第4話 至高のグルメ?
「ここまで来て二人と会って顔を出さなかったらなにを言い出すか……」
顔を合わせたくはないが、仕方なく雅人は最後の一人を軟禁している部屋へ足を向けた。
「……獣人を征服したそうだな」
「父上、それが挨拶ですか?」
父親を王位から追い、軟禁しているのだ。
別に親しげな言葉を望んでいたわけではない。
わけはないが……いくらなんでも挨拶くらいはしたらどうだろう。
「ふん。毎度毎度、あんな不味いモノを食わせるような親不孝者にかける言葉などないわ」
転生前の雅人……ではなく転生後の魔王、シャーン=カルダー八世の父、カルダー朝第七代魔王ことケイブリス=カルダー七世はその在位期間を通じて、美食を極めることにしか関心がないと世に言わしめた男だ。
政治に興味はなかったが、自分が美味いものが食べられなくなる事態を避けるため、王位から追われることがないように、徹底した前例踏襲型の政治を行った。
善政ではないが苛政でもないという、後世からの評価が微妙な治世はだが、ヒューマンが呪いをかけてきたことで激動のうちに終焉した。
現在は息子であるシャーンに王位を追われ、地下に軟禁されて好きな食道楽にふけることもできず、一気に老けたように黒髪は半分以上が白く変わっている。
顔は、シャーン同様あまり特徴らしいものはなく、美醜の観点からも、可もなく不可もなくといったところだ。
「不味いって……俺も同じものを食べてるんですがね」
相変わらず美食にしか興味がないし、美味い食事を食べさせるだけで、ある程度いうことを聞くという悪癖は変わっていないようだ。
「はっ、至高の地位にあって、あんな不味いモノしか食べていないのか。相変わらずお前の舌は狂っているな」
散々な言われようだ。
まぁ、自分がグルメでないことは認める。
魔王は魔王でも、タイムスリップした記憶喪失の料理人に、毎食新しくて美味い料理を食べさせるように命じた第六天魔王ではない。
とはいえ、不味いモノが好きなわけではとうぜんない。
強くなるためとはいっても、カエルだの、ムカデだ、ハチだの、大量のサルだのを食べたいとは思わない。
クモじゃあるまいし。
「不味くはありませんよ。料理人が心をこめて作ってくれるものなら、私は権力者としてなんでも歓迎するってだけです」
そう、なんでもだ。
地球の為政者たちには申し訳ないが、魔王たる者、毒などの状態異常には耐性がある。
だから毒入りの食事でも食べられるのだ。
コネコじゃないので、毒を食べてうっとりするような趣味はなくとも。
「ふん。父親から王位を奪っておいて、やることが戦争ごっことはな」
その独り言は無視する。
仕方がないだろう。父とは政治に対するスタンスが違いすぎるだから。
父は先ほども言ったとおり、前例踏襲でミスをしないことだけを考える。
国民の福祉など知ったことではないという考えだ。
対して雅人はちがう。
国が傾こうとしていることを座視することはできない。
もっとも、それが成功するかはわからないが、何もしないで無視することができる性格ではないのだ。
まぁ、復讐をするという目的とも合致するからだが。
とはいえ、父子で価値観がぶつかるのは必然だった。
その結果が魔族を二分する内戦であり、父王から王位を取り上げ、監禁することになった。
雅人としては、武田信玄も父親を国から放逐したことを知っている。
あの徳川家康も、息子を敵に通じた疑いで切腹させている。
斎藤山城守だって、転生してゼロワンの最後の敵になる息子に殺されるわけだし。
転生したなら、おとなしく信長に国を譲っておけよと思うんだが。
「イヴを味方に引き入れたいそうだな」
「相変わらず、耳は早いですね」
一応、魔力は封じているはずなのだが、どうにかして先ほどの会話を盗み聞きしたのだろう。
これまたやっかいな相手だ。
ケイブリスの世話をしているのも、シャーンが属する改革派の関係者だ。
間違っても情報をもらしたりはしないだろう。
まったくどうやっているのだか……。
「手伝ってやろうか?」
「……なにが食べたいんですか?」
重ねていうが、父は食にしか興味がない。
それなのにわざわざ政治的な提案をしてくる。
息子がかわいいなどということだけは、絶対にないのだ。
警戒するなと言われても無理だろう。
「簡単なことだ。獣人を征服したのだろう?」
「えぇ、そうですね」
なんだ?
獣人領の郷土料理か?
「牛族か羊族の丸焼きを持ってくれば、イヴを力づくでもお前の与力にしてやる」
「……お断りします」
なにを言い出すかと思えば、獣人とはいえヒューマン。
ヒトの形をしたモノを料理の具材にできるわけがないだろう。
オークも二本足かもしれないがあれは豚だ。
異世界からネットスーパーで取り寄せた焼肉のたれでもかければ美味いかもしれない。
そもそもあれは魔物であって、ヒューマンではない。
ムコーダだって、最初は抵抗があっただろう?
言葉を話すヒューマンを食べる発想は、雅人の中にはない。
もっとも、カニバリズムが地球上でも、古代にはいくつかの社会であったのは知っている。
周の文王や、曹孟徳の古事で日本人にも知識としては知っている者も多いかもしれない。
だが、そんなこと、許せるわけがないだろう。
即刻却下し、シャーンは立ち上がった。
「なぜだ? 一人を犠牲にして多数を生かす。お前の好きな政治だろう?」
「……父上。私はたしかに目的のために手段を選ばないこともあります」
ツルちゃんの古き友は言った。
正しい結果が得られるなら、すべての手段は正当化され得る、と。
「でも、限度があります」
だからと言って、カニバリズムを許容するつもりはない。
「残念ですが、父上の希望は生涯叶いません。そのことを約束しましょう」
シャーンはそう言い放つと、部屋から出た。
もう二度と、とは言わないが、しばらく父のもとへはいかないと心に決めて。




