第17話 勇者始動
「まさか本当に魔王がいて、しかも人間……ヒューマン側に攻めてくるとはな……」
守の勇者、プロルド=シーテクトがつぶやく。
「言わない、いわない。そのために私たちが勇者に転生したんでしょ?」
ボヤくようなプロルドのつぶやきに心の勇者、ハロー=アートがたしなめる。
「まぁでも、あの神様っぽいの、とっても怪しかった。勇者とか魔王だなんて本当かどうか疑わしかったし。プロルドが言うこともわかるよね」
親友に助け舟を出したのは義の勇者、ブレティス=イドスだ。
高身長でガタイのいいブレティス、細身で三白眼のプロルド、小柄で紅一点のハローのトリオは同じ村で、同じ年に生まれた幼なじみであり、赤ん坊のころからの遊び仲間だった。
そんな彼らの人生は、ある世界を震撼させた出来事によって、大きく変わろうとしていた。
魔王率いる魔族の軍が数百年ぶりに境界を越え、獣人たちの住む領域を瞬く間に征服してしまったのだ。
その大事件についての噂話は、同君連合の山間に位置する寒村に生まれ育った三人の耳にすら数日のうちに届くほど。
人々は恐怖し、世界の行く末を案じて神にすがるように祈りを捧げたのである。
戦女神教を信じていた村に神のお告げを携えた神官と、同行する同君連合国の高官が現れたのは、それから間もなくのことだった。
神官によって勇者である証を確かめられると、彼らは親姉弟や友人たちに満足な別れを告げる間もなく、同君連合の国王と王配のもとへと連れて行かれた。
魔王を封印することができる、神の恩寵を受けた勇者を一度に三人も輩出したことで、国威を大いに高めたのが相当お気に召したらしい王族や、政府高官の得意げな顔を見ながら国を挙げての盛大な結団式を、愛想笑いを浮かべてやり過ごす。
その後、恩着せがましいまでに国の紋章が刻まれた装備を受領すると、彼らに相応しい聖なる武器が届けられ、国の軍高官から一般的なそれらの武器の扱い方を学んだ。
そして、なんとか会議というのが開かれたのにあわせて、開催場所である帝国に勇者たちが集められることになった。
その集合場所へ三人は向かっているところである。
「義の勇者様、心の勇者様、守の勇者様、おなりです」
兵士が大声を張り上げると、大きな扉が開けられた。
中にはすでに三人の勇者らしき人物がいた。
「あんたらも勇者か。武器はなんだ?」
近よると、新参の三人の中では明らかに体格のいいブレティスですら小さく見えるような、筋肉隆々の男が聞いてくる。
「そう言うあんたは何者だ? まず自分から名乗ったらどうだ」
プロルドが三白眼をジロリと動かし、二人を守るように前に出ながらはんばくした。
「あぁ?」
筋肉の塊のような男が、高いところにある頭に血管を浮かび上がらせて怒る様は、ハローの肝を冷やすには充分だった。
「待ちたまえ、パックス殿。人に問う前にまず名乗るは常識。今のは貴殿が悪い」
横から金髪碧眼の見目麗しい男が、筋肉をたしなめるように口をはさんだ。
「っち!」
機嫌をたいそう損ねた筋肉は舌打ちをすると、大きな足音を立ててどこかへ行ってしまう。
「すまないね。来て早々、不愉快な思いをさせた」
「いえ、取りなしていただいてありがとうございます」
ブレティスが三人を代表するように頭を下げた。
「そうかしこまる必要はないと思うよ。我々は魔王を倒すという同じ目標をもつ勇者だ。あ、私は技の勇者、キルンス=スッラという。もう一人はピード=ソー氏。速の勇者だ」
「ピード=ソーだ。よろしくなー」
ピードはハローと同じくらいの身長だった。
女性と体格に差がないというのは戦いにおいてハンデとなろうが、彼も勇者だ。
速の勇者というくらいだから、小柄な体格を活かしたスピードで敵をほんろうしたりするのだろう。
「あの、礼儀知らずはパックス=アワー氏。力の勇者だと言っていた。まぁ、見た目どおりだな」
キルンスの言い方に、三人同時に吹き出す。
「君たちは仲がいいんだな」
「はい、同じ村で育った幼なじみなんです」
「へぇ、そんなこともあるんだなー」
ブレティスの答えにピードが驚き、そこから自己紹介に移った。
「そういえば、勇者は七人いると聞きましたが、まだ六人しか来てないのですね」
「うん。もうすぐ刻限だ。まさか遅刻はないと思うが……」
ハローのつぶやきが聞こえたからではないだろうが、キルンスのいぶかしげな声の直後、扉の外から勇者が到着したことを告げる先触れが聞こえた。
「あら、皆さんおそろい? 遅れてしまって失礼したわね。私は知の勇者、イズマ=ワジック。得意なのは魔法よ。よろしくね」
「魔法か。勇者固有の魔法もあるらしいね。ともに戦えるのを楽しみにしているよ」
キルンスが答えたあと自己紹介をはじめ、残りの五人も再び順番に名乗った。
「皇帝陛下のおなり」
先触れが声を張り上げると、勇者たちを見守るように壁を背に立っていた兵士たちがいっせいに直立不動。
その後最敬礼で彼らの主を迎え入れた。
「さて、勇者諸君。聞いてのことと思うが、魔王が、これまで数百年おとなしくしていた魔族が我らヒューマンの領土に攻め入り、領地を掠めとった。このような暴挙、許しておけぬ。どうか魔王の討伐をお願いしたい」
三段ほど高い場所にすえられた玉座に腰をおろしながら、皇帝は言った。
ハローはその、人にモノを頼むとは思えない態度にムッとなったが、文句を言うのはこらえた。
だか、こらえ切れない者がいたらしい。
「おい皇帝さんよ、それがお願いする態度か? あぁ?」
粗野の極み、パックスが噛みついたことに、今回ばかりはハローもエールを送った。
「無礼な!」
帝国兵と勇者たちが一触即発な雰囲気になったところ。
「まぁまぁ、お互い矛を納めましょう。我々は帝国の援助が欲しい。帝国も魔族を討ってほしい。持ちつ持たれつの関係だし、魔王を討ち果たしたいという目的は同じでしょう?」
キルンスの言葉に、パックスも帝国兵たちも渋々と引き下がった。
「皇帝陛下、お声がけしてもよろしいでしょうか」
「赦す」
場が沈静化したのを待って、キルンスが皇帝に話しかける。
パックスと違い、貴人にいきなり用件をぶつけない配慮ができるらしい。
見た目もイケメンだが、貴族の出だったりするのだろうか。
少なくともハローたち三人を見送ってくれた、出身地・同君連合のヒョロガリ王子よりも、王子様キャラが似合いそうである。
「魔王を倒すためには聖女の力も必要と聞いておりますが、一緒ではないのですか?」
たしかに、勇者だけでは魔王の魂を封じることは可能だが、ヒューマンの完全勝利を目指すのであれば、聖女による魂の浄化、すなわち魔王の霊魂の消滅が必要だ。
連携するなら顔見せくらいあって、しかるべきだろう。
「……聖女は純潔を守らねばならぬ者も居る。だが勇者は男性が多いので、聖女の側が難色を示したのだ」
なるほど、と納得したくなるのは、パックスの粗暴な姿を見てしまったからだろう。
「それは……仕方がありませんね。しかし、そのための護衛では?」
「知らぬ。他人を評する前に自らの行いを省みよ」
皇帝はそう言うと立ち上がった。
「具体的な支援については、別の者が説明する。必ず魔王を倒せ」
そう言い放つと皇帝は立ち去る。
その間、勇者達は頭を下げて見送った。
「いやいや、なんかこう……しゃくぜんとしないことだらけだなー」
これからのことを話し合うために中央に集まった他の勇者にむけ、ピードがつぶやいた言葉に、勇者たちは心の中でうなずきあったのだった。




