第14話 皇国3
「……ということで、明言はしなかったけれど、ダークエルフ辺境伯と魔族につながりがあるのは、やっぱり確定と思っていいと思う」
「……そう。ご苦労だったわね」
アレン皇国の女皇、メアリー=ギ=スメーラに対し、皇太妹とされるエリザベートが報告をする。
相対する二人は姉妹だけあって顔立ちは似ている。
濡れたように黒く、艶やかで部屋の光を反射する髪の色も同じだ。
だが、国内最大派閥を率いるデール公爵の娘で、先代天皇の正妻たる皇后を母にもつ姉メアリーは、光の当たり方によっては金色に輝く瞳を有しており、見た目からして女皇にふさわしい威厳を有している。
「魔族とダークエルフが手を組んだ、か……。アールヴも仕方なくとはいえ、魔族サイドに立ってるようだし、やっかいね……」
メアリーは、女皇として国を率いるプレッシャーから小さくため息を吐いた。
「エリザベートは魔族が実際、どのくらい強いと思う?」
「相手が最弱の獣人じゃ、今回の戦争は参考にならないからなんとも言えない。でも、おとぎ話でない、史実としてのダイロトの勝利や、ダークエルフの討伐記録を見る限り、かなりヤバイとは思うよ」
姉妹二人だけという気安さから、異母妹であるエリザベートは、まるで友人のような口調で答えた。
「それに……アールヴの悲劇、ね」
メアリーのつぶやきに、エリザベートがうなずく。
「で、どうするの?」
妹の疑問に姉は黙った。
『……乃愛はどう思うの?』
『伊都。日本語になってるよ。まぁ、その方が周りは何言ってるかわかんないか』
姉・メアリーこと転生前は戸井伊都の逆質問に、妹•エリザベートこと安濃乃愛が反応する。
『やろうとしてることは結局裏切りだから、周りに聞かれたくないわ』
伊都の言葉に乃愛は肩をすくめる。
『じゃぁ答えるけど。わかんない。魔族がどのくらいの知性を持ってるかによらない? バカなら、私たちの提案を押しとおせるだろうけど……提案内容がこっちに都合がよすぎでしょ』
『そうね……』
その点は伊都も理解している。
『出たとこ勝負にはしたくないのだけれど』
『仕方なくない? 魔族についての情報がなさすぎ』
元クラスメイトというだけでなく、前世も腹違いの姉妹という関係性から、二人とも女皇と皇女という立場を離れられる日本語では遠慮や敬語の概念もなく話し合いを続ける。
獣人領が滅ぼされ、危急存亡の危機におちいりながら、会議一つ迅速に開けなかったヒューマン各国の連携に大いに疑念を抱いて以後、二人はどうすれば生き残れるか議論を交わし続けていた。
『とりあえず、ダークエルフに頼んだ魔王への伝言を受けて、向こうがどう出るか。結局それを見てからじゃないとなんも言えないね』
自分たちでは事態をコントロールできないもどかしさにイラつきながらも、妹のつぶやきに姉も渋々同意するのだった。
「申し上げます。ノーク=ホットローと名乗る者が御目通りを求めて皇城へ参っております。いかがいたしましょうか」
エリザベートが帰還した翌日。
ダークエルフ南辺境伯領の特命全権大使であったノーク=ホットローが皇国に現れたとの報告を受け、姉妹は顔を見合わせる。
「いいわ。通して」
肩書きを名乗らなかった不自然さに疑念を抱きながらも、伝言を託した手前、目通りを許す。
果たして、現れたのは確かにダークエルフの特命全権大使ノーク=ホットローとその一行、計四名であった。
ノークは外交官らしいかっちりとした、体にフィットする服装に身を包んでいる。
だが随行員たちはブカブカのローブを頭から羽織り、表情が見えない。
無礼な装いであるが、魔族という文化的な異邦人に対して礼儀を問うこともはばかられ、仕方なく二人は三人の服装に違を唱えずに見逃す。
「ご機嫌麗しうございます、メアリー女皇陛下。エリザベート皇太妹殿下。元、ダークエルフ南辺境伯領特命全権大使、ノーク=ホットローにございます。本日は御目通りの栄誉に与らせていただき、光栄に存じます」
「あなたも元気そうね、ノーク=ホットロー。元、と言ったけれど、今はなんの立場でここへ来たのかしら?」
肩書きもない者に、女皇たる者が軽々に声をかけるわけにもいかず、面識のあるエリザベートが答えた。
「それについては、先日のご依頼にも関わりますれば、お人払いをお願いしたく存じます」
慇懃に頭を下げるノークに、自ら繊細な依頼をした手前、苦々しい表情を浮かべながらエリザベートが手を挙げる。
最低限の護衛と大臣たちを残して、事務方の官僚たちが部屋を出ていった。
「ありがとうございます。先ほども申しましたが、本日は、先日ご依頼いただきましたご伝言についてお応えすべくはせ参じました」
先頭に立って挨拶をしていたノークが、頭を下げながら一歩退く。
「ご紹介いたします。アイェウェの民の、王の中の王。魔王、シャーン=カルダー八世陛下でございます」
紹介に合わせて、随行員の一人がフードを脱いだ。
「魔導障壁、第一段階解放」
魔王と呼ばれた男がつぶやいた瞬間。
濃密な魔力で部屋が満たされ、メアリーもエリザベートも、護衛たちですら指一本動かせなくなる。
「お初にお目にかかる。女皇殿、皇女殿。ご紹介にあずかった魔王。獣人領を領有してからはアイェウェ帝国魔皇を称することとした、シャーン=カルダー八世だ。本日は、お招きを受けて伺った。有意義な話し合いができれば嬉しく思う」
見た目はニンゲンとなんら変わるところがない。
だが、これだけの魔力を放てるヒューマンなどいるはずもなく、魔王であることがすんなり納得いく。
「ご……ご足労をおかけしました。アレン皇国女皇、メアリー=ギ=スメーラです。今……椅子を用意させます」
「そうしていただけるとありがたい」
ヒューマンと対立する魔王である以上、ここは敵地であるはずなのに、自国のメアリーやエリザベートよりも堂々としている態度に、飲まれそうになる。
「魔王様のご紹介も済みましたので、先ほどの質問に答えさせていただきます。私、ノーク=ホットローはアイェウェ帝国外務卿を拝命いたしました。今後、お世話になることも多々あるかと存じます。末永くお見知りおきをいただきたく、よろしくお願い申し上げます」
「だ、ダークエルフの特命全権大使の職はどうしたのかしら」
あまりに濃い魔力に謁見の間が満たされているせいで、言葉が喉からすんなり発せられない。
「復命しておりません。戻れば……殺されますから。その点は、エリザベート皇太妹殿下も予想されておられましたので、ご理解いただけるものと信じております」
確かに、捨て駒にされた意趣返しとしては理解できる。
だが、ヒューマンの栄えある地位をなげうってまで魔族の中で立身出世を望むとは予想外だった。
「そのほかの随行員もご紹介いたします。まずは私の前任。前外務担当補佐官、現在は外務次官を務めております、エリス=エリスティア=ホットローでございます」
「お初にお目に掛かります。……まぁ、エリザベート様におかれましては、初めてではございませんが」
エリスと言われた、見た目幼い美少女がフードを取った瞬間、エリザベートはその空気に覚えがあることに気づいた。
「……あの場に隠れていた、ということかしら」
ノークを尋ねた日に感じたモノだと思い出し、声を絞り出す。
護衛が確かに部屋の中を確認したはずだ。
だが彼らも、エリザベート自身も気づかないほど、巧妙に姿を隠していたらしい。
魔族の魔法の恐ろしさに、背筋を冷たいモノが伝い落ちる。
「最後に、アイェウェ帝国親衛隊長、パルム=レスバ卿です」
フードを外すと、オニの証である角が覗く。
「パルム……レスバ……」
エリザベートは呆然とつぶやく。
絶望とともに。
「私が何か?」
名前を呼んでしまったことに今さらながら気づき、恐怖で焦る。
「い、いえ……あの……最近、アールヴに行かれた方かしら?」
たかだか魔王の護衛に過ぎないと頭では分かっていても、うわさに聞く実力の持ち主を怒らせてはならないと、皇女たる身ながらつい丁寧な口調になってしまった。
しかも、当のアールヴは秘密主義なので、国内での大失態である事件のことは公になっていない。
つまり、この時点でエリザベートは自国の諜報網がアールヴ中枢に及んでいることを、うっかり漏らしてしまったことになる。
だがその失態も、圧倒的な実力がたたずむだけで感じられる相手、それも他国で貴人相手に惨劇を引き起こした者を前にし、動揺してしまっていてすぐには気づかなかった。
「あぁ、アールヴですか。えぇ。他ではなかなか見られない面白いモノが見られましたので、いい思い出です」
「あら、そんなものが。なにかしら」
ニコリと笑うオニの少女に、つい質問を重ねてしまった。
「えぇ、自称、誇り高きアールヴとやらが失禁しながら這いつくばり、命乞いする姿など、そうそう見られるものではないでしょう? しかもその、無様なことと言ったら! 思い出しただけで笑ってしまいますね」
思い出してケラケラと笑う顔を見て、アレン皇国側のニンゲンは皆、恐怖に顔を青ざめさせた。
本日もノクターンの方に投稿ありますので年齢的に問題ない方はそちらもよろしくお願いいたします。




