第13話 皇国2
「あれでよかったのか?」
嵐のようなエリザベート=ギ=スメーラの訪問をなんとかやり過ごしたノーク=ホットローがつぶやくと、部屋の角が陽炎のように揺らぐ。
「そうね。合格よ。……どこの国が抜けがけするかと思ったら、アレン皇国だったか……」
アレン皇国の皇太妹だけでなく、親衛隊ですらあざむいて隠れていたエリス=エリスティスが、考えながら答えた。
「なんだ、想定外かい?」
「いいえ。帝国との関係を考えれば、十分候補ではあったけれど……」
そこまで言って言いよどむ。
「我がまま姫は、実は切れ者だったと」
あえて言葉にしなかったことを補足してやると、ジロリとにらまれた。
「外交官なのに、ずいぶんと口が軽いのではなくて?」
「それだけ、腹を割って話せる相手だと思っただけだよ」
笑いながら言うと、呆れたような表情が返ってくる。
「そんなに簡単に魔族の私を信じていいの?」
「魔族の君、というより魔王の配下であるエリスを信じたと言うべきかな」
真面目に答えてやったが、違いにピンときていないようだ。
「たとえば、俺が君に危害を加えようとした場合。それでも君は、魔王にとって俺に利用価値があれば抵抗はするだろうけど、俺を排除したりしない。その点において、間違いなく信用できるってことさ」
少し納得したらしい。
「で、これからどうするんだ?」
「それはこっちのセリフね。辺境伯領に帰るの?」
悩んでいて結論が出ていないことを聞かれ、ノークは返答に困る。
「このまま邦に戻っても、出世の芽はない。最悪、今後の展開次第では殺される。わかっているのではなくて?」
「……そうだな……とはいえ、邦を出て行くところもないしな」
自嘲気味に笑う。
「私と一緒に来ない?」
とうとつなエリスの誘いにドキッとする。
「あなたの交渉力は悪くないわ。それに、私たちと付き合うのに忌避感が少ないでしょう?」
「……生きるために利用させてもらっただけだよ」
誘われた理由を少し残念に感じたのが意外だ。
「そうだとしたら、なおのこと邦には帰れないでしょうに。優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいの」
「……俺が君たちに協力するとして、対価はなんだい?」
ホットロー家はノークが一代で出世した家柄だ。
辺境伯領から飛び出るのに障害はないが、ノークには病気の母がいる。
母を納得させるに足る対価くらいはもらっておきたい。
「何か望みはあるの?」
挑むような、イタズラっぽい眼で見られながら聞かれた瞬間。
「君が欲しい」
と答えていた。
「……わたし?」
聞き返されて我に返る。
「あ、いや、あの……」
外交官としてつねに冷静であろうとしてきたが、我を忘れるほどエリスに執着していたことに気づいて慌ててしまう。
「変な人。私なんて、魔王様の側女にもなれない女よ?」
「……それは、魔王の見る目がないんだよ」
エリスをフォローしようとしたが、ムッとされる。
「一つだけ忠告しておくわ。魔王様の周りにいる藩王のみんなに、今みたいな言葉を聞かれたら、あなた、産まれたことを後悔するレベルの苦しみを味わうことになる」
藩王の忠誠心の発露だろう。
言われてゾッとする。
「あと、私の前でも二度と言わないで」
「……君も、魔王……様にそんなに想いを寄せているのか?」
胸のあたりがズキズキと痛む。
嫉妬だ。
「いいえ。私は……魔王様のお手つきではないからね。藩王や、ほかの娘たちとは違う。でも……魔王様がこれからなされようとしていることはスゴイことだと思うし、尊敬しているわ」
その言葉どおり恋する瞳ではなく、あこがれを秘めた眼差しで遠くを見ている。
「ということで、我が君。優秀な人材をスカウトいたしました」
エリスがその場でひざまずきながら言うと、エリスの目の前の空間が揺らぐ。
と同時に、恐ろしいほどの殺気で、部屋の温度が急激に下がったように感じる。
「パルム、一度目は勘弁してやれ」
現れたのは二人。
精悍な体つきの男と、背の高い女。
そして、女の方が、息もできなくなるくらい強烈な殺気を放っている。
「……あなたが魔王様ですか?」
「あぁ、そうだよ。ノーク=ホットロー殿」
名前を呼ばれて頭を下げる。
そのころには、女が発する殺気は和らいでいた。
とはいえ、ノークが魔王に危害を加えようと考えただけで首を刈られそうな、圧倒的な威圧感は隠そうともしていない。
「さて、俺は君に協力して欲しい。理由はエリスも言ってくれたが、魔族、の我々と肩を並べてもいいというヒューマンはまだ全然居なくてね。字の読み書きや計算が出来れば御の字というところなんだが、君くらいの人材なら、外交を任せてもいい」
「……私などをそこまで評価してよいのですか? しょせん、国に帰れば二等書記官ですよ?」
地位だけ与えられて責任を取らされるのは真っ平だと思い、もっと突っ込んだ理由を聞いてみる。
「心配ない。俺の持論は、地位が人を成長させるだ。魔族の外交交渉を一手に引き受けるなら、どんな無能でも強制的に有能にならざるを得ないさ。ましてや、二等書記官レベルの素養の持ち主なら、世界を動かす大外交官になっても不思議じゃないね」
「……なるほど」
つまり、魔族ではないノークに、地位に見合わないほど多くの仕事を割り振るつもりらしい。
続けて魔王が言った、「菓子狂いの周りを見れば、俺の持論は間違ってないからな」というのが何を指すのかはわからなかったが、どうやら世界を手の平に載せて転がすくらいの大人物になる環境を整えてくれるらしい。
「部下はいるのでしょうか?」
仕事をし過ぎてつぶされても困る。
どの程度仕事を割り振れるかによるだろう。
だが、ノークにとって予想外の答えが返ってくる。
「まともな外交官は誰も居ない」
「なっ……」
開いた口が塞がらないとはこのことか。
「そもそも、魔族で外交に専念させられる者がいるなら、わざわざ他種族の君をスカウトしたりしない」
「……確かに」
雲行きが妖しくなってきた。
さて、どうやって断るか……。
「読み書きができる獣人をアシスタントとして何人かつけよう。彼らを鍛えるも良し。君の知人、知り合い、親戚で使える者を呼んでくれても構わない。呆れるかもしれないが、数百年。それこそ六百年もまともな交渉がなかったのに、外交官がいるわけがないだろう?」
言うことはもっともだ。
だが、言われなくても呆れてしまうのはどうしようもない。
「だから、我々の外交は、すべて君がゼロから作り上げるんだよ」
ニヤリと笑った魔王の顔を見て、今のが殺し文句だと確信する。
顔など見なくてもわかったが。
ゼロから作り上げる。
とうぜん、苦労も多い。
というか、苦労しかない。
それでも、成功すれば歴史に名を残せる偉業だ。
「あ、そうそう。部下はいないと言ったが、諜報員だけは豊富にいる。仲睦まじい、タックム夫妻がいつケンカをしたのか、翌日にはわかる程度にはね」
仲睦まじいというのは皮肉だろう。
あの夫妻は決定的に反りが合わないことで有名だ。
ダークエルフ辺境伯領内では。
「……考えさせてほしいと言ったらどうなりますか?」
答えを決めてから、一応聞いてみる。
「この程度のことを即決できない人材なら要らないさ。他の国からスカウトするよ」
「……なるほど、そうですね。失礼いたしました、我が君」
ひざまずいて頭を下げる。
それだけでノークの答えは察してくれるようだ。
「よろしく頼む。外務卿殿」
本当に、外交の最高位で迎えてくれるらしい。
「はっ。微力ながら、全身全霊でお仕えさせていただきます」
こうして魔王の配下に、二人目のヒューマンが加わったのだった。
今日も、ノクターンの方に投稿いたします。
長くなりましたが、サトミとティナの姉妹の話がやっと終わらせられました。
本編の進行以上にノクターンの方が若干追いこまれてますが、頑張ります。




