第5話 進軍
「ふん。見ろ、俺の軍のかっこよさを! 他国の腰抜けどもなんざ、邪魔でしかない。お前らもそう思うだろ?」
「まさしくそのとおりです、王よ。きらびやかなこと、この上ありませんな」
オーガが吠えるように誇ったことに、側近の一人が阿諛追従を述べた。
だが、あながちオーガの自負に根拠がないわけではない。
列国会議での各国の協調は失敗したため、魔導王国単独での軍事行動でありながら、地を埋めるような大軍が獣人領との国境に向けて進軍している。
先鋒をつとめるのは、魔導王国が誇る魔導士と、魔導騎士だ。
魔導士たちは先の獣人領への援軍で仲間が犠牲になっているため、復讐の念で士気が高い。
とはいえ、オーガはもう忘れているようだが、獣人を見下しているオーガが虎の子の精鋭を援軍になど出すはずもなく、自国防衛を優先して魔導士のなかでも新人に近い者たちを送っただけだ。
その選択のせいで全滅の憂き目にあったわけだ。
だが援軍に出た魔導王国の軍、それも魔導士が全滅したというインパクトの強烈さで、世界中にうわさは伝播してしまっていた。
それゆえにリベンジと同時に、全滅して評判を落としたルーキーたちの恥をそそぎ、他国にも聞こえる最強軍団の一角であることを再び証明しようと、血気にはやっている部分もある。
そして、魔導騎士。
全身を魔導具でできた鎧で固め、魔法でバフを加えられた軍馬にまたがっている姿は、見る者に強烈な威圧感を与える。
魔導王国のエリート中のエリートである彼らは、これまで二百年ほど、戦場で敗れたことがないという記録ももつ。
とはいえ、動員には多大な出費もともなうことから、魔導王国の戦争に毎回かり出されるわけでもない。
その貴重さもまた不敗の軍という伝説の流布に影響を及ぼしていた。
自他ともに認める最強軍団である。
直接対決の機会はまだないものの、帝国の精鋭と人気を二分するエリート集団だ。
それゆえに、先の援軍が全滅したということで魔導士たちを見下す姿勢が強まっており、自分たちだけで勝利をもぎ取ることで、我こそは世界最強との評価を確固たるものにしようとして、意気揚々と進んでいた。
その後ろからは、一般の兵士たちが続いている。
強制的に徴兵された彼らの士気は、本来決して高くはない。
だが、ヒューマン諸国間での戦争、特に南の同君連合との度重なる戦で実戦経験を踏んだ彼らもまた、弱兵と呼ぶには違和感がある。
しかも彼ら一般兵士の背後には、オーガ王に心酔する若手貴族たちの私兵がいて、逃亡しようとする者を斬る、督戦隊の役目を負ってもいる。
後ろの味方に殺されるか、前方の敵を粉砕するか。
常に追い立てられている哀れな大量の兵士たちもまた、決死の瞳で前だけを見つめて歩いていた。
そんな彼らを率いるオーガは、得意の絶頂だ。
(ふんっ、なにが魔族だ。どうせ大したことねぇんだろ。そんなイキがってるやつらに怯えやがって。腰抜けどもがっ!)
自身、世界最強のヒューマンの一人という称号である「四天王・暴君オーガ」の評価を得ている絶対的強者だ。
自然と他人を見下しており、多国間協調が失敗した直後から、他国の援軍すら不要と公言して、戦争の準備を進めてきていた。
その結果としての軍事行動である。
(俺の命令に従う奴らが弱いわけがねぇ。それに、最後は俺がいるんだよっ!)
オーガは、自分が「可愛がった」指揮官に率いられた軍に、絶対の自信をもっていた。
事実、猛将の下に弱兵なしという言葉があるくらいだ。
(まぁ、魔族とかいうバカどもがどんだけかは知らねぇが、こいつらを見たらビビるだろ)
オーガは、側近の将軍に預けて先行させている軍をながめる。
遠目に見ても、魔導騎士たちが身につける魔導鎧はキラキラと陽光を反射させていて、壮観なことこの上ない。
獣人領との国境に向けて進発する直前に閲兵したが、魔導鎧はとうぜんのようにピカピカにみがかれ、ベテランたちのモノですら新品のように輝いていた。
幾多の敵を粉砕してきた魔導具でもある武器を持ち、威圧感を与えるために後付けされた装飾がゴテゴテとしていて、現代的な感覚で言えば歩く重戦車といったところか。
魔導士たちもそろって純白のローブを身につけており、陽光によく映えている。
魔導士に採用されれば下級兵士の数十倍、魔導騎士にいたっては百倍を超える給与が支払われる。
戦死しても栄誉の死であれば、遺族に数十年にわたって多額の年金が支給される高待遇。
自分たちか重税にあえぐなか、見た目にこだわって装備を見せびらかし、自慢し合うエリートたちを、一般兵士たちは冷ややかに見ていた。
「オーガ王よ。これだけの大軍、長く生きている我も初めて見ましたぞ」
オーガの隣で騎乗している元老院議長、センナト=パルパも感嘆したようにつぶやく。
「あぁ、そーだろうよ。なにせ、世界最強の俺様の軍隊だからなっ!」
わっはっは、と笑うオーガを横目に、センナトは一瞬苦い顔をした。
(これだけの軍隊……魔族に対する勝利という栄光はすべてコヤツが持っていくが……どれだけカネがかかっているか、理解もしておらんな)
魔導王国の政治とカネを握る元老院だが、近年はオーガの賢妻、ヘラによって一部がろうらくされ、かつてのように王の無理難題を突っぱねることが難しくなりつつあった。
たしかに魔族が隣国を征服し、呪いをかけている容疑者を特定すると公言している以上、魔導王国は安泰ではあり得ない。
センナトが知る限り、オーガやその周囲に、呪いをかけるほどの知性があるとは思えないが、犯人ではないという証拠はない。
それに、先の獣魔戦争に援軍を出してしまっているため、戦争は不可避である。
であれば、先手必勝で軍を発したオーガの判断事態が間違っているとは、センナトも思わない。
ただ、これだけの規模の軍が必要だったのか、という点に納得がいっていないのだ。
(魔族がこの大軍勢を見て軍を引いてくれるなら意味はある。だが……そんな生易しい相手とはとても思えん)
オーガが戦争に強いことは、センナトも理解している。
実際、戦争狂と悪名高い同君連合の王配、パットン=ゴディーゴを向こうにしての戦争を数えること八度。
五勝二敗、一引き分けというのが世間の評価だ。
充分な戦果と言えるだろう。
それだけ見ればオーガが卓越した戦争指揮官と思いたくもなる。
だがオーガは戦争には強いが、戦わずして勝つような優秀さや老獪さはない。
真の戦上手ならば、戦争が始まる前の準備段階で相手に兵を引かせるような寝技の一つや二つ、聞こえてきてもいい。
もっと言えば、それより前の外交段階で有利な形で講和を結んでしまうような強かさが、理想的だ。
外交は元老院の権能とは言え、元老院を立てつつときに操るくらいの才を見てみたいものだ。
だが、オーガの妻ヘラが元老院に無視し得ない影響力を行使しておきながら、オーガは政治にも外交にも無関心だ。
オーガの興味はただ、自分自身の栄光を高めること一点にある。
戦争に勝つことも、自分自身を飾り立てるための手段にすぎないというのが、センナトの見る暴君オーガの本質だ。
「王よ。もうすぐ先頭が国境を越えます」
「もちろんそのまま進め! 魔族だろうが、獣人だろうが、目に入ったやつらは片っ端から殺せ!」
オーガは吠えた。
自分以外の誰もが魔族という言葉に怯えているのを、さすがのオーガですら察知している。
だが実際に見てもいないものの強さなど、わかりようもない。
ダイロトの勝利にいたる激戦は子どもでも知っているが、しょせんはおとぎ話。
大げさに言われているだけだとオーガは信じこんでいた。
(待ってろよ、魔族ども。俺様の栄光のために死んでもらうからな!)
自らを絶対視し、他をかえりみない。
批難されてしかるべきだが、オーガの圧倒的な実力が批判を封じていた。
そんな、一歩間違えれば裸の王様状態にありながら、オーガは今後数百年にわたって語り継がれることになる、自身を主役とした英雄譚に想いをはせて顔を紅潮させている。
(そうだ。俺は、世界最強の王様になることを約束された男だっ! こんなところで止まってられねーんだよ)
オーガはすでに記憶の彼方にある古い約束を思い出し、眼をギラギラと光らせた。




