第25話 罪と罰2
復讐対象は殺しませんが、人は死にます。殺されます。
胸くそ展開が苦手な方は、後半を飛ばしてください。
「立て。立ってあの女を殺せ」
『なぜだ! 彼女が何かしたのか? 罪なら俺がつぐなう。だから、彼女たちを助けてやってくれ……』
辺境伯として臣下を救おうという使命感、そして愛する妻の命を守ろうとする気持ちから、自分が犠牲になると言いだす鉄太。
『辺境伯殿、その使命感のほんの何分の一かでも高校の教室で見せてくれてたら、俺も今、わざわざこんな復讐しなくて済んだのにな』
さんざん聞いてきた、なぜ、に答えてやる。
『助けてほしいと視線を向けても、絶対に俺の方を見なかったのを忘れちゃったのかな。薄情だねぇ。俺は一生、忘れないけどな』
『ま、まさか、お前……石村……?』
魔王の正体に気づいて絶句する鉄太。
あぁ、いい顔をする。
絶望と恐怖に彩られた、俺が転生してからずっと、ずぅっと見たかった顔だ。
『安心しな、色男。お前は殺さないよ。殺してしまったら、苦しむのは一瞬じゃないか』
ニヤニヤと笑いながら助命してやると告げるが、鉄太はよりいっそう怯えた表情を見せる。
『愛する女が目の前で無惨に殺されるのを見る絶望と、救えなかった後悔って、一生引きずると思わないか? お前がそういう人生を送ってくれれば、俺の気も少しは晴れるよ』
『す……すまなかった……いや、ごめんなさい……あのとき、助けてあげられなくて……』
雅人の憎しみの深さを思い知ったのだろう。
鉄太はガックリと肩を落としながら、ボロボロと泣いている。
『いまさら謝られても、ね』
『そうだよな。ごめん……なさい……でも、それでもお願いだ。妻を、恵子を殺さないでくれ。虫のいい話なのはわかってる。俺たちを殺したいくらい恨んでることもわかる。それでも、彼女には……』
『罪がないとでも言いたいのか?』
ピシャリと懇願をシャットアウトする。
『イジメの主犯格の何人かは女子だぜ。男の暴力に抗議できないのはわかるが、前田とか、同性を止められなかった罪はあるんじゃねぇーの?』
『そ、そうかもしれない。それでも頼む、なんでも、なんでもする。俺が代わりに誰かを殺したっていい。でも恵子は、恵子には笑っていてほしいんだ!』
『他人がいじめられているときに無邪気に笑う笑顔が好きなのか、お前は。ずいぶん良い性格をしてるんだな』
突き放すと鉄太は言葉につまる。
どこまで行っても議論は平行線だ。
まぁわかっていたことだが。
『安心しろよ。俺もクラスメイトを殺すのは気分が悪いし、さっきも言ったけど、殺しちゃったら苦しむのは一瞬だろ? 小池のことも殺さないさ』
『ほ、本当か? 石村……くん。ありがとう……ありがとう……』
絶望の前に希望を与えるのが楽しい。
『見ろよ。もう少し追いこんだら、小池、乳母を殺すからさ。小池を殺すことにはならずに済む』
『あぁぁぁぁっ! 恵子、ダメだ、恵子ぉぉぉっ!』
見ると、恵子は剣を持ち、幽鬼のようにフラフラと乳母のところへ歩いていっていた。
「ひ、姫さま……」
「ねぇ、ばぁや。私のこと、本当の娘のように愛してくれてありがとう」
足取りも覚束なく、頭が左右に揺れながら歩く様子は、本当に幽霊のようだ。
「私ね、このままだと殺されちゃうの。でも、ばぁやなら私のために犠牲になってくれるわよね? だって……娘ですもの」
「あぁ、姫さま……」
逃れられない運命と悟ったのだろう。乳母が静かに目を閉じた。
「殺さないと殺される。殺さないと殺される……」
『頼む、妻に人殺しの罪を負わせないでくれっ! 石村くん。石村様。魔王様っ!』
ブツブツとつぶやく恵子は、恐怖と痛みに壊れかけているのがわかる。
(うるさいな。実は、小池が一番幸せな人生かもしれないぜ)
鉄太の懇願に飽き飽きしながら、雅人は心の中でつぶやく。
壊れてしまえば、その先、なにがあってもわからないから苦しまない。
助けてくれなかった恨みはあるが、しょせんはクラスのモブキャラ。
死よりも苦しい復讐をするつもりは実はない。
(ま、んなこと教えてやる必要はないけどな)
何度も頭を地面に叩きつけて土下座する鉄太に一瞥もくれず、雅人は恵子の行く末を見守った。
「私のために……死んでっ!」
「うぐっ! あぁぁぁぁっ!」
ついに恵子が剣を振りかぶり、乳母を斬った。
だが、族長一族と言えども、しょせんは女。
せいぜい中世程度の文化しかないこの世界に男女同権なんて考えがあるわけもなく、剣の扱いに慣れていないのが一瞬でわかるような、腰の入っていない剣筋だった。
筋力も不足しているだろうことは、細腕を見るまでもない。
そんな太刀筋では一撃で殺せるわけもなく、致命傷にはほど遠い傷をつけただけだ。
殺される覚悟をしても、痛いものは痛いのだろう。
乳母の口からは、悲鳴とうめき声が混じった声がもれる。
「うるさい! あんたが死なないと……私が殺されちゃうの!」
「ひ、姫……さま……」
「娘のために死ねるんですもの、うれしいでしょ?」
完全に目がすわった異様な表情の恵子が乳母の心臓を一突きする。
それでも力が足りなくて死にきれない乳母が吐血した血に剣の柄を濡らしながら、体重をかけて剣先を刺しこんでいく。
「ひめ、さま……ばぁやの、分、まで……生きて……ください、ませ……」
最期まで主人の身を案じながら、乳母は絶命した。
「これで、助かる……これで死ななくて済む……」
育ての親も同然の乳母が噴きだした血で、顔や身体を濡らしながらニンマリと笑う姿は、もう平和な日本で暮らせる人間の顔ではなかった。
『はっ、娘のために死ねたら母親は幸せ? そんなに死ぬのが怖いお前は、娘のために死ねるのかよ』
『貴様……許さない。絶対に許さないっ!』
あぁ、楽しい。
モブキャラのコイツらでこんなに楽しいなら、主犯格のヤツらに復讐するときはどんなに楽しいのだろう。
次へのモチベーションを上げながら、さらに恵子を追いつめる。
「うふふ、魔王様。言われたとおり、ばぁやを殺しました。これで、わたし、助かりますよね?」
自分が助かったと確信する女は、罪悪感のかけらも見せない。
はじめての殺人に酔い、善悪の判断すらあいまいになってしまっているのだろう。
明日以降、ここで我に返っても烈しい罪悪感に苦しむだけだ。
モブキャラの彼女にそこまで苦しみを与えるのもかわいそうなので、ちゃんと壊してやらなければならない。
「誰が一人殺せばいいと言った?」
『な、なに言って……』
泣きながら呪詛の言葉をはいていた鉄太すら驚いて絶句するが、まだやめる気はない。
そこにタイミングよく次の犠牲者が連れてこられた。
『シルセ……』
体格に恵まれたオニ族二人にはさまれるようにして連れてこられたのは、辺境伯夫人を逃すため、これまた命をかけて戦った犬族の親衛隊長だ。
乳母と違い体力的に余裕が感じられたので、ろくに治療もされておらず、血だらけのままだ。
「奥方様、このシルセ=ブルーノール。力及ばず申し訳ございません。お館様、ご命令を完遂できなかったこと、お詫び申し上げます」
息も絶え絶えという感じなのに、任務に失敗したことをわびる姿は、真の武人と呼ぶのにふさわしい。
(殺すのは正直惜しいな……)
だが、本人がかたくなに拒否したのだ。
国を滅ぼした魔族などに仕えることはできないと。
ということで、放っておけば死んでしまうほどの傷を負っていることから、雅人の復讐の道具にすると決定されてしまったわけだ。
「辺境伯夫人、その男を殺せ」
『なっ……』
鉄太がうめく。
恵子はそれを聞いて目を泳がせた。
乳母に続き、自分を守るために命がけで戦ってくれた者を殺さなければならないことに罪悪感を覚えたのか、すぐ動くことができずにいる。
「一人も二人も変わらんだろ。殺さないなら、乳母は無駄死にだな」
「そう、ばぁやのため……ばぁやのためにも、わたしは生き残らないと……」
そうつぶやきながら顔を上げた恵子は、人を殺す覚悟を決めた目をしていた。
『やめてくれ……恵子が……壊れてしまう……』
鉄太が哀願するが、もちろん無視だ。
「奥方様……無念です」
確実に殺せるよう、剣を突きの予備動作に構えた恵子を見たシルセは、観念したように目をつぶった。
「……上に立つ者の教育を間違えた我々の罪か。あの世で先代たちにわびねばならぬな……」
のちに、獣魔戦争と呼ばれることになる戦争における、最後の戦死者と言われた男の死顔は、残念ながら苦渋に満ちたものだった。




