第15話 皇国4
(この二人も、甘ちゃんだな)
雅人はうっかり口をすべらせたエリザベートこと、元クラスメイトの安濃乃愛を見ながら心の中で独りごちた。
(ふぅ。しかし……想像以上に辛いモノがあるな……)
目の前に復讐対象を見すえながら、しかも二人もいるのに何もしないというのは、我が身を焦がすほどの辛さがある。
とはいえ、こんなところでお手軽な復讐をキメてやるつもりはない。
感情に流されるようにこの場を惨劇に替えるのは簡単だ。
だが、それでは雅人が味わった苦しみや絶望の大きさに比べてあまりにも少ない意趣返ししかできない。
彼女たちには、後日、相応しい苦しみを味わってもらう。
そう自ら決めたことなので、雅人はこぶしをギュッと握りながら、もれてしまいそうになる復讐心を抑えていた。
「け……剣聖もいたと聞いたのだけれど、そんなに簡単なことだったのかしら?」
どうやら、諜報網の存在をもらしてしまったことに気づいたらしい。
仕方がなく、パルムの強さを探ることにしたようだ。
「剣聖? そのような仰々しい称号を持ったモノを相手にした記憶はありませんね」
姉のフォーリと違って、パルムは出来る子だ。
あえてすっとぼけているのが雅人にはわかる。
「そ、そうなの?」
「えぇ。確か……そう、ミカなんちゃらという名前の弱い男が居ましたね。あんまりうるさいので捻りつぶして、魂を喰ってやりましたが」
パルムがそう笑いながら言った瞬間。
護衛も含めてアレン皇国側のニンゲンたちの顔がまた青ざめる。
それだけではなく、絶望したように顔をひきつらせている。
まるで、顔に縦線を入れた静岡県の小学三年生のように。
(くっくっく。引いてる、引いてる。どうやっても勝てないことがわかったか?)
剣聖と呼ばれた男すら、名前を覚える価値もないと切って捨てたパルムの強さに、どうやらかなりの絶望を味わったようだ。
(それにしても焦りすぎだろ。ちょっと換気扇の掃除でもして現実逃避した方がいいんじゃないか?)
パルムに何か追加で問いただそうと、口を開くものの言葉が出ない状態を続けている。
(餃子を作ってもいいな。あ、でも焼くのは終わってからにしろよ)
漫画家定番の現実逃避手段を心の中だけで教えてやる。
しかし、戸井と安濃の二人が恐怖に青ざめているのを見るのは心が躍るくらい楽しく、この場で復讐してやらないことの慰めにちょうどいい感じだ。
だが、彼女たちと護衛が絶望するのも仕方ない。
対魔族に強みを発揮する勇者や、聖女、あるいはその加護を得たパーティメンバーと異なり、純粋に対人戦闘での強さを持つ者たちもまた人々の憧れの対象であり、世に広く名を知られている。
現在は四人居ることから四天王とも呼ばれる、ヒューマン最強の戦士たちだ。
そして剣聖は、閉鎖的なアールヴでありながら四天王の一角を占める、世界中に名をとどろかせる存在だったのだ。
それが、無様に命乞いをしたのに名前も覚えてもらえずに惨殺されたと聞かされた絶望たるや。
純粋な復讐には寄与しないが、いい顔をさらけ出してくれて、雅人は少しだけ心が晴れるように感じた。
(まず四強の一角は崩れたな)
剣聖が死んで四天王という言い方はもう意味をなさなくなっている。
それを指摘してやりたくて仕方がないが、こらえた。
(まだ俺も転生者だと明かすつもりはないからな)
すまん、誰だっけキミ、なんて老け顔の高校生みたいなことを言われたら、笑いをこらえられる自信がない。
そんなことを思っていると、口角が上がっていたらしい。
魔王の笑みに、皇国側はさらに恐怖に震えていた。
(しかし、存在Xも嘘つきだよな……魔族が強いとか。強すぎだ)
魔族のトップ層はチート級の強さだということが今回のことでよくわかった。
(四天王とか……復讐対象でなければ無視していいレベルってことだ)
とはいえ、そうもいかない。
四人中、二人も復讐対象がいるのだから。
(剣聖、猛者、戦姫って、冗談かと思ったぜ)
一応言っておくと、猛者はニンゲンだ。
間違っても女神フレイヤの愛人ではない。
そして戦姫はアマゾネス公王だ。
色黒で黒髪なので、金髪に白い肌とは真逆だということは強調しておきたい。
(そして……暴君。待ってろ。もうすぐ会いに行ってやるからな)
獣人領を併合したごたごたが安定したら、次に攻めこむ国にいる一人に思いを馳せる。
田中と小池なんてモブキャラではなく、イジメの主犯格の一人が次なるターゲットになる。
その前に、つまみ食いのように他のクラスメイトに復讐するなんて、もったいないと自分に言い聞かせて、アワアワしている二人を見つめた。
「……四天王の一人ですら、その程度の扱いなの……あなた方の実力はよくわかりました」
もう、無駄な抵抗は諦めたらしく、メアリーがふぅ、と小さくため息をついて姿勢を正した。
「どうやら、本気になったあなた方には、ヒューマンは簡単に勝てそうにありませんね。でも、ヒューマンには勇者と聖女がいることもお忘れなく」
「そうだな。それは大いに脅威だと思っているよ」
相手があえて弱味を認めながら、話を進めようとしてきたことに気づき、雅人もその思惑にのって会話の続きを促してみる。
「ええ。だから……あなた方に我々が提供できるものがあると思っています」
どや顔こそしないが、見せ球を的確に投げてきた。
面白い。
乗ってやろうじゃないか。
「提供できるもの。はて。何がありますかな」
真っ正面からぶつかれば、アレン皇国など鎧袖一触で滅ぼされてしまうという認識を共有しながら、メアリーは必死に国を存続させようとあがいている。
「我が国に現在、勇者と聖女はいません。ですが、近々我が国に勇者が数名、支援を求めて訪れることが決まっています」
「ほぉ、そうですか」
わざとらしく頷いてみせるが、そのくらいならこちらも情報を得ている。
それをどう利用するつもりだ?
「その場で、支援と引き替えに、我が国に一度だけ強制的に召喚できる権利が付与されます。それを、例えばあなた方が危機に陥ったときに、間違った振りをして使用することを約束しましょう」
悪くはない。
悪くはないが、交渉材料としては喉から手が出るほど欲しいものではない。
とはいえ、アレン皇国側が何を求めているかによって、その程度でも十分対等な関係を結べる可能性はある。
「代わりと言ってはなんですが、あなた方と我が国で不可侵の盟約を結びたいと思っています」
「それは、公開されるおつもりか?」
そんなはずはないと思いながらも、念のため聞いてみる。
案の定、メアリーは首を横に振った。
ずいぶん高望みをしてきたものだ。
秘密同盟を結ぼうというのだから。
「我が国がそれを公表してしまえば、周辺国が黙っていませんから」
「特に帝国が、ですな」
どうやら青い血を引いて生まれながら、前世の経験が邪魔をしているのか、メアリーは虚々実々の外交交渉というものが得意ではないようだ。
ずいぶんと直球ばかり投げてくる。
(ちょっと、青色神官になって、神官長に鍛えてもらった方がいいんじゃないか)
もしくは水の女神を得た商人にでも。
そんなことを思ってしまうが、指摘してやる義理もない。
むしろ、そのやり方で失敗し続けてもらった方がこちらとしては気分がいいので、何も言いはしない。
「秘密同盟、ですか。ずいぶんとそちらに虫の良い話ですな。こちらにメリットが少ない」
「……そうですね。それだけなら」
おっ?
他にもなにかあるのか?
「今後、列国会議でヒューマンの大同盟が結成されないよう、今度は我々が邪魔をしましょう。そこのダークエルフを使って先ほどは阻止したこと、今後は同盟者がいなければ難しいのではないかしら」
なるほど。
まぁ、その二つがあれば悪い条件でもない。
とはいえ、そのまま認めてやるのも今後、足下を見られかねない。
「我々が怖いのは勇者と聖女。ヒューマン大同盟ができたところで、準備さえできていれば恐れるものではないのだが?」
「ならば、その準備のための時間を提供しましょう」
必死さはない。
だが、心の内では成功を祈っていそうだ。
正直、復讐対象を安心させるための同盟など、胸くそが悪くて仕方がない。
だが、不快感をグッとこらえて申し出を飲んでやることにする。
こちらの望むことを付け加えて。
「良かろう。同盟を結んでもいい。ただし、こちらが後日、数名のヒューマンを送るので、勇者パーティに加われるよう、取りはからってくれることを追加の条件としたい」
「……ヒューマンなら可能ですが、実力は問題ないのでしょうか?」
「その点は問題ない」
保証してやると、それなら良いと了承した。
そうして、雅人は魔王の名においてアレン皇国と秘密の不可侵条約を締結した。
「よろしかったのですか、あのような大盤振る舞いをして」
条約締結後、魔法で一度シャブラニグドゥに帰るとノークが聞いてきた。
「構わんさ。それに、真の狙いはなんであれ、条約を結ぶことだったからな」
そう言って世界地図の前で魔法を使う。
すると、アレン皇国に二つの赤い光りが点った。
「あの二人と盟約を結ぶ魔法に、少し細工をした。これで、あいつらがどこに居ようと逃がしはしない」
「……なるほど」
ノークも納得したようだ。
その細工こそが最も求めていることであり、勇者パーティに変装した魔族を送りこんで混乱させることができれば御の字だ。
それに、今回の盟約になど何の意味もない。
もちろん、魔王の名において結んだ盟約だ。
こちらから軽々に破れるモノではないが、ならば相手に破らせればいい。
廃棄物になった光秀じゃないが、しょせんは処刑台に立つ順番の問題でしかないのだから。




