きな影響を与える要素として貴族の介入があげられる。
貴族は自己の影響力を誇示するため、名声を博する手段を日々探している。
優れた芸術家を支援するのも、豪勢な屋敷を建ててパーティを開くのも、すべてはそのためだ。
そうして得た名声がさらに注目を集め、影響力を増していく。
それが彼らの存在意義である。
影響力、それをわかりやすく示すために自派の者を優遇し、他派をとっちめるというものもある。
そう。それがたとえ国境に絡むことであっても、彼らは自分たちの影響力を高め、誇示するためならためらわない。
だがあのオーガが、相手が貴族だからとひるむ男だろうか。
否。
むしろ自分が最強であることを見せつけるため、貴族に果敢に挑戦しそうだ。
次期国王候補が、他国の貴族を害する。
たとえ先に手を出したのが相手であっても、外聞はよくない。
(慶なら、絶対に手を出して力尽くで話を切り上げてくる……はぁ)
軍も元老院もそんなことは想像もしていないだろう。
だが今回こちらも軍を出してしまっている。
穏便に済ませられるとは思えない。
(いえ、むしろ軍はそれが狙いかしら)
次期国王に他国の貴族とトラブルを起こさせ、獣人との間に戦端を開く。
元老院もオーガ支持を打ち出している以上、最初から紛争にカネを出さないということは難しい。
であれば、ズルズルと争いが長引くだけ、軍には予算が増えることになる。
(第二回三頭政治……だったかしら。そんな感じね)
お互いがお互いの足を引っ張ろうという腹の探り合い。
それに勝ち抜き、慶と人生を愉しむためにも、ヘラは覚悟を決めたのだった。




