第10話 ヘラ=ヴァーク=アデナイ1
「こ……これは……」
アデシュ村という山間の寒村で、十二歳になった少年、オーガが簡易計測器では測定不能なほどの魔力量を持っているという報告がなされて一ヶ月。
王家がもつ正確な魔力量を測定できる計測器で量ろうと、少年は王都ヴァークに呼び出された。
そこで、だれもが目を疑うような結果を残して見せた。
だが、同じモノを見ていながら、現国王の嫡子である王女ヘラ=ヴァーク=アデナイは別のことに気を取られていた。
(あれ、絶対、慶よね……)
王家の前で見せるふてぶてしい態度。
過剰なほどの自尊心。
それ以外にも、かつて恋人同士だったからこそわかる細かい仕草で、アデシュ村のオーガが池井慶の生まれ変わりだと確信する。
そもそもこの世界では、身分による行動の自由や将来就ける職業まで規制されており、平民が王都からおもむいた王家の家臣にへりくだらないことは認められない。
いくら寒村の生まれで世間知らずとはいってもだ。
むしろ寒村の出など、普段王都の人間と接していない者の方が、過剰にへりくだる傾向にある。
それなのに、家臣どころか王家が見守る前でも態度を変えず、自信満々にふんぞり返っている時点で、大馬鹿者か、この世界の常識に染まっていない大人物だとわかる。
(相変わらずね、慶……)
ヘラこと、難波江華としてはその傲慢な態度に頼もしさを感じるのだが、この世界の常識に染まっている王家の臣や王族たちは、少年オーガの態度を苦々しく見つめている。
オーガ少年が、その無礼な態度にもかかわらず処罰されないのは、この魔導王国の社会制度による。
魔法研究が盛んなこの国では、とにかく魔力量の多さこそが評価される。
ヘラ=ヴァーク=アデナイの曾祖父であるアデナイ家のリューリクも、貴族の八男だったと言われているが、魔力量の多さから時の国王の養子となり、ヴァークに王都を定めてヴァーク朝を創設した。
以来、三代五十数年。
今また、王家が交代するかもしれない事態が目の前で起こっているというわけだ。
「アデシュ村のオーガ。ご苦労であった。ひとまず下がれ」
「あんっ? 来いって言ったり、下がれって言ったり、どっちなんだ? 俺様をオー様にする準備はどーなってんだ?」
魔力量を測定後、家臣では判断できない事態のため下がらせようとするが、オーガはそこにかみついた。
「俺様は世界最強のオー様になる男だ。早くそこに座らせろ」
「なっ……」
「なんという不遜な態度……処刑されてもおかしくないぞ」
オーガの自信満々な言葉に、多くの貴族や王族がざわつく。
既得権益者たちとしてはとうぜんの反応だが、雲行きはよくない。
「オーガ殿。あなたの魔力が多いことはわかりました。その上で、我々にも準備が必要です。いったん、下がっていただけますか。あなたの身の安全はこの王女、ヘラ=ヴァーク=アデナイの名において保証します」
ヘラが立ち上がって言うと、納得はしていないようだが、同行者にそでを引かれて一度オーガが下がった。
「ヘラ。そなたが声をかける必要はない」
「そうでしょうか、お父様。いえ、国王様。彼の魔力量によっては、彼が言うとおり、我々は王族ではなくなってしまうかもしれません。そうなれば、我々こそ、彼に声をかける身分ではなくなるということです」
先ほどの言い方で、オーガが慶であることは確実になった。
あとは、どうやって彼と接触するかだ。
「彼の者の魔力量は、国王様の約三割増しでございます」
「余の三割増しだと……」
正式な測定結果が報告され、規格外の結果に父である王を含めてみなが呆然となる。
それもとうぜんだ。
現国王も王家の中でもっとも魔力量が多いからこそ、王位に就いているのだ。
そして王家は、他のどの家系よりも魔力量が多い故にその地位にいる。
となれば、国王は国内でもっとも魔力が多い者となる。
その国王の1.3倍の魔力など、にわかには信じがたいという反応も理解できる。
「彼の者の魔力量が多いことは理解したが、アールヴの血が混じっている。国王には相応しくないのではないか」
「左様。それにあの態度。国王としての品位に欠ける。他国の笑いものになりますぞ」
「笑いものになるだけならよい。自分勝手に他国と戦争をはじめそうな人物ではないか」
「そうだな。危険きわまりない」
貴族たちが次々にオーガの国王就任に反対する。
それも理解できる。
あのふてぶてしい男を国王になどしてしまったら、自分たちの地位が危うくなってしまうのではないか。
そんな危険を察知しているのだろう。
「わたくしは、伝統に則って彼を次の国王にするべきと考えます」
会議の大勢がオーガの国王就任を認めないという流れになっているなか、ヘラは発言の許可を求めると、立ち上がってオーガを推す。
「姫君、それは……」
「思い出してください。ヴァーク朝の創設者、リューリクも魔力量の多さゆえに国王となった。そのリューリクの孫である国王が伝統をくつがえすのは、自分たちを否定するのと同義ではありませんか」
貴族がたしなめようとしてきたのに、毅然として反論する。
すると、流れが変わった。
「我々軍も、彼の少年を推挙いたします」
軍の高官が、オーガ支持に回ったのだ。
「しょ、将軍、それは……いささか見識に欠けるのではないか」
「それは、ヘラ王女に見識が欠けるとおっしゃりたいのか?」
ある貴族が、影響力のある軍によるオーガ支持を撤回させようと声を上げるが、将軍に反論され黙ってしまう。
「確かに彼は、今は国王にふさわしい言動がともなっていない。だが、それは習っていないからであると考えます。新兵も、そのままでは使えず、戦場に連れて行けば一番に死んでしまう。それを、歴戦の勇士に変えるのは、教育です。彼にもそれを与えることが重要であると考えます」
軍は、他のどの組織よりも実力が物を言う。
当たり前だ。
無能な指揮官の下に入れば、死んでしまうのだから。
ゆえに、魔力量がぼうだいなオーガを担ぎ、魔法攻撃によって戦争を序盤から優位に進められる可能性があるならば、支持するだろうことはヘラも予想していた。
なによりヘラの父である現国王は戦場をいとい、戦争が起こっても王都に居ることを好んでおり、軍からの評判はよくない。
国の中で一番の魔力の持ち主がそれを戦争で活用せず、魔導具の研究にすら使わないのだ。
軍や一部の研究者たちからの支持を失っても文句は言えまい。
反対に軍としては、現国王を上回る魔力をもつ新王を教育し、前線に引っ張り出せる可能性があるのであれば、歓迎だろう。
「我々元老院も、彼を次の国王にすることに賛同いたします」
元老院議長が発言すると、貴族たちがざわつく。
ほとんどの貴族は元老院に属するのだ。
所属する組織がオーガを支持するとあっては、彼らは黙らざるを得ない。
(あの古狸……父上よりも、オーガの方が操りやすいと思ったわね)
軍と貴族をたばねる元老院の二大組織の支持を受け、国王もオーガを認めなければいけなくなっていた。
(父上は戦争にも研究にも興味がない……けれど、元老院の操り人形になることは拒否した。だからオーガを担いで自分たちの勢力を強めようというわけね)
元老院議長の脂ぎった顔を見て、ヘラは議長の狙いを正確に見抜いた。
だが、それでも構わない。
こちらも、元老院を利用してやるまでだ。
「では、アデシュ村のオーガを次期国王とすることに異論ある者は?」
国王が問いかけると、誰も反論をしない。
「……求められておらんので、余の独り言と思うてくれ。余は……彼は王に相応しい者ではないと思う」
「わたくしも独り言を述べさせていただきます。国王は戦争を担い、政治や外交は元老院がなすべきこと。儀礼に必要な礼儀作法は教えればよく、問題ないと考えます」
父親とは言え、国王の意見に真っ向から反論したことで、ヘラと父王の不仲がこれ以後、まことしやかに噂されることとなる。
だがすでに次代の国王が決まり、しかも現国王とは血縁がない者がその地位に就いたため、国王のレームダック化が一気に進んだ。
その隙きをついて勢力を伸ばしたのは軍でも元老院でもなく、オーガを支えると心に決めたヘラの一派であった。




