第8話 アデシュ村のオーガ2
オーガの人生に二つの転機がおとずれたのは、十二歳になったときだ。
一つは、魔導王国の成人の儀式である魔力調査を受けたこと。
「なっ……こ、これは……」
村長である父親ですらペコペコと頭を下げた偉そうな男の前で、魔力を量るという道具に触れたとき。
いけ好かない男や、そのお供がみな、絶句した。
「アールヴの血を半分引くとはいえ、これほどとは……」
なにがなんだかわからなかった。
だが、自分の最強伝説がここからはじまる予感はした。
「ご、後日、王都で正式な調査をしたい。必ず来るのだぞ」
いけ好かない男はそう言って急いで帰って行った。
(なにがどうなってんだよ)
自分がよくわかっていないことで騒がれるのは気分が悪い。
「オーガさん、すごいっすね」
だが不機嫌なオーガとは逆に、なにかすごいのかはわからないが、取り巻きの一人が興奮している。
他の同年代のオーガの配下たちは、状況を正確に把握していないくせに、早くもお祭り騒ぎをはじめていた。
そんな騒ぎを見ていると、オーガも気分がよくなってくる。
(ふんっ、やっと俺様のスゴさを知ったか)
オーガは、ようやく時代が自分に追いついてきたことをなんとなく理解し、鼻高々になった。
反対に、悪童オーガがなにかとんでもないことをやらかしたと悟った村人たち、特に多くの大人たちは、オーガの我がままをいくつも無視し、提出された要求をほうむってきたので、戦々恐々としている。
(さんざんコケにしてくれたお礼は、たっぷりしてやるからな)
オーガは凶暴な光を瞳に宿して、大人たちを見つめていた。
後日、指定された出発日になると、なんとわざわざ王都から迎えがきた。
村人の、だれも見たことのない豪華な馬車の出迎えに、オーガは得意の絶頂にあった。
馬車の旅は順調だった。
知識のないオーガは知らないことだが、魔導具である馬車は、魔導王国の王家かそれに準ずる者しか乗れない特注品である。
現代日本風に言えばサスペンション機能がついており、長時間座っていても腰や尻が痛くなることもない。
「なんか……スゴすぎて……夢みたいだよ」
オーガの付き添いで同行している父親の弟が、呆然としてつぶやく。
オーガはこの叔父が嫌いではない。
口うるさい時もあるが、村の自警団の隊長をやっているので体格もよく、幼いころはよく吹っかけるケンカに付き合ってくれた。
何発殴っても殴り返されても、次の日になれば文句の一つも言わないカラッとした性格が好きなところだ。
口うるさい時もあるが。
村長である父親は同行していない。
道中の安全は保障されているようだが、やはり息子になにかあってはと、村で一番強い叔父を同行させてくれた。
そのせいで村の守りを手薄にするわけにはいかないと、自分は村に残ったのだ。
息子の晴れ姿を見なくていいのかと思う。
だがオーガとしては、運動会に親がくるようなものかと思えば、そのまま来なくていいと言いたい。
「なぁ、オジキ。ところで俺はどこに連れてかれんだ?」
馬車の中でオーガがたずねると、叔父は目を丸くした。
「……知らずについてきたのか?」
「だって、俺様がオー様になるために、あのクソみたいな貧乏人村から出してもらえるんだろ? どこでも行くさ」
オーガが答えると、叔父はため息を吐いた。
「大物と言うか……世間知らずというか……まぁいい。教えてやる」
前世のクソ親父やクソ兄貴と同じで、一言多いと思うが、黙って聞いてやることにする。
なにせ、オー様になれるのだ。
細かいことはどーでもいい。
「これから行くところは王都……国王様がいらっしゃる街だ。王様の名前は知っているな?」
「知らね」
即答すると絶句される。
オーガの言い分では、自分がオー様になるのだから、前にだれがやっていようと関係ないということになる。
だから覚えるつもりはさらさらない。
「お目にかかる王様の名前は、リューク=ヴァーク=アデナイ様だ。王都はヴァークという」
「へぇ」
今のオー様の名前なんざどーでもいいが、自分が住むことになる街の名前は大事だ。
「ところで、心配だから聞くが……国の名前は知ってるか?」
「知らん」
叔父は頭を抱えている。
だがこれもオーガなりの言い訳はある。
そもそも、外部との接触が行商人しかないのだ。
自分たちが何者かなど考えたこともない。
「……いいか。この国は魔導王国という」
叔父の説明によれば、ヒューマン……ニンゲンたちの住む地域の中心に近いこの国では、魔法が非常に盛んらしい。
そして、魔法の研究では世界でも一、二を争う最先端国家なのだという。
「魔導王国で作られた魔導具は、世界中から欲しがられているんだ。だから、この国と本気で戦争する国はいない。国境では境界争いはよくあることらしいがな」
「ふぅん」
オーガはつまらなそうにあいづちを打った。
戦争がなければどうやって最強のオー様であることを証明すればいいのか。
自分がオー様になったら、他の国と戦争しまくってやると決めた。
王都に着いたとき、すでに日は暮れていた。
アデシュ村のような寒村では、ロウソクなどの灯りは高級品でめったに使えない。
夜が明るくなる日など、たいまつを一晩中燃やしておく祭りの日か、近隣の村とトラブルになった時、夜襲われないように警戒してかがり火をつけっぱなしにする時くらいで、個人の家では灯りをつけることは滅多にない。
だから日が落ちれば眠る生活を転生してからずっと続けてきたので、すでにオーガも叔父も眠くなっている。
だが王都はこうこうと灯りがともっている。
(久しぶりの夜更かしか……テンションあがるぜ)
夜起きているメリットのない叔父は、日没と同時にあくびをはじめ、夕食のあとオーガに早く寝るように言うとすぐにベッドに入った。
しばらく待って叔父が眠ったことを確認すると、オーガは夜の王都に一人で繰り出した。
(これが俺様が支配するミヤコか……なかなかデケェな。悪くない)
キョロキョロとあたりを見回しながら歩く。
その行動はどう見てもこの街に長年住んだ者のそれではなく、はじめてきた田舎者のようだった。
「そこの坊ちゃん、カネ貸してくんねぇ?」
王都まで同行してくれた兵士たちも、まさか十二歳のオーガが夜に、一人で外出するとは思っていなかったのだろう。
登城は明日だと油断して宿に放りこむと、兵舎に帰ってしまっていた。
だから、案内人もないオーガは誤って治安の悪い区域に入りこんでしまった。
「どけ、邪魔だ」
「あん?」
オーガにからんできたガラの悪い三人組も、どう見ても子どもな相手からあしらわれるとは思わず、なにを言われたかすぐには理解できなかった。
「カネ貸せって……」
オーガが無視して歩き出すのを見た一人が、焦れて手を伸ばした瞬間。
悪漢の体は数メートルも吹き飛ばされていた。
「て、テメェ……」
「あぁ、カネだったよな。そういえば俺様もちょうど持ち合わせがないんだ。出せ。ありがたく、もらっておいてやる。光栄だろ?」
前世では何度もやったカツアゲの異世界版と、残りの二人にゆっくりと近づく。
さすがにこの時点で彼らも、相手はただの子どもではないと気づき、ナイフを抜く。
「そんなちっせぇのでこの俺様に勝てると思ってんのか?」
「う、ウルセェ……テメェ、ぶっ殺す」
ナイフを構えて突撃してくる二人。
だが連携など取れていない動きに、オーガはバカにしたような笑みを浮かべると、時間差で迫る二人をそれぞれ一撃で殴り倒した。
「んだよ、たいして持ってねぇ。しけてんな」
「ぐぇぇっ」
一撃でのした三人の持ち物を漁り、金目のものを探す。
もっとも、他人から奪おうと考えるような者たちが大金を持っているはずもない。
オーガは舌打ちすると三人から有り金をすべて奪い、いらだちまぎれに男たちを足蹴にしてから、そのまま夜の街に消えたのだった。




