第9話 難波江華
「難波江華さん、あなたは死んでしまいました」
教室で轟音が響いたと思ったら、次の瞬間には真っ白な世界にいた。
そこで目の前に、亡くなった中学時代の担任……恩師と言っていい人が立ち、華が死んだことを告げる。
「わたし……どうして死んだんですか?」
死んだと言われても、実感がわかないので納得がいかない。
痛みもなければ、見たところ外傷もないのだ。
「教室内で原因不明の爆発が起きてね……それに巻きこまれてしまったんだ」
「原因不明……」
理解できずにつぶやく。
教室に可燃性のモノがあったとは思えないし、ガスなどの設備は教室の近くにはない。
原因がないのに現象だけ発生するなんて、物理法則に反していることが起きるはずがないのだ。
「先生……はすでに亡くなられていますよね? それなのにここにいらっしゃるということは、幽霊……のような存在だと思うんですが、ちがいますか?」
問いかけると、あいまいな表情でうなずいた。
「それなのに、原因はわからないのでしょうか? ごらんになっていれば、わかりますよね?」
「わたしも……すべてを見ているわけではないからね」
「なら、どうして死後の私の前に現れたのですか?」
納得はいかないが、ここが生前の世界とは異質な場所であることは理解できてきた。
こんな真っ白な空間はありえないし、重力も感じず、フワフワした感覚に包まれている。
どちらが上かわからず、窓や発光しているものもないのに明るい。
理解はできるが、論理的に納得はいかないので重ねて問いつめる。
「華さん、あなたが逢いたいと思ってくれたから、私が呼ばれたんだ」
「……そうですか。でしたら、逢いたい相手を変えます。爆発の原因を知っている人を呼び出してください」
「それは……できない。私も、呼ばれたから来ただけだ。他の人に代わる方法はわからないよ」
恩師が困ったような顔をしているが、困惑しているのはこちらの方だ。
どうして死んでしまったのか、納得くらいさせてくれてもいいだろうに。
「……先生はわからないのはわかりました。では、わかる方は誰かご存知ですか? 自分で探します」
「残念だが私も知らない。そして……探すことはできないよ」
探すことができない?
なぜ?
「私のように、定められた寿命で死んだ者とはちがうからね……私をここに来るように呼ばれた方が、君たちを憐れみ、他の世界に生まれ変わらせてくださるそうだ」
「輪廻転生? ですか? 来世……なのに、別の世界?」
意味がわからない。
数年、場合によっては数十年、数百年先でもいいから地球に生まれ変わらせてくれればいいのに。
「これは破格の申し出なんだよ。それとも、このまま死んでしまっていいのかい?」
死にたくはない。
だが、父と母を悲しませた以上、他の人生を歩みたいとは積極的には思わないのだ。
そう思えば、恩師よりも両親に逢いたくなる。
「華さんの恋人……のカレも、同じ世界に生まれ変わらせてあげるよ?」
「……生まれ変わらせてあげる? 先生がですか?」
華が突っこむと、恩師はほんの一瞬だけ顔色を変えた。
先生は……そんな顔を決してしなかった。
少なくとも生徒の前では。
「……あなた、先生じゃない……何者?」
問いかけると、恩師はうつむいた。
「……先生?」
「くっくっく……さすがだね。バレないと思ったんだけど」
恩師の顔をした何者かが、豹変した。
表情も口調も一変し、おどけたように話をはじめる。
「残念だけど、キミの先生は死んじゃってるから、呼び出すこともできないんだよね」
「そう……で、あなた何者?」
恩師でないなら、どうしてその顔で出てきたのだろうか。
「キミがもう一度会いたいと想った相手の顔と話し方を、記憶から読みこんだんだけど……こんなにあっさり見破られたのは初めてだよ」
「そう……それは光栄なことなのかしら」
いまや、敵かもしれない相手だ。
警戒しながら言葉を選んで話す。
「まぁどうだろうね。君たちの理解では神に近い存在なんだよ、ボクは。その擬態を見破ったといえば、まぁ、名誉あることなんじゃないの?」
「……あなたが神なのだとしたら、爆発の原因くらい知ってるんでしょ?」
名誉あることだとしても、浮かれている場合ではない。
そう気を引き締めて問いかける。
「うん。知ってるよ。でも、それを教えてあげるかどうかは別問題だよね」
やはりそうきたか。
華はこれ以上、この自称神から情報を得るのは難しそうだと判断する。
「頭が良い人は、話が早くて助かるよ」
「……神様におほめいただくとは、それこそ光栄ですね」
華は浮かれずに冷たく言い放った。
本来、華は頭も成績も悪くない。
いや、むしろ中学時代は頭脳明晰で知られ、模試でも上位の常連だった。
それが、県内でも中堅どころの高校に入学したのは、不幸なことに受験シーズンに風邪をひいてしまい、発熱で実力をまったく発揮できなかったからだ。
辛うじて滑り止めに引っかかり、失意の内に入学した高校で、華は運命の出会いをとげる。
それは入学式の翌日だった。
前日に、両親と並んで歩いた路を一人で歩いていると、前方で老婆が高校生数人に囲まれていた。
(ど、どうしよう……)
助けた方がよさそうだが、相手は他校のおそらく上級生。
見た目からして素行が悪そうで、話が通じるタイプではないと思う。
助けに入っても自分一人では何もできず、かえって我が身が危なくなりそうだ。
(警察……呼んだ方がいいかな?)
受験に失敗したことですっかり自信をなくした華は、自分の判断に迷うようになっていた。
誰か通りかからないかと祈っていると、奇跡が起きた。
「せぇんぱい。なに、俺様の前で楽しそーなことしてんすか?」
同じクラスの池井慶が通りかかり、ガラの悪そうな他校の上級生に話しかけた。
「あぁ? なんだテメェは。引っこんでろ」
ステレオタイプな反論に、池井がムカッとしたのがわかる。
「俺様がどこを歩こうが、決めるのは俺様だ。てめぇらが口を出すなんて、許されねーんだよ」
(ちょ、ちょっと……相手は三人よ? バカなの?)
まぁ、昨日会っただけだが池井の頭が良くないであろうことは分かった。
態度も口も悪い。
第一印象は最悪だった。
とは言え、クラスメイトだ。
自分から巻きこまれにいったとはいえ、見殺しにすることはできないと、スマートフォンを取り出したのだが、次の瞬間、華は我が目を疑うことになる。
「ぐ……ぉぉぉ……」
「ぐぇぇ……」
一瞬で、一発の攻撃で池井は他校の上級生を叩きのめしたのだ。
「す……すごい……」
華はぼうぜんと、目の前の光景をみていることしかできなかった。
「あぁ? んだよ、ババァ。あいつらと一緒にあそこで寝とくか?」
簡単に三人を戦闘不能にしたあと、助けた老婆にもすごんでいたせいで、御礼も言われずにそそくさと逃げられる。
だが、それはきっと照れ隠しなのだろう。
少なくとも華はそう思いこんだ。
(なに、あの人……カッコイイ……)
恋は盲目、あばたもえくぼとはよく言ったモノかもしれない。
自分の正義感が、力なき無意味な正義でしかなかったことを突きつけられた日のことを、華は一生忘れないと誓った。
そして、そのことに気づかせてくれた人のことも。
その日から、華は池井にもうアピールをはじめた。
最初はわけがわからず邪険にされたが、カレの好みのタイプを聞き出し、髪の毛も染めた。
両親は泣いたが、高校受験に失敗して失意の底にあった華を知っているせいか、直接はなにも言ってこなかった。
なんどもアタックし、時にはうざがられたが、華はめげなかった。
そのうち、根負けした池井はそばに居ることに文句を言わなくなり、気づけば恋人として認めてくれていた。
初めてカレと結ばれた日は夢心地だった。
もちろん、池井の頭の悪さと、成績の悪さは盲目であるはずの恋を冷静にさせるには十分すぎる破壊力だった。
だが、カレの試験勉強に付き合い、教えている時間は幸せだった。
もっとも、高校を卒業したらこの恋は終わるだろうということは理解していた。
池井が大学に進学できるとはとても思えなかったし、華は滑り止めの高校で他に負けるつもりもなく、上位成績者の常連というギャップがあったからだ。
慶は、本当なら華と同じ高校に通うだけの学力がないはずだ。
だが、カレの曾祖父が元々は私学としてはじめた高校が、資金難で県に寄付され、公立高校となったのが華たちが現に通っている高校の沿革のため、教育委員会から優遇してもらったらしい。
慶の両親も後ろめたいのか、それなりの金額を寄付しているようだった。
「ねぇ、転生、する?」
「……慶と、同じ世界なのよね?」
地球であればあと数年で終わりを迎えるはずだった恋も、異世界ならちがう展開になるかもしれない。
それならそれで悪くない。
少なくとも、慶はバカだが華にだけは優しいから。
「あぁ、ついでに言えば、結婚できるようにもしてあげるよ。もちろん、君たちの努力次第だけどね」
その言葉で、華は自称神の提案を受け入れたのだった。




