第1話 戦勝の宴
「みな、ご苦労だった」
移動魔法で王都シャブラニグドゥに戻ったあと、雅人は全員をねぎらう。
「だがこれで終わりではない。まずは獣人領の法律を我々のモノに変更し、周知徹底させること、税金を取るための検地もしなければならないな」
一言で占領政策といっても、やることは多岐にわたる。
練習台もなくぶっつけ本番だが、だからこそ支配階級の首をすげ替えることと、法律を統一すること以外、当面は獣人領については大きく変えるつもりはない。
東の国々を滅ぼしていく中で出てきた問題への対処で獣人領に影響が出ることはあるだろうが、その場合も、数年経っていれば魔族の支配が浸透しているだろう。
悪政さえしていなければ。
「族長は交代させましたが、新族長はシャブラニグドゥに来させないということでよろしいでしょうか?」
カーラが聞いてくる。
想定よりも鮮やかに勝ちすぎたせいで、占領政策をいろいろと調整しなければならず、幹部会議で詳細な認識を合わせる必要が出てきていた。
「そうだな。獣人領の御輿を置かねばならないし」
当面は現在の統治機構を利用するしかないと思う。
理想は官僚による中央集権だが、気質的に、獣人には官僚的な働きができそうにない。
列強がかつて植民地にほどこしたような間接統治を参考にしないと、色々とまわらないことが予想される。
とはいえ魔族も魔力が強い者に反射的に従うので、統治機構は原始的だ。
(ヒューマンの中から事務能力が高い者を迎え入れないとな……)
文化が違う国を治めるには、共通の尺度が絶対に必要だ。
歴史上、多くの国は他国を完全に併合してしまうか、トップの首を替えて忠誠を誓わせることで対処してきたが、雅人の考えは統一国家の樹立だ。
それには戦国の七雄を統一した始皇帝の偉業が参考になる。
(まぁ、法律が厳しすぎて失敗した故事も参考にしないとな)
「あとは、魔力絶対主義をどうやって変革していくかだな」
魔族は相手の魔力量が多ければ服従するが、魔力がおとる者の命令には従わない。
そしてこの魔力絶対主義は、魔族だけでなく魔導王国やアールヴにも根付いている。
アールヴから追放された者たちが建国したダークエルフも、やはり慣れ親しんだ考え方だからか、程度は薄まっているものの存在しているという。
「どうして、あのクソ親父みたいなのが出てきても考え方が変わらないんだろうな」
雅人がため息まじりに言うと、微妙な雰囲気が流れる。
雅人の魔王としての父親であるケイブリス=シャルダー七世は、魔力こそ歴代最強との評価もあったが、政治的には無能の極みといえる王であった。
そのあふれるばかりの魔力を使ってヒューマン領に侵攻するわけでもなく、藩王の力を削いで魔王の権力を増大させるわけでもなく、彼が唯一求めたものは、美食だった。
「獣人領を占領したと知ったら、新しい料理を出せとうるさそうだな」
彼の欲望は魔族領だけにとどまらず、全世界の美食を食いつくすことにあった。
(それをモチベーションに、ヒューマン領に攻めこんでもおかしくないのにな)
戦争で料理人が死んだら美味いものが喰えなくなる、という理由で徹底して戦争とは無縁の治世を終えたのだった。
(おかげで苦労させられた……)
だが、何もしなかった王は同時代人から非難されるだけで済む。
なにかを成しとげようとする雅人は、失敗すれば歴史に残る暗君として記録されるのだ。
(ここからは、勝っても勝ち続けなければいけない修羅の道。負ければ転落真っ逆さまだな)
自分一人ならいい。
復讐を望んだものの末路として、人を呪わば穴二つなのだから。
だが、雅人を信じてついてきてくれる彼女たちを負けたときの巻きぞえにしないことが、男として雅人の矜恃だ。
(まぁ、負ける気はさらさらないがな)
戦勝にホッとして楽しんでいる女たちを見て、雅人は気合を入れなおした。
「ねぇ、ま、お、う、さ、ま」
一応、縁もたけなわといってよい時間がすぎたころ、酔って目元を赤くしたマーキアがしなだれかかってくる。
「戦争の前、次に全員そろったらー、次の日、立てなくなるまで、って言ってたじゃないですかー」
一番年上でも、胸元は少し残念なことになっているマーキアが、それでも懸命に服をだらしなくならない程度にはだけさせ、下からうるんだ瞳で見上げてくる。
「ふと視線を感じると、全員が雅人の反応に注目している。
(あ、これ、逃げられないヤツだ)
べ、別に雅人だって逃げたいわけじゃない。
むしろ大好物です。
でも、毎日御馳走だと飽きるというか、たまにはB級グルメとかジャンクフードとかを食べたくなる心境と言えばわかってもらえるだろうか。
えっ? わからない?
そうですね。リア充は爆発しろと、雅人もかつては思っていました。
「でー、順番を決めてほしいんですよー」
本来、こういう色事はサキュバスのワカナが取り仕切るのが自然なのかもしれないが、あのマジメな性格では難しいだろうという話しあいの結果、最年長のマーキアが差配することになっていた。
「やっぱりー、今回の戦争で一番の大活躍が、一番に呼ばれるんだと、次からもみんな頑張れるっていうかー。わかります?」
言いたいことはわかる。
なにも考えなければ、もしくは男しかいない軍隊なら、勲功一等を発表してかまわない。
だが、ここにいるのは雅人以外、全員女性だ。
ここで対応を間違えれば、せっかく上手くいっている流れがめちゃくちゃになってしまうリスクをはらんでいる。
雅人はため息を一つつくと、どう答えるか決断した。
言い出しっぺのマーキアが、自分だと言ってほしいと全身から訴えてくるが、無視する。
「全員に改めて言っておく。獣人領ははじまりにすぎない」
マジメな顔で言ったのに気付いて、マーキアも含めてその場にいる全員が背筋をのばす。
「これから何度も戦争をすることになる。そのたびにだれが一番で、誰が二番だなんて決めていたら、お前たちは今のように仲良くできるのか?」
全員の顔を見回しながら告げる。
七人とも、反論できないようだ。
「カーラとアヤは国に残った。はたから見れば、二人は活躍していないように見えるだろう」
カーラとアヤに交互に視線を向けながら話し続ける。
「だが、保守派の巻き返しがあれば、兵たちが国を離れている状況ではなにか起こってしまってもおかしくない。二人はそれを警戒し、陰謀を未然に防いだ。これも、なにより大事な任務だ」
ある意味内助の功を認めてもらえ、二人が酔ったせいもあるのか、目をうるませる。
「もちろん、戦場で活躍したマーキア、フォーリ、ワカナの功績は大きい。同じくらい、事前にダークエルフの協力を取りつけたエリーや、万々が一に備えたパルムの仕事も大切だ。では、俺はなにを基準に一番を選べばいい?」
マーキアが少しシュンとなっているのを、頭を優しく抱き寄せながら続ける。
「一番になりたくて頑張ってくれるのはうれしい。だが、俺の一番の望みは、お前たちが無事でいてくれること。こうしてみんなで集まって、楽しく飲み食いして、そのあとイイコトをすることだ」
コクリ。と腕の中の見た目小さな少女ののどが鳴る。
「なにより怖いのは、一番になるために無茶をされることだ。それなら、一番なんて決めない方がよかった、そんな後悔はしたくない。ダメか?」
最後は、一番を決めないのはお前たちのためだ、という論法でおす。
「……わかりました」
マーキアも納得してくれたらしい。
よかった良かった。
「それはそれとして。今晩、誰から呼ばれるか、決めていただけますかー?」
マーキアの言葉を合図にしたように、七人が姦しく順番争いをはじめる。
「ワカナは抜けがけしたんだから、後だろう?」
「そうそう。エリーちゃんよりもあとでいいんじゃないー?」
「藩王、劣後、問題、如何?」
正直、逃げ出したい。
いや、雅人も楽しいのは間違いないのだが、ここまでやいのやいのとやられると、つい逃げ出したくなってしまうというか……。
「そういえば、マサトー様。今回、たくさん女の子を増やされましたけど、どういうおつもりですか!」
うおっ、飛び火した。
「いや、あの、せ、政治だろ。獣人たちから人質を取りつつ、族長一族だけに罰を与えるいい案だと思ったんだが…」
十四の瞳で無言の非難をされ、語尾がゴニョゴニョと小さくなってしまったのは仕方ないだろう?
「と、とりあえず。今回増えた連中は、あくまでも人質だ。よほど優秀なら地位も与えるが、特別あつかいするつもりはない」
タジタジになりながら、方針を説明する。
雅人の作りたいヒエラルキーにおいて、能力がない者を高位につけるつもりはない。
幸いなことに、ここにいる七人は優秀だ。
決して可愛いからそばに置いているだけではない。うん。
「わかりましたー。で、順番は?」
マーキアにグイグイと迫られ、決断を先延ばしにできないことを悟る。
「あ、そういえば、フォーリちゃん。マサトー様にどさくさ紛れにキスしてたよねー」
「……そうなのか?」
中途半端な活躍の場しか与えられなかったカーラが、ふて腐れ気味にマーキアの声にかぶせる。
「あ、あれは、マサトー様が怒ってたから……落ちついてもらおうと思って……」
フォーリがタジタジになっている間に、雅人は順番を決める。
彼女たちに任せていたら、いつまでも決まりそうにない。
「こういう順番はどうだ?」
雅人の声に全員の視線が集まってくる。
「国を守ってくれつつ、そばにいてやれなかったアヤとカーラが最初。次はマーキアとフォーリ。最後は前夜祭したワカナにパルムとエリーを同席してもらう」
全員が提案を吟味するように考えたあと、納得してくれたようだ。
エリーを除いて。
「エリーもそろそろ、同席してもらいたいからな」
恥ずかしさでエリーは真っ赤っかに全身を染めていた。
「わかりました。でもー、一回ずつだけ、ですかー?」
マーキアに下からのぞきこまれると、可憐な桜色した唇がなまめかしく見えて、雅人もウズウズしてしまう。
「マーキアとフォーリとパルム、次の時間に残り全員でどうだ?」
「五時間。残二時間」
「そうだな……じゃあ、残りは全員一緒だ」
アヤがまだ夜は長いというのに苦笑気味に答えると、全員が顔を赤らめながら納得してくれたようだ。
楽しい時間の始まりだ。
えぇ。爆発しますよ。
このあと何があったかは、ノクターンをご覧下さい。
お察しの通りです。




