第5話 大商人の来訪
※ 2021年3月3日地図上の誤りを修正しました。
「魔王様のご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ奉ります」
「遠路はるばる大儀である。とまぁ、堅苦しい挨拶は置いておいて、よく我に謁見しようと思うたな、セイロック殿」
雅人は商業都市連合からの来訪者、スミッチュ=セイロックを、辺境伯領の首都から獣人領の領都にスライドしたバルギャリアで、迎え入れた。
スミッチュはニンゲンの三十代後半くらいと、戦乱がつづくこの世界ではベテランの域に足を踏み入れたくらいで、全身からギラギラしたやり手オーラをかもし出している男だ。
身長は高くも低くもないが、大店の主にしては体格もよく、まるで行商人あがりのようにも見える。
戦後、元々の魔族領の国境では、密かに試験的な交易がダークエルフとの間ではじまっている。
だが北をアールヴ領、南をダークエルフ領と接している獣人領は、帝国のスパイが潜りこんでいることが予想されることから、あまり大っぴらに交易はできない状態となっており、アイェウェ帝国と名を変えた雅人が治める国家の、本国との商業活動に限定されてしまっていた。
とはいえ、雅人の個人的な「戦利品」を除けば、奴隷となっていた獣人たちを少しずつ解放させており、いわゆる魔族の五種族と、獣人の四種族は平等で公平だと宣言しているため、一時的な困窮でも獣人領の占領行政は、今のところおおむね上手くいっていると言っていいだろう。
さて残る東側国境は目下の仮想敵国である魔導王国と緊張状態にあり、交易などという雰囲気とはかけ離れていた。
つまり現状は、よしみを通じているダークエルフとの密貿易を除けば、ヒューマン各国からの非公式経済制裁状態となっているわけだ。
魔族領だけであれば今までとなんら変わりがないとは言え、獣人たちはダークエルフほどではなくとも交易が重要な産業となっていることから、これを放置しておけば今後、政治上、経済上の問題が起こることは目に見えている。
なんとか現状を打破する必要があり、頭を悩ませていたところだった。
そんな中、商業都市連合から使者が訪れたのである。
「利があるところ、商人ありです、魔王様」
「……なるほど」
まぁたしかにベンノにフリーダ、ミョルマイルと、みな利益と見れば目を輝かせていたし。
……ベンノは振り回されてたか……。
地球世界でもカエサル好きのおば……お姉様が書いていたな、まずヴェネツィア国民次いでキリスト教者とかなんとか。
というか、この世界の文明度合いはせいぜい中世、下手すれば古代くらいのものだ。
宗教的にも、教団はかなり金を貯めこんでいそうだが、信徒には清貧を求めている。
よって、金持ちといえばほぼほぼ貴族かその配下の商人と相場が決まっている。
唯一と言っていい例外が、商業都市連合の商人たちだ。
各国の商人たちが良く言えば貴族の庇護の下、悪く言えば使いっ走りとして商いを行うなか、独立自尊の精神で金儲けにまい進している。
言うは易しなのは、各国とも法はあれど現代先進国レベルでの法治国家など一つもなく、恣意的に法を解釈、要は裁く側が自分に有利なように、あるいは気分や機嫌次第で、ねじ曲げて運用することがざらというのが常態だ。
そんななか、貴族やひどい時は国家によって商売道具が没収されたら?
抗議するさきなどない。
裁判所などなく、貴族が裁判権を有するからだ。
であるならば、普通は貴族に後ろ盾になってもらい、貴族同士の「お話し合い」、時には武器をぶつけ合う「お話」を通じて実力で解決するしかない。
たとえそのせいで国家間の紛争になっても、命より大切な商売道具を守るためには、そのくらいの覚悟を持っている。
もちろん、そのためには実力ある貴族の下につかなければならないし、寄親にはその庇護に見合った貢納を行う義務があった。
しかし、その常識をくつがえす存在が、商業都市連合所属の商人たちだ。
彼らは他人の気まぐれで自分たちの利益が左右されることを良しとせず、どこの貴族の後ろ盾も得ていない。
どころか、自分たちの利益を守るために、国まで作り上げてしまった猛者たちだ。
もちろん、建国前後は商業都市連合所属の商人をあなどり、ケンカを売るために商品を没収するような貴族がいたという。
普通、後ろ盾がいない商人はそこで泣き寝入りするところ、彼らは決して負けなかった。
ときには数年がかりで当該貴族の商売を、利益を度外視してまで妨害し、いくつかの大貴族すら没落させた。
その悪評が彼らの身を守り、真っ当な商売相手には信用を返すことで誰にもあなどられない存在に成り上がった。
そんな国の構成員だ。
カネの匂いがすれば、魔族とでも商売する気になる者がいてもおかしくはない。
「利益というが、何を商うつもりだ? どこを通って?」
雅人の諜報網から上がってきた情報では、列国会議を主催しながらヒューマン大同盟の結成に失敗した帝国宰相が虚仮にされたとずいぶんご立腹らしく、獣人領から見て南と商売でもしようものなら、ダークエルフがヒューマンの敵に認定されてしまいそうな情勢だ。
ダークエルフがどうなろうと知ったことではないが、復讐相手にもしものことがあってはたまらない。
雅人の望みは、自分自身の手でクラスメイトに復讐し、絶望に打ちひしがれる相手をざまぁ! と見下すことだ。
間違ってもヒューマン同士の戦争で死なれたり、地位を追われては困る。
常識的な方法では交易などできないと予想する雅人は、答えを少し楽しみに待った。
「物は食料をアイェウェ本国から輸入させていただければと思っております」
「ほぉ?」
魔族ではなく、アイェウェと言ったことは評価に値するだろう。
もっとも、商売相手のことを調べて、不快にさせないというのは基本と言えば基本だが。
少なくとも、魔族だからと下に見るつもりがないことは理解した。
「ルートは、アールヴ領内を通って立憲君主王国に運びこむつもりでおります」
「……閉鎖的なアールヴ領内をニンゲンが大荷物をもって移動すると? 目立ちすぎるとは考えないのか?」
非常識すぎてそれだけでは成功の見込みを判断できない。
もっとも、地球世界出身の雅人としては、この世界の常識にとらわれ過ぎないで判断できるので、絶対に無理だとまでは言うつもりはない。
「そうですね。ですが荷を運ぶのがアールヴであれば?」
「……なるほど。その点は問題ないな」
郷に行っては郷に従え。
木を隠すには森の中ということか。
だが。
「どうやって信頼できるアールヴを確保する? 荷物を持ち逃げされたら目も当てられんぞ」
とうぜんの疑問だ。
ゆえに答えは用意してあったようだ。
「閉鎖的とうたわれるアールヴですが、国境付近では領内の別の箇所から買うよりも、他国から買う方が安い物はたくさんあります。非公式ですが、そういった取引をつうじて、信頼できる者は何人か押さえてあります」
「なるほど……」
「加えて、彼らの親族を人質として、荷の保証もさせますから、よほどのことがなければ持ち逃げは考えなくていいものかと」
与信、といったか。
社会の授業で習ったことを思い出した。
取引を重ねることで信頼に足る相手を探し、担保を取って商売する。
なかなか強かで、利益さえ共有できれば使える男のようだ。
「獣人領からアールヴを経由して荷を運ぶことはできるか?」
「……やってやれないことはないでしょう」
「なら、アイェウェ本国からの輸出と抱き合わせで頼む。ただし、奴隷売買は禁止させてもらう」
スミッチュは少し考えたのち、雅人の出した条件を受諾した。
これで、少しは獣人領の困窮も救えるだろう。
飢えた者には魚を与えなければならないが、子どもには魚の獲り方を教えるべきだ。
獣人たちには、これからは生産者として頑張ってもらおうというのが雅人の考えだ。
少なくとも、交易に手を出して何万という奴隷を生み出してしまった結果を見るに、彼らに丁々発止の商売センスは足りないと判断する。
であるならば重農主義、余剰人員は手工芸をやらせることにしたい。
犬族や猫族は牛族や羊族に比べて手先が器用な者が多い。
早急に自給自足可能な体制を作り上げたあと、簡単な工芸品を作らせて本国に販売し、本国からは農作物を輸出する。
これで当面の経済対策としてはまぁいいだろう。
あとは次の戦争が近いので、特需も生まれる。
「今後とも、ぜひよろしくお願いいたします」
スミッチュのギラギラした顔に信頼を覚えながら、雅人は契約書にサインをしたのだった。
先日のノクターンの続き(話的には幕間1話目の続き)、3話目を本日投稿いたします。




