第6話 ケモノ娘たちの戦後1
魔王が藩王たちとの打ち上げを楽しんだ数日後。
急ぎの戦後処理を済ませてから、雅人は肩を回しながら自室に向かっていた。
(疲れたな……)
国のトップとして決裁することが堪ってしまうのを必死にこなしていく。
だが、これから行われることを想うと、自然に顔がにやけてしまう。
雅人がプライベートな打ち合わせに使う部屋に入ると、二人の獣人が待っていた。
犬耳はサトミ=ジュスル。
猫耳はティナ=ブバスティス。
ともに元辺境伯夫妻の娘である。
獣人は夫婦別姓だ。
また混血の場合、両親のどちらかの種族がそのまま産まれる。
身体的特徴である犬族の俊敏さや、猫族のしなやかな筋肉、牛族の恵まれた体格や、羊族の我慢強さなどは、混血によっても交わらない。
ただし、顔つきは両親からの遺伝を受けるし、地球で実験されたライオンとトラの子どもであるライガーのように繁殖力を失うこともない。
長女のサトミは父親の犬族として、次女のティナは母親の猫族として生をうけたかっこうだ。
「魔王様。犬族と猫族の命をお救いいただき、誠にありがとうございます。すべての犬族と猫族の者に代わりまして御礼を申し上げます」
平伏して出迎えたサトミが恐怖におびえながらも、為すべきことを為す。
立派なものだ。
「サトミ、顔を上げろ」
ちゃんと自分に与えられた役目を理解し、おびえながらも感謝の言葉をのべた少女の顔を見てみたくて、声をかける。
(これまた、とんでもない美少女だな……)
犬耳をつけた茶髪の美少女が正座したまま見上げてくるのは、男として心の中のなにかが震えるほど興奮してしまう。
しかし混血は美男美女が多いというのは、地球世界だけでなく、この世界でも通用する法則らしい。
雅人配下の藩王たちも同じだ。
血統を守るため、数世代に一度と決められているが、そうとう程度血が混じり合っているからこそ、いずれ劣らぬ美少女揃いである。
(姉の方は立場をわきまえている、か。それに比べて……)
平伏して出迎えたサトミと異なり、ティナは仏頂面を隠しもせず、顔を背けたままだ。
(とはいえ、妹も美少女だよなぁ)
姉と異なり、初雪のように白い髪の猫耳をつけた美少女がツーンとして横を向いているのも、なにかに目覚めてしまいそうになる。
ぼんやりと眺めていると……。
「人の顔、ジロジロ見ないでよっ!」
怒られた。
可愛い女の子に本気で怒られ、雅人はちょっとひるんでしまう。
「ティナ! やめなさい。魔王様、誠に申し訳ございません」
サトミが深々と頭を下げた。
「ちょっと、お姉ちゃん! こんなヤツに何度も頭下げないでよ」
(こんなヤツ……一応、仮にも魔王なんだけどな……)
悲しくなった。
三つ子の魂百までと言うが、前世でいじめられていた雅人は、今でも少し人見知りなところが抜けきれていない。
仮称・存在Xによって、魔王の魂と転生のときに融合させられたおかげで強気になれているが、配下の藩王やパルムたちがいてくれないと、強く出られないことも多々ある。
特に、慣れ親しんだ二次元美少女と違い、三次元の女性は少し苦手だし、男は怖い。
「わかってる? お父様とお母様の仇だよ。そんなヤツに頭を下げるなんて、お姉ちゃんは辺境伯家の誇りを捨てたの?」
「……だからよ」
妹に好き勝手にしゃべらせていたサトミが、深々とため息をついてから物わかりの悪い妹に諭すように話しだす。
「ティナ、あなたも族長一族でしょう。聞いたはずよ。私やあなた。牛族や羊族も、族長の娘たちが魔王様のモノになることで、みんな殺されずに済んでいるんだって」
「そ、それはそうだけど……」
姉に正論をぶつけられて、ティナがすねたように口をとがらせる。
ここは少しサトミに乗っかろうかな。
「それは、魔王である我にその身を捧げるということで間違いないか?」
「……はい。私は犬族と猫族のため、牛族と羊族のためにも、この身を魔王様に捧げます」
「ふんっ!」
サトミが覚悟を示したのに対し、ティナは反発を隠そうともしない。
これは少しお仕置きが必要かもしれない。
魔王の魂に影響を受けた嗜虐心がムクムクと湧いてきて、雅人はニヤリと笑った。
「いい心がけだな。母親より、よほど立派だ」
「……先日は、母が……お見苦しいところをお見せしました」
「お姉ちゃん! ママを……ママまで悪く言うの?」
どうやら、ティナはまだ母離れができていないようだ。
無理もない。
この世界は一年が三百六十五日ではなく四百日を越えるので単純比較はできないし、獣人は人間よりも寿命が短く早熟とはいえ、まだティナは十六歳だ。
ニンゲンに換算すれば十八か二十歳くらいだと思うが、心身ともに幼さが残っている。
(……とはいえ、フォーリやカーラと同じ歳か……)
そう思うと、よけいに精神的な幼さが目に付く。
やはり立場が人を育てるのかもしれない。
「ママを……ママを返して!」
目に涙まで浮かべながら、ティナがにらんでくる。
猫耳を生やした美少女に本気でにらまれるのはいい気分ではない。
だが、どれほどにらみつけようと、ティナの視線には力がない。威圧感も、迫力も、殺気もない。
冷静になれば、受け流してしまえる。
「サトミ、身を捧げる意味がわかっているか?」
「……はい……お望みなら、この命も、……身体も、すべて魔王様のモノとして、一生を過ごします」
若いのに殊勝な心がけだ。
「サトミの覚悟に免じて、犬族の命と地位は、これからも保証しよう」
「……ありがとうございます」
サトミは、あえて犬族と限定した意味を敏感に察したようだ。
「ですが……妹のご無礼を許していただき、この身に免じて、猫族も救っていただけませんか……お願いいたします」
姉が頭をまた頭を下げたことで、自分の不始末に気づいたようだ。
ティナは顔面蒼白になりながらも、今さら性格的に引くに引けないのだろう。
強気な態度を続ける。
「わ、私が悪いなら、私に罰を与えればいいでしょ……他の猫族は関係ない……」
あえて無言を返すと、ソワソワとし始める。
「権利が欲しいなら、義務を果たせ。それができぬなら、猫族の運命は保証できないな」
言い放ってやると、グッと言葉につまる。
「わかったわ……アンタのモノになってあげる。その代わり、猫族に手を出さないでよ!」
態度が悪いのに苦笑するが、とりあえずティナが身を捧げたという事実はできた。
サトミはともかく、牛族や羊族の手前、猫族だけ優遇するわけにいかないので、ひとまず安心する。
両親は心根が腐っていたが、娘たちは見た目もいいし、まぁ、素直だ。
正確にいえば、ティナは素直というか単純なので、上手く手なずければいい。
サトミは頭の回転も悪くない。
一度、不足している事務方を手伝わせてみるとするか。
獣人たちは、調べれば調べるほど、国家というよりは、部族連合体にすぎなかったことがわかってきた。
効率的な徴税機関もなければ、部族横断的な統治機構もない。
各部族が自分たちの領域を治める。
そのために、族長一族は街の有力者と通婚し、一族に取りこんでは、わずかばかりの税を納めさせる。
はっきり言って、人的つながりと血縁で結ばれていた原始的な権力機構だ。
軍隊も、各部族が参加の有力者に対して、街の人口に応じて割り当てた兵数を提供させてそれを族長が指揮する。
とうぜん、一糸乱れぬ連携や進軍などできるはずもない。
(よくもまぁ、こんなやり方で数百年も魔族の侵攻を防いだもんだよ)
完全に、敗北……というか、撤兵にこりた魔族の側が攻めなかった敵失による平和だ。
つまり、アイェウェの民による統治下にあっては、奪還して名と実を取ろうとするヒューマンの攻撃を防ぐのは、アイェウェの民を中心にせざるを得ない。
人選など、胃が痛い問題だ。
それだけではない。
人的つながりではなく、組織で統治する方針の雅人の意向を達成するのに必要な官僚組織が、獣人領には完全に不足している。
(これは、しばらくは持ち出しだな……)
占領後の反乱を防ぐ目的で族長の首をすげ替えてしまったので、食糧流通に混乱をきたす可能性もある。
幸い、今次の戦争が早期決着したおかげで、持ってきた食糧は十分余っている。
当座はそれでしのげるだろう。
だがその間に、占領行政から平時の行政機構に移行しなければ、いつまでも支えられるものでもない。
(有能な文官が絶対的に足りない……)
当面の目標である次、あるいは本命に向けてその次以降に侵攻したくても、兵站を機能させるだけの事務方が足りなくて、身動きが取れないのが現状だ。
(とりあえず、獣人領の統治機構の整備を優先して、それからだな)
呪いの影響は出てきているが、まだ深刻化はしていない。
とはいえいつまでも放置しておくわけにもいかないので、少しずつ動き始める必要がある。
(文官をどうやって集めるか……あと必要なのは謀臣か。オーベルシュ……いや、やっぱりアイツは嫌だな)
女好きでも南京楼の豪商の長男か、口は悪くともへぼ画家くらいのマイルドさで充分だ。
もっとも、その二人なら謀臣どころか、内政も任せられるのだが。
優秀な文官に、財務がわかって任せられる者も足りない。
文官についてはアイデアはあるものの、恐れられている魔族で成功するのか、自信はない。
また、文官以外は当てもなく、なかなか難しい。
(なまじ武力が充実しすぎてるからな……バランスが取れない)
気長にやるしかなさそうだ。




