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第12話 皇国1

 コンコンとドアがノックされる。

(俺に訪問者?)

 ノーク=ホットローは怪訝な表情を浮かべながら、ドアに向かう。

「ダークエルフ南辺境伯領特命全権大使のノーク=ホットロー殿の部屋でお間違えないか?」

「はい、そうですが……」

 列国会議最終日を明日に控える日に、ダークエルフ南辺境伯領特命全権大使にまともな用がある者がいるとは思えず、ノークは警戒してチェーンをかけたままドアを開ける。


(おいおい、嘘だろ?)

 わずかに開いた隙間から見える、袖に縫いつけられた紋様から相手の正体を察し、ノークは急いでチェーンを外し、ドアを大きく開けた。

「大変失礼いたしました。……エリザベート……アレン皇国皇太妹殿下」

 ドアを押さえながらホストとしての義務で頭を下げながらあいさつする。

 そこには予想どおりアレン皇国の護衛が立っていた。

 だが、その後ろには皇国女皇の妹であるエリザベート=ギ=スメーラが立っており、ノークは危うく驚きのあまり無言になるところを必死に言葉を発した。

 なんとか、王族を迎えるギリギリの立ち振る舞いはできたと思う。


 ヒューマン領域で最も北東に位置するアレン皇国と、西南にあるダークエルフ南辺境伯領はこれまで直接の修好を持ったことがなく、民間レベルの交易にとどまっていた。

 それなのに、いったいどうしたのだろう。


「入室ってもよろしいかしら?」

「散らかっており恐縮ですが、どうぞ」

 また頭を下げて部屋に招き入れる。

 護衛が部屋の中の気配を探り、安全を確認している間、エリザベートは静かに待っていた。

 すみれ色をした大きな目で、油断なくノークの様子を観察してくる視線を、黙って浴び続ける。


「皇女殿下、安全を確認いたしました」

「ご苦労様」

 護衛に促されてエリザベートが入室する。

 薔薇色の唇から零れる言葉は天上の調べのように心地良い響きをもっていた。

 頭を下げているノークの目の前を皇女がとおると、ふわりとイイ匂いがする。

 専制的な政治形態の皇国だけあって、民衆から絞り取った税金で買った、よい石けんを遣っているのだろう。


「粗末な椅子で恐縮ですが、どうぞおかけください」

 ホストとして、できる限りのことはしなければならない。

 とはいえ、エリザベートが泊まっているであろう王侯貴族向けの旅館と異なり、ノークが拠点にしたのは二ランクは落ちる宿屋だ。

 これでも各国の実務官僚が泊まる部屋の中では五本の指に入る程度にはまともなのだが、王族に対して充分なサービスができるだけの設備はない。


「なにからなにまで一人で大変そうね」

「お気遣い、感謝いたします」

 茶の用意もノークが行うと、憐れむように言われる。

 言葉を発するたびに見える歯は、真珠のように艶やかで、思わず見惚れてしまいそうだ。

 種族として至高の領域にあると言われる、ダークエルフのノークですら魅了されそうになるのだ。

 この美貌が、外交でどれほど役立つか考えれば、国外におもむく危険性を割り引いても、彼女が出張る意義は大きいだろう。


「南部の新茶ね。さすがは交易に長けたダークエルフというところかしら」

「恐れ入ります」

 舌も肥えているらしい。

 眼を閉じて味を堪能している姿は、神秘的でさえある。

 濡れたように光る黒髪と同じ色のまつげがとても長い。


「ふふっ。人身御供には随行員は出さない。清々しいほどの割り切りかたね」

 エリザベートが笑いながら言う。

 だが、その声色にはバカにしたような響きが混じっているのを隠せていない。

 ノークは小さくため息を吐いただけで反応を返さずに無視する。


 彼女の言うことは正しい。

 ダークエルフ南辺境伯領としては、特命全権大使などと大仰な役職をつけてノークを送り出したものの、各国から列国会議でボコボコにされ、最終的には殺されても構わないというスタンスだ。

 身の廻りのことを世話する随行員すらつけず、いっそのたれ死んでくれればくらいにしか思っていないことだろう。

 おかげで普段、家では老年の使用人にやらせている食事の手配や着替え、洗濯まで自分でやる羽目になっている。

 もっとも、ノークは現場叩き上げだ。

 若かりしころは使用人など雇う余裕があるわけもなく、自分でなんでもこなした。

(体は覚えているものだな)

 ノークは自嘲気味に笑った。


「突然ごめんなさいね」

 ノークが出した紅茶を一通り味わってから、エリザベートは思い出したように言う。

 うわさどおりならこのくらい可愛いものだ。

 エリザベート=ギ=スメーラといえば、我がまま姫で有名なのだから。

(確か、外交の場ではお飾りとして出向いているという噂だったが……)

 やはりうわさというものは信用できないものだ。

 エリザベートは、交渉に長けた雰囲気を隠しもしていない。

 相当タフなネゴシエーションになりそうだ。


「いえ。正直、このようなむさ苦しいところにお出でになられたことは驚きましたが、聡明でうたわれたエリザベート皇太妹殿下のこと、なにかお考えがあってのことと思います」

 下手なことを言って怒りをかうわけにはいかない。

 列国会議も無事に乗りきり、あとは帰国するだけなのだから。


「うふふ。そんなにおだてても何も出ないわ」

 口は品のいい笑顔を浮かべながら、まったく笑っていない目で、品定めするように顔を見られる。

「まずは、列国会議。ご苦労でしたね。なかなか見事な立ち振る舞いだったわ」

「お褒めにあずかり、恐悦至極に存じます」

 顔の下半分に笑みを貼り付けたまま褒められても、嬉しくない。


「でもまさか、ダークエルフ南辺境伯領と魔族が手を組んでいたなんて、想像もしていなかったわ」

「……なんのことでしょうか。小職にはわかりかねます」

 不意に向けられた発言に一瞬ひるみながら、とりあえず惚ける。


「簡単な推理よ。今回の会議で誰が一番得したのか。それが真犯人にせまる重大なヒントになる。真実はいつも一つってね」

 エリザベートのつぶやきに、よけいな情報を与えないよう無言を返す。

 本来、他国とはいえ王族にそのような態度は不敬とみなされてもおかしくないが、相手が我がまま姫ならばギリギリ許容範囲だ。


「まず我々アレン皇国。歴史上敵対する帝国の威信が、自分たちが手を汚さずに失墜してくれたのは嬉しい誤算だけれど、そのくらいでは他のヒューマン諸国の手前、黒幕にはなれないわ」

 まず、隠すことなく自国が容疑者だと告げながら、動機が弱いと弁明する。

 相手がノークでなくとも言い逃れできるよう、考えられているのだろう。


「次にあなた方、ダークエルフ南辺境伯領。まずもって列国会議で批難され、最悪、魔族との戦争の前哨戦として、ヒューマン連合軍に血祭りにあげられる可能性すらあったところを回避した。なかなか見事な対応だったわ。でも、自国だけでやるのはリスクが高い。どこかの国と組まないと、安心できない」

「そうでしょうか。ヒューマン各国から批難されるのがわかっている我々に協力してくれる国など、ないと思いますが?」

 自国のことについての疑惑だ。

 とりあえず否定しておく。

 だが。

「だからこそ、魔族と組んだ。違うかしら?」

 と返され、ノークはニコリと笑うだけにとどめる。

 その表情にどんな意味を感じるかは相手次第だ。


「次にアールヴ北辺境伯領。でもこれはないわね」

「理由をお聞かせいただけますか?」

 はなから眼中になさそうだ。

 予想はつくが、理由くらい聞いておかなければ不自然だろう。

「簡単よ。アールヴがダークエルフと手を組む、なんてことはありえない。そんなことが起きるくらいなら、帝国が魔族と同盟を結んで、他の国を滅ぼすつもりという空想の方が真実味があるわ」

 ずいぶんバッサリと切り捨てたが、気持ちはわかる。

 そしてそれはエリザベートの予想どおり事実ではない。

「で、あるならば、魔族しか組む相手がいないのよ。ダークエルフとしては」

 そう断言してから、探るような視線を送られる。

 目を逸らせば負けだ。胆力をこめて、にこやかな笑みを返す。


「正直に言うとね、私たちもダークエルフを攻めてでも魔族と戦わせようと、最初は思っていたわ」

 ニコリと笑いながら言われ、国の危機を回避した実感がゾクリと背筋を寒からしめる。

「でも、あなたは見事に国の危機を脱した。それだけではないわ。ヒューマン連合軍の結成そのものすら防いでみせた。これが二等書記官の独断でできるわけがない」

「……本国の指示ですよ」

 ノークは自分自身を軽くディスられたことは流しながら、抗弁する。

「タックム=ブリック辺境伯がそのつもりなら、二等書記官なんて派遣しないわ。彼は臆病者だから」

 どうやら、辺境伯の性格すら情報収集しているようだ。

「ダークエルフが責任を負わないだけなら、他に方法などいくらでもある。まずもって、アールヴのように列国会議に参加しないという手もあるなか、あなたは会議に出て、各国代表を手玉に取り、謝罪と賠償を約束しながらそれを実質的には反故にした。鮮やかな手口ね。これをあなたが一人で考えたのだとしたら、二等書記官などにとどめるブリック辺境伯が無能と言わざるを得ないわね」

 肯定も否定もできず、にこやかな笑みを返す。


「しかも、古い盟約まで持ち出して、ヒューマン連合軍の結成すらはばむ。誰の入れ知恵かしら?」

「さあ。なんのことですかな」

 わからないと、表情と声で応える。

 わがままなお飾りのお姫様だなんて言ったのはどこのどいつだろう。

 とんでもない話だ。

 ノークの背中はすでに、いやな感じのする汗でビッショリだった。

「うふふ。私ね、化かし合いは好きじゃないの。時間の無駄よ」

 上から威圧的に言われるが、反発する気持ちにならない。

「ノーク=ホットロー外交官、私を魔王に会わせて。それが今日の狙い」

 まるで、ノークが魔王への謁見を司るもののように

 自然な要請。

「小職にそのような……」

「化かし合いは時間の無駄と言ったはずよ。時間と場所は任せるわ」

 言いながら立ち上がる。

「一応、これでも王族だから忙しいの。失礼させてもらうわ」

「本日はお越しいただきありがとうございました。有意義な時間をいただけましたこと、感謝いたします」

 ノークが頭を下げるのを一べつしただけで、エリザベートは来たときと同じようにさっそうと帰っていった。

一昨日投稿した、ノクターンの方の続きを本日投稿いたします。

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