第10話 列国会議3
短めなので、本日は2話投稿いたします。
昼頃を目処にアップしますので、よろしくお願いいたします。
ディナールは白金で作られた大金貨の単位である。
日常的に使用されるのは銀貨が主になり、銅貨がそれを補う。
高級品の売買に金貨が用いられることはあるが、一般的ではない。
金貨はそれよりも、遠方交易の際に少ない量で大金を運べることがメリットとして使用されることが多い貨幣である。
そして金貨百枚で一ディナールとなるが、大金すぎて普通の商取引では用いられない。
たとえを挙げるなら、ダークエルフ南辺境伯領の昨年度の予算が約一万ディナールである。
それの百倍の賠償金ともなれば、真偽を疑うような雰囲気も納得できよう。
「そんな大金……本当に用意できるものなの?」
かかった。
ノークが魔族のアドバイスを受けて考えたワナに、金に目がくらんだ愚か者どもが引っかかったようだ。
しかも、今しゃべったのは現人神神聖国の巫女頭。
見た目は楚々として、カネどころか俗世とは無縁という顔をしていながら、なんという皮肉だろうか。
「はい。我が国の地下に埋蔵してあります、秘密資金を用いれば、そのくらいならなんとか」
ウソである。
そのようなもの、存在するわけがない。
「お疑いのようですね? 大商人国家も、いざというときのため、そのくらいは貯めこんでいらっしゃると聞いておりますが?」
すかさずニンゲンたちの間にくさびを打ちこむ。
一時的な和平でも結ばれ、魔族の脅威が多少減退したとき、周辺国の圧迫に大商人国家は耐えられるかな、と意地悪なことを思いながら、ノークは続ける。
「我が国の特産品であるヒョウの皮や象牙。その値段はご存知でしょう? 少なからず在庫もございますれば、それらを売れば秘密資金など、ほとんど手付かずでも百万ディナールくらいなら、まぁ、何とか……。それに少しくらい足りなくとも、我がダークエルフの美男美女を集めて奴隷として売れば、なかなかの値はつくと思いますよ?」
カネの欲望に加えて、性的な欲で各国代表者の目が濁っていく。
「また、戦争を仕掛けてきた魔族に対し、長年の経験を活かし、討伐軍の先鋒として犠牲を恐れずに戦えとのお言葉もいただきました」
欲にまみれた議場をこれ以上放置すると、我に返った宗教系国家から掣肘が入るかもしれない。
戦争のことに話をすり替える。
「かつてともに魔族の脅威に立ちあがり、手を取り合って戦ってまいりました獣人たちの悲惨な状況をかんがみ、我々も微力ながら全力で魔族を殺す軍を発し、みなさまの露払いをなし、盾となりてお護りいたしましょう」
「おおっ」
感嘆の吐息が漏れる。
同君連合の王配など、感動して目を潤ませているほどだ。
(単純なことで)
ノークは現場叩き上げだ。
美味しい話には毒があることをちゃんと知っている。
ここにいる面々も、海千山千の猛者だと思っていたが、場の空気に飲まれてしまう者もいたようだ。
(まぁ、王配ゴディーゴ殿は戦争狂なだけで、外交のなんたるかをご存知とは思えないしな)
国内では序列二位、戦争をさせれば向うところ敵なしといえど、だまし合いは不得意のようだ。
「みなさまへのお詫びとして、獣人領が解放されたあかつきには、魔族との国境警備のみ担当し、領土については、寸土も求めないことを誓いましょう」
破格の条件のオンパレードに各国代表は、にこやかな笑顔の下に隠していたはずの欲望をむき出しにして、下卑た笑みを浮かべる。
ノークはそこで言葉を切り、会場を見渡す。
帝国宰相。
エディン=ゴディーゴ朝同君連合の王配。
ヴァーク朝魔導王国元老院議長。
ハオー朝軍事同盟盟主の執事長。
モンセール朝立憲君主王国の外務大臣。
マッコト朝封建王朝の列国会議大使。
アマゾネス公王国王妹。
商業都市連合ギルド長。
大地母神法皇領の大司教。
戦女神教皇国の枢機卿。
現人神神聖国家巫女頭。
アレン皇国の皇太妹。
ドワーフ東辺境伯領将軍。
ボールボン朝絶対王朝外務卿。
アールヴ北辺境伯領と、先日滅びた獣人西辺境伯領を除く、現存国家全ての高官が一同にかいしている。
出席者は各国で要職を占める超重量級の政治家ばかり。
その前で彼ら彼女らを翻弄するのだ。
こんな機会は二等外交官の自分には二度と訪れないだろうなと思いながら、ノークは緊張を落ちつかせるために大きく息を吸った。
ダイロトの勝利のときに存在しながら、現在は滅んでしまった国家もあるし、王家にいたってはすべて交代している。
それでも、前王朝を継承しているという建前をかざしている以上、ノークがこれから言うことに反論はできない。
(まったく……魔王様ってヤツはずいぶん狡猾なんだね。こんなことでヒューマンの絆に亀裂を入れようってんだからさ)
恐ろしくはある。
だが、ダークエルフ本国から捨て石にされたノークが生き残る道は、これしかない。
であるならば、悪魔にも魂を売ろう。
(ただで死んでやるか。なんとしてでも生き残って、目にもの見せてやる)
どうせ失敗したところで、この場で殺されるだけだ。
何もしなくても殺されるならば、せいぜい足掻かせてもらおう。
魔王という公に出来ない後ろ盾をバックに、ノークは列国会議を翻弄し、バカにし、虚仮にすることにしたのだった。




