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第11話 列国会議4

感想をいただき、誤解を招く表現と気づきましたので、修正させていただきました(2021年2月17日)

「しかしここで一つだけ問題があります」

 欲望をむき出しにした各国代表者は、次第に本性である亜人蔑視の視線を隠すこともせずに向けてきていた。

 早くダークエルフ辺境伯領を代表して血判しろという雰囲気に、肩透かしを喰らわせてやる。

 不満げな各国代表の欲望まみれの顔をもう一度見回す。


 同じ亜人のドワーフだけは自分たちの地位にも関わるので、少し身を引いてノークの出方を見定めるような視線を送ってきた。


(この時点ですでにヒューマンの分断に一部成功、か)

 ヒューマンが一致団結すれば、魔族とて損害を受けるだろう。

 というのがノークの見立てだ。

 であるならば、その団結を崩すのが魔族の狙いということになる。

(その目論見、乗ってやろうじゃないか)

 どうせ失敗したら、ここでタコ殴りにされるか、本国に戻ってから責任を取らされて処刑されるかの違いでしかない。

 わずかでも生き残る可能性がある選択肢に全力を投じるのみだ。


「交易で富を得ているとはいえ、我がダークエルフ辺境伯領はせまく、貧しいのです」

 同情を誘うような声色で切々と訴えかける。

 もっとも、そんなことで仏心を出すような者はこの場にいない。

 だが雰囲気や空気を作ることは大切だ。

 どうせ、実際には広くはないが、狭いというにはおこがましいだけの領土は保持しているし、ヒューマン量では屈指の農業生産量をほこっている。


「それゆえ……みなさまにも古き約束を果たしていただきたいのです」

「……約束?」

 帝国宰相が聞き返したので、ニヤリと笑ってそちらを見る。

「ええ。六百三十八年前の、人魔大戦。通称ダイロトの勝利のあと、結ばれた古き盟約を」

 言ったあと、素早く各国代表の反応を見る。

 大半はなんのことかわからないという顔をしたが、封建王朝と商業都市連合だけが顔面の筋肉をピクリと動かした。

(あぁ、やっぱり知ってる者もいたな)

 ノークはにこやかな笑みで、列国会議の死亡宣告に向けて突き進む。


「みなさまの国ではどのように伝え、教えているかはわかりませんが、ダイロトの勝利は、英雄譚に詠われているような劇的な物語ではありませんでした。そのことは勝利を刻んだ石碑に書いておりますので、御存知の方も多いかと思います」

 そこでいったん言葉を切る。

 石碑を意識させることが重要だ。


「魔族に対し、自衛のためにニンゲンが必死に戦い、それを見て、中立を保っていたアマゾネスとドワーフがニンゲン側に立って参戦した。見返りに、両国はヒューマン連合に席を与えられ、それまで支配的だった亜人差別の対象から外れた」

 これは事実だ。

 事実だが、強調することで、ヒューマン内部の結束にヒビを入れていく。

 ドワーフよ、亜人差別は六百年を超えても残っていないか?

 アマゾネスよ、ニンゲンとして扱われているか?

 基本的に奴隷に堕とすことを各国が法で禁じたニンゲンと異なり、アマゾネスの奴隷は合法。

 差別されていないか?

 ノークはニンゲンとそれ以外の種族に分断を試みた。

 そしてそれが悪くない効果を発揮しているのは、アマゾネス公王の妹の表情を見ればわかる。


「戦局がヒューマン連合有利に傾いたとき、魔族との境界線近辺に住んでいたアールヴとダークエルフかヒューマン側に立って決起し、魔族に襲いかかりました。後方を遮断される恐れで浮き足立った魔族に対し、最後に残った非力な獣人たちまでもが剣を取った。不利を悟った魔族は、被害が大きくなる前に撤退したおかげでヒューマンは勝利することができた。これが実際のダイロトの勝利の真相であることは、勝利の石碑を見れば書いてあることです」

 一般に流布している英雄譚と、現実は違うということだ。


「戦後、ヒューマンたちは集まり、どうすれば強大な魔族と争わなくて済むか、考えた。その一つの答えが列国会議です」

 辛勝でしかなかったダイロトの勝利。

 再びの奇跡を当てにするほど、当時のヒューマンたちはおろかではなかったらしい。


「列国会議において、ダイロトの勝利の論功行賞が行われ、遅延したアールヴと我々ダークエルフには、元々住んでいた地への永住が認められ、辺境伯の称号が与えられました」

 ようは、遅れてきていいとこ取りは許さない。

 今後とも最前線を担えということだろう。


「そして、今回残念ながら滅ぼされてしまいましたが、もっとも遅くヒューマン側に参戦した獣人には最前線を担う役割が与えられ、汚名をそそぐ機会が与えられたのです」

 ものは言い様。

 遅れてきたので最前線で踏ん張り、盾となることを求められただけだ。

 そして今回、それを立派に果たした。

 ダイロトで勝利した当時のヒューマンたちが聞けば狙い通りだったと喜んでくれるだろう。


「如何にして強大な魔族を封じこめるか? それが戦後、各国の最大の関心事でした」

 今でもそれは頭の痛い問題だ。

 そして、現在においては切迫した問題である。


「ヒューマン各国は当時、お互いに戦争をして力を弱めるような愚かな選択肢をとる余裕すらなかったと、石碑に率直に書かれています」

 それから考えれば、魔族襲来前は小競り合いは日常茶飯事、帝国に滅ぼされた国もあれば、国境も取って取られ、大きく変わっているところもある。


「ヒューマン各国はお互いの違いや感情的なしこりを飲みこみ、協力することに合意しました。そのための組織が列国会議です」

「それは知っている」

 帝国宰相が重々しく言葉を発する。

 知っているだろう。

 そのくらいは各国で歴史として教えていることと大差ない。


「では、どのような協力がなされたか。約束されたか。ご存知ですか?」

 聞いてやると、誰からも答えはない。

 ほとんどが知らないのだろう。

 あるいは、意図的に国を挙げて忘れさせたのだ。


「今回、獣人辺境伯が攻められたとき、魔導王国は援軍を出された。そのような人的な支援ももちろん定められた。ですが、それだけではありません」

 各国代表の顔を再び見回す。

 何を言われるのか皆目見当がつかないという顔をしているのが大半だ。


「ダイロトの勝利の前。戦場になって荒廃した三辺境伯の領地が復興し、兵力を備えることができるよう、各国が援助金を拠出することにしたのです。その額……毎年、三万ディナール」

 そこで、ニヤリと笑ってやる。


「ダイロトの勝利は今から六百三十八年前。ヒューマン各国は戦後しばらくは約束を守り、三辺境伯に資金援助をしていたそうですが、アールヴとダークエルフが強大化することに危機感を覚えた周辺国が滞納しはじめ、最終的にはダイロトで戦った者たちから世代交代したあたりで約束は忘れて去られてしまったそうです。だいたい……戦後二十年ほどで」

「そ、そんな話……聞いたことがない……」

 帝国宰相が苦しそうに言う。

 知らないが、あり得る話だと察しているのだろう。


「おおむね、私が知っている歴史的経緯と一致しますな。石碑の忘れられた裏面にも刻まれている」

 帝国宰相の反論のあとの静寂に、封建王朝大使のつぶやきが大きく響く。

 多くの国では、古い石碑の保存維持のため、片面だけを露出させて公開している。

 裏面が、忘れられた裏面と呼ばれるゆえんである。

 反射的に帝国宰相が再反論を試みて口を開くが、忘れられた裏面を見たことがないのだろう。

 論拠がなにもなく、口を閉ざす。


「正確にどの国が債務を貯めこんでいるかは我々にはわかりかねますので、照合は列国会議にお任せいたします。我々ダークエルフとしましては、毎年三万ディナールの三分の一である毎年一万ディナールの六百三十八年分から、二十年分を差し引いた六百十八万ディナールを受け取り次第、先にお約束いたしました百万ディナールを列国会議に拠出し、残りの資金で傭兵をかき集め、魔導王国に最先端の魔導具の開発を依頼したのち、栄えあるヒューマン軍の先鋒となりて魔族を駆逐するための戦にはせ参じたいと考えております」

 もう誰も何も言わなかった。

 だが、ノークはダメ押しを忘れない。


「勝利の石碑には、帝国が勝利を記念してアバン王国と名を変えたばかりのアバン国王をはじめとする、各国王の名で、『我が子孫よ。この誓い、決して違えることなかれ』と書かれております。よもや、誇り高き各国の皆々様が偉大な祖先の約束を違えることはないと信じ、六百十八年分の延滞金利は後払いとすることを承知したいと考えます」

 帝国宰相は顔を青ざめさせたまま、呆然と口を開いて停止してしまった。

 とうぜんだ。

 アバン王国はダイロトの勝利からわずか十年で隣国と婚姻によって融合を果たし、劇的に領土を拡げたことで帝国と名を変えるのだ。

 つまり、初代皇帝の遺訓をかれらは忘れていたということになる。

 今回の列国会議を主導するはずの帝国が何も言えないなら、この会議はこれ以上何かを決めることなどできない。

 こうして、魔族へのヒューマン共同戦線という崇高な目論見は、各国代表から見れば下等な階級に属する一人の二等外交官によって、あえなく潰えたのだった。

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[気になる点] "その額……毎年、三万ディナール ダイロトの勝利は今から六百三十八年前。ヒューマン各国は戦後しばらくは約束を守り、三辺境伯に資金援助をしていたそうですが、アールヴとダークエルフが強大…
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