第6話 野生のDQNがあらわれた。コマンド?
「……ここ、どこだよ」
真っ白な世界にひとり取り残され、思わずつぶやく。
周りをキョロキョロと見るが、どこまでいっても真っ白だ。
そもそも、立っているかどうかすらわかんねぇ。
「やぁ、はじめまして」
「こんの、クソ兄貴っ! ぶっ殺す」
目の前に突然、兄が出てきた。
幼い頃からなんでもでき、弟の自分と事あるごとに比べられてきた相手。
本人も自分が頭がいいことも、スポーツもできることをわかっていて、弟をいつもバカにしてくる。
殺したいほど憎い男だ。
当たり前のように殴りかかるが、すかっとすり抜けてしまう。
「残念だけど、僕はキミのお兄さんじゃないよ、池井慶くん」
何度も何回も殴ろうとしたのに、毎回手応えがなくすり抜けてしまうことにイライラしたころ、兄がわけのわからないことを言い出した。
「じゃぁ、なんでクソ兄貴の顔してんだっ! んなことあるわけねーだろ」
他校の双子をシめたことがあるが、こんなに似ていなかった。
他人がこんなに似てるわけねぇだろ。
「キミが一番逢いたい人にしたんだけど……逆効果だったみたいだね」
「あぁ、逢いたかったぜぇ。殺してやりたいからな」
クソ兄貴は慶が中学時代、他校の生徒とのケンカで強くなってきたのを見てびびり、大学を選ぶときに他の県にして一人暮らしをはじめやがった。
親も、慶が兄をどう思っていたかを知っているからか、どこに行ったか教えない。
全員そろってクソったれだ。
「そろそろ、無駄だってわかってほしいんだけど」
「あぁ? 一発殴りゃ、やめてやるよっ」
何度すり抜けても憎しみを篭めたパンチを振り回すのを見て、クソ兄貴の顔をした何かが言う。
「こうかい?」
「あーそうだよっ!」
ついに一発ぶちかましてやった。
続けて二発目もくれてやる。
だが今度はすり抜けはしないが、殴った瞬間ぐにゃっとした嫌な感覚がした。
「一発でやめるって言わなかった?」
「うるせぇ。ぶっ殺すって言っただろうがっ」
そのまま連続パンチを食らわせてやるが、こぶしに伝わってくるのはぐにゃぐにゃした、イヤぁな感じだ。
「はぁ、話が進まない……」
クソ兄貴の顔をした何かがため息をすると、急に体が重くなってパンチどころか圧しつぶされたようになって、真っ直ぐ立っていられなくなる。
「くそっ、なにをしやがる」
「だって、おとなしくしてくれないと、話が始められないじゃないか」
こっちが動けないことをいいことに、俺の前でデカイ態度を取りやがって!
ぶっ殺すぞ。
「ぶっ殺すって言うけどさ、キミ、もう死んでるんだよね」
「あぁ?」
なにを言ってやがるんだ。
俺はどこも痛くねぇぞ。
「キミのクラスに君たちを怨んでいそうな人がいなかった? たぶん、彼が持ちこんだ爆弾が爆発してね。クラスメイト全員死んじゃったんだよ」
「あの、ヒクガエルがっ」
いつ死ぬか、何人かと賭けていたが、まさか俺たちを巻きこんで死ぬとは!
殺してやりたい。
「でも、君たち巻きこまれただけじゃない。だから、生き返らせることはできないんだけど、別の世界に転生させてあげようと思ってね」
「テンセー? 学校の教師のことか?」
なにを言ってるかわからず聞き返すと、黙りやがる。
なんだってんだ、くそっ。
「……それ、先生? じゃなくて、転生。あぁ、えぇっと……別の世界で、生まれ変わるってことだよ」
「あんだ、それ。俺はヒクガエルをぶち殺してぇ。生き返らせろ」
別の世界だなんて、ワケわかんねぇ。
今の世界でいいじゃねぇか。
「うーん。それはできないんだよねぇ」
「っていうか、お前、誰だよ。クソ兄貴じゃねぇんだな?」
「今さらそれか……えぇっと……キミに分かりやすく言うと……そうだなぁ、神様って感じ?」
「神様? ショーガツに、寺で拍手して拝むヤツか?」
なにを言ってるかわかんねぇから聞き返すと、まただまりやがる。
いちいちウゼぇやつだな。
「お寺は仏。寺で柏手はうたないのがマナーだけど……はぁ。疲れる」
なんか、勝手に疲れてやがる。
うぜぇ。
「神様ってなら、人間様の願い事を叶えるのが仕事だろ? 俺をいますぐ生き返らせて、あのヒクガエルを殺させろ」
「だから、生き返らせることはできないんだって。ただ、ヒクガエルって石村雅人くんのことだよね? 彼を殺すことはできるよ」
「あんだよ。わかってんじゃねぇか。最初っからそう言ゃぁいいんだよ」
くっくっく。
てめぇが死ぬのは勝手だが、俺を巻きこみやがった御礼はたっぷりしてやらねぇとな。
「石村くんと、そうだな……難波江さんは一緒の世界に生き返らせてあげる。あとは、キミが頑張って石村くんを探して復讐すればいいんじゃないかな?」
「あっ? めんどくせぇな。最初っから目の前においとけよ。ぶっ殺してやるから」
頑張る?
この俺様が?
そんなの、一番嫌いな言葉だ。
「それはできないなぁ。だって、いきなり殺されるところを見させられても、つまらないじゃない」
「んで俺がお前を愉しませなきゃならねぇんだ」
くそったれめ。
「そうは言っても、転生……他の世界で生き返らせるって、けっこう大変なんだよ? それに、キミのお願いをきいてあげるわけだから、こっちを愉しませてくれるくらい、いいじゃないか」
「あぁ、ウィ、ウィとかってやつか」
仕方なく受け入れようとするが、黙りやがった。
何なんだ、ちくしょう。
「……WIN WINってこと? ゲーム機か、英語かと思ったよ」
「おー、それそれ」
たしか、クラスの誰かがそんなことを言ってやがった。
「まぁ、フランス語なわけないしね……大丈夫かな」
なんか疲れてやがる。
俺と話をしているときのクソ親父や、クソ兄貴と同じような反応で、ムカついてくる。
一発殴らせろ。
「はぁ、えぇっとね。別の世界で生まれ変わることは了承……オッケーもらったから、次の話なんだけど、なにに生まれ変わりたいか、希望はある?」
「ヒクガエルをぶっ殺せるならなんでもいい」
単純だ。
なんで、世の中の奴らは簡単な話を難しくしようとするのか、わけがわかんねぇ。
ケンカが強いやつがエライってんでいいじゃねぇか。
それをぐちゃぐちゃとセンキョー? ミンシュシュゲ? とかいう小難しい言葉で邪魔しやがる。
「そんなこと言わないで、色々あるから、選んでよ。石村くんを殺せるというと……勇者、王様、皇帝あたりかな。女性に生まれ変わりたいなら、聖女もありだね」
「コーテー? グラウンドのことか?」
「……えぇっと……勇者か、王様はわかる?」
クソ兄貴の顔で、頭を抱えてるのはマジむかつく。
「オー様はわかるぜ。ユーシャってなんだ?」
「……じゃぁ、王様になろうか」
ため息をしながら言いやがるのはムカつくが、実は慶はけっこうウキウキしていた。
オー様って、国でいっちゃんエラいんだよな?
それって、俺様にぴったりじゃね?
「あーそうだね。キミにぴったりだ。ついでに言うと、どこの国の王様になるかなんて決められないと思うから、こっちで選ぶね」
「勝手に決めてんじゃねぇよ。ま、世界最強のオー様になれるなら、なんでもいいぜ」
「……世界最強ね」
男の夢を語ってやったのに、ため息をしやがった。
「んだよ、わかんねぇのか? 世界最強。天下ムソー。男に生まれたら、そーゆースゲーやつになりてぇだろ」
「……とりあえず、キミの価値観が二十世紀なことはよくわかったよ」
「二十セーキ? 歴史好きか? あんな昔のこと覚えてなんになんだよ」
またため息をしやがる。
くそっ。
「二十世紀のくせにイジメか……DQNってやつだね。ちょっと、霊界探偵とか、帝拳高校の愛の戦士あたりの爪の垢でも煎じて飲ませたい感じだな」
何言ってるか、さっぱりわからねぇ。
「とりあえず、キミの希望はわかったよ。世界最強の王様にしてあげる。あとは自分で頑張って」
「おい、だから、俺は頑張るってのが嫌いだって……」
そこまで言ったところでぐにゃりと目の前がゆがむ。
「頑張ってねー」
慶はその言葉をかすかに聞いた気がしながら、意識を失った。




