第27話 欲望と絶望
できるだけ抑え気味に書きました。
とはいえ、性的な描写が苦手な方は、今回も後半を飛ばしてください。
獣人という種族は、あまり長命ではない。
その代わりというか、繁殖力が高い。
低出生率の代表格である魔族をすべる魔王になら、うらやましがられるほどだろう。
だが医療が未発達のこの世界では幼児死亡率も高いし、産褥熱による死者も多い。
そもそも、出産に立ち会う産婆が手を洗うような衛生概念も乏しい。
そのため鉄太と恵子は、辺境伯としての義務である後継者を産むための行為以外は、避妊をして危険を避けていた。
幸いにして、犬族と猫族の娘を一人ずつ産むことができた。
獣人領は男女で社会的地位に差がなく、過去には何人も女性の辺境伯が存在した。
だから娘を二人、出身種族それぞれを産み分けすることができたので、それ以上の義務はなく、あとは愛を確かめ合う営みだけを続けてきた。
異世界に二人きり。
やっとつかんだ幸せを決して手放さないように。
お互いを失わないように。
病めるときも健やかなるときも、互いに愛し、手を取り合い、どんな困難も乗り越えてきた。
そのためなら獣人領内の、種族間のいさかいなど小さな問題に過ぎなかった。
それなのに。
(わたしはずっと鉄ちゃんのモノ……だったのに)
この猫耳のついた身体に生まれ変わる前から、自分は鉄太のモノだった。
前世に、幼なじみである彼への想いに気づいたときからの恋人であり、他の誰にも目移りしたこともない。
小学校三年生で意識してから、二年後に彼も同じ気持ちでいてくれたことを告白されて以来、一途に鉄太を愛し続けてきた。
両方の親公認の仲だったし、恥ずかしながら、クラスでもおしどり夫婦としてとおっていた。
とうぜん、鉄太以外の誰にも、裸を見せたことはない。
それなのに、今から何百人の直接の視線を浴びながら、服を脱がなければいけない。
(助けて……鉄ちゃん……)
心の中で助けを求めるが、現実は無情だ。
戦争で傷を負った鉄太は縛られ、敗北感にうなだれているばかり。
(鉄ちゃんのひいおいじちゃんの……うそつきっ!)
戦争がない、平和な国だと言っていたのに。
恵子自身、その非難が不当なものだということはわかっている。
事実として、魔族の目撃情報があるまでは何十年も平和だったのだ。
だが、平穏な日々は破られ……おそらくは二度と戻らない。
(うぅぅ……こんなの……こんなのって、ないよ……)
恵子はわが手で殺めた、ばぁやとシルセに突き立てた刃の感触が残る手で顔をおおって涙を流した。
「早くした方がいいよ。俺が我慢できなくなったら、スパンと首を落とさせるからね」
「ま、待って……ぬ、脱ぎます……だから……」
立っていられないほどガクガクと震える膝をなだめながら、刃を突きつけられて脅されている恵子は、身につけたモノを脱いでいく。
「お願い……見ないで……」
一枚、羽織を脱いでむき出しの肌が露わになるたび、ねっとりとした欲望の視線が周囲から絡みついてくる。
(恥ずかしい……こんな、こんなことをして満足なの?)
辱めをうける恵子の思考は暴走し、恥ずかしい思いをさせる元凶である石村雅人への怒りに変わる。
だが全部脱いでしまい、四方八方から情欲のこもった視線を浴びせられると恥ずかしさが勝り、怒り続けることは難しい。
視線の主には魔族はもちろんのこと、福祉政策を勧めた恵子を昨日まで敬愛していたはずの獣人たちまで加わっている。
尊敬にきらきらと光っていた昨日までの瞳とは真逆の、欲望に満ちた濁った視線にさらされ、恐怖と羞恥に涙がこぼれる。
できることなら、座りこんで身体を隠してしまいたいとしか思えなくなっていた。
「いい脱ぎっぷりだな。まだ首と胴体はサヨナラさせなくてすみそうだ」
恐ろしい脅迫をされ、恵子は必死に恥ずかしいところを隠している両手で身体をギュッと抱きしめる。
(ごめんなさい、鉄ちゃん……。わたし、ずっとあなただけの私でいたかった……)
これから我が身を穢される恐怖に歯がガタガタとなる。
だが、殺される恐怖に比べればマシだ。
前世での恵子の母親は、教室での事故の三年前に、ガンとの長い闘病の末に死んだ。
若いころは自慢だった豊かな黒髪は、放射線治療の副作用で抜け落ちた。
病魔に侵される前はぽっちゃり気味だった身体も、抗がん剤の副作用で食欲が減退し、やせて見る影もなくなっていた。
そして最後は、全身に転移したガンを治療する体力もないまま、モルヒネで痛みを抑える以外できることはなにもないという、悲惨な最期だった。
それを見てから、恵子は死を誰よりも恐れるようになった。
死にたくない。
もっと生きたい。
だが、恵子は一度死んでしまった。
原因不明の爆発事故に巻きこまれて。
だからこそ、生まれ変わった今は絶対に死にたくない。
どんなにバカにされても、屈辱にまみれても、生き抜く。
それが恵子の最優先事項だ。
「それでは本番といこうか」
脱いだだけで終わるわけがない。
高校生だったころだってそんなことは知っていた。
(あの、石村くんとエッチするなんて……いや……)
男子だけでなく、女子にもいじられて卑屈な目で助けを求めていた、根暗なヲタク少年に身を任せないと殺されてしまうなんて。
世の中の理不尽さに、恵子はこらえていた涙を留めておくことができない。
「その前に、背中の傷は治してやろうか」
意外な優しさを見せる石村に、手加減してもらえるかも、という期待を持ってしまう。
『あと、ご期待にそえなくて申し訳ないけれど、小池さんの相手は彼らだよ』
彼ら?
どういう意味……?
顔を上げたことを恵子は死ぬほど後悔した。
そこには屈強な、鍛えぬかれた肢体を露出度の高い衣服からのぞかせた一団がいた。
「インキュバス五十人。彼らの相手を、朝までしてもらうぞ」
恵子は絶望に顔を青ざめさせた。
(む、無理よ……そんな……)
『鉄ちゃん、助けて……』
屈強な男たちから立ちのぼる、欲望にたぎったオーラに中てられ、恵子は恐怖にあとずさる。
しかも彼らの股間には、見たこともないくらいの大きなモノが天を突くようにいきり立ち、武者震いのようにびくついている。
逃げようとしてもすでに囲まれていて、後ろにいた男の厚い胸板に後頭部がぶつかり、慌てて飛びのく。
「朝までぶっ続けでかわいがってもらえ。朝になったら解放してやる」
無慈悲な魔王……復讐に燃える元クラスメイトの宣告を聞いて絶望に目の前が真っ暗になる。
「奥様、安心してください。天国に連れて行ってあげますよ。我々は魔族ですけどね」
囲んでいる男の中からそんなタチの悪い冗談が聞こえたと思ったら、後ろから抱き上げられる。
左右から伸びた手で両脚を割られ、恥ずかしいところが男たちの視線にさらされる。
女に生まれたことを、生まれ変わったことすらも恨むような暴力的な行為にさらされ、涙が止めどなく流れ続ける。
抱き上げられたことで視線が上がったおかげか、何人かの男たちが恵子を責めるためにしゃがんだせいか、男たちの頭の隙間から夫の姿が見えた。
(あぁ、鉄ちゃん……)
最後の心の拠り所である夫であり、今生で産まれる前からの恋人。
愛しい幼なじみと視線が合う。
だが、数人の男の手で強制的に与えられる快感に徐々に支配されつつある妻の顔がいたたまれないのか、顔を背けられてしまった。
(あぁ、鉄ちゃんも、わたしを……見捨てるんだね……)
先ほどまで、身を挺して守ってくれた乳母と将軍を殺してまで生き残ろうとした恵子へ向けられていた、獣人たちの侮蔑の視線も、鉄太さえいてくれたなら耐えられた。
領民たちに捨てられた元領主夫人でも、夫さえいてくれればよかったのに。
でも彼に捨てられたら、わたしはもう、耐えられない。
(もう、なんでもいい。どうにでもなればいいのよ)
「あははははは……んぁぁぁっ! はぁぁんっ」
あとには、朝まで艶を含んだ恵子の高笑いが響いた。
もうちょっと詳細は、ノクターンの報に投稿します。
とはいえ、そちらも抑え気味でいくつもりです。




