第22話 抵抗
「悪いが……ここは死んでも通さぬ!」
多くの傷を負い、満身創痍でありながら、犬族の戦士がせまい地下水路に立ちふさがる。
言葉どおり、瞳には死を賭した強い決意が見て取れる。
「この奥に、辺境伯夫人が逃げこんだのはわかってるんだよー? おとなしく通してくれたら命までは取らないよー」
マーキアが、二十発ほどの回転する水の球を空中に浮かせながら、説得する。
そのうちの一発でも当たれば、戦士の体は大きくえぐれ、絶命するだろう。
藩王であるマーキアの魔法とは、それほどの威力がある。
これまではなんとか魔力をまとった剣で直撃こそ免れていたが、もう、魔力も尽きている。
必死に防御してもなお、防ぎきれない傷を負っているのだ。
それでも一秒でも長く時間を稼ごうとする戦士は、絶望的な戦いに身を投じ続けていた。
「くどい! 我が使命は奥方様を守ること。この命に代えても!」
「ふぅん。じゃあ、死んじゃってー」
マーキアが手を上げると、ゆったりと回転しながら浮いていた水球が静止し、狙撃体制になる。
たかが水の珠というなかれ。
高出力で打ち出された水は、ダイヤモンドすら切り刻むのだから。
「くっ……」
マーキアの魔法の威力を、身をもって知っている犬族の戦士の喉が、恐怖に引きつるようにしながら上下した。
圧倒的な実力差にもかかわらず、味方を逃がすために立ち続ける。
なかなか見事な武人だ。
弁慶の最期をほうふつとさせる姿に、雅人は目を細めた。
仲間に先に行けと言っているのだ。
ここで十年踏ん張ったら伝説になれるだろう。
だが、長々と付き合ってやる義理などない。
戦士自身も、もはや闘い続けるだけの力もなければ、魔力ドレインのようなチート技もなさそうだ。
「マーキア、殺すな。ワカナ、眠らせろ」
今にも攻撃しようとするマーキアを制し、敵ながらアッパレと生かしておくことにする。
もっとも、ここで死んだ方が名誉は保たれたと思う。
しかし、殺すには惜しい。
国が滅んだあとなら、魔王軍に転向する可能性もあるし、説得の余地もある。
もしあくまでも投降を拒むのなら、申し訳ないが、復讐の道具にさせてもらおう。
その場合、忠義の士の命をもてあそぶことには、武士の情けと良心がちくりと痛む。
だが雅人の復讐心の前には良心など、カマキリの斧くらいのはかない抵抗だ。
「堕ちていきなさい、夢の中へ!」
「くぅっ……無念……申し……訳、ございません。奥方……さま……」
ワカナが手をかざすと、戦士は強い衝撃をうけたように一瞬のけぞる。
魔法を行使したあとの魔力の残滓として、対象の周囲には薄いピンク色のもやがかかっている。
たかが状態異常を引き起こす魔法で、目に見えるだけの魔力の痕跡が残るのだ。
ワカナの実力がわかるだろう。
そんな強力な魔法を喰らった戦士は力なく崩れ落ちて膝をつき、白目をむいたまま、あっけなく眠ってしまった。
妖魔の長であるワカナの状態異常魔法にあらがえるヒューマンなど、おそらく勇者でも数人。
魔族の攻撃に耐性のある聖女でも、何人が抗いきれるだろうか。
脱力して剣すら手放してしまった戦士の様子を確認すると、ワカナの睡眠魔法の強力さを知るオニ族の新兵が、無防備に近づいて縄をかけていく。
こうして眠ってしまえば、ワカナが魔法を解除しない限りは自然に目覚めることはない。
しかし、毎度思うがこの……下弦の壱みたいな呪文はどうなのだろう。
とはいえ、夢の中で自分を殺したところで目覚めはしないのだが。
「さて、進むか」
犬族戦士が眠ったまま拘束されて後方に連れて行かれたのを見て、周りにはべる藩王たちに声をかける。
だが、マーキアとフォーリがブスッとしたまま、歩き出してくれない。
「どうした、二人とも。この先で辺境伯夫人を捕まえたら、この戦争は終わりだ。早く行くぞ」
そう言っても、ツーンとそっぽを向かれてしまう。
なんだ?
どうしたんだ?
「あの……魔王様……たぶん、お二人とも、嫉妬されてるのだと……」
ワカナが申し訳なさそうに、でも顔はニヤケきった状態で進言してくる。
「嫉妬……?」
心当たりがまったくない。
こうしている間にも、辺境伯夫人は距離をかせいでいるだろう。
早めに戦争を終わらせたい雅人としては、どうにかして二人に歩き出してもらい、辺境伯夫人をすみやかに拘束したい。
そうでなければ、楽しい愉しい復讐劇がはじめられないではないか。
とはいえ魔法で位置を探知し、トラッキングしているので逃すはずもないのだが。
「……何に嫉妬してるんだ?」
「ま、お、う、さ、まー? さっき、ワカナに言いましたよね? 『俺の女』ってー」
マーキアがプンプンと頬をふくらませながら、つめ寄ってくる。
「お、おう」
「ズルい! 私も言われたいー!」
マーキアが、駄々っ子のように手足をバタバタさせている。
「いくらワカナさんでも、こればっかりは私も許せません。魔王様、私も『俺の女』だと、はっきり全世界に向けて言ってください!」
フォーリまでおかんむりのようで、ズイッと詰め寄ってくる。
「あーっ……」
雅人はやってしまったと思いながら、目をつぶって額に手を当てた。
こんなことで戦争を止めるなよと思うが、今の魔王軍の実情をよく表している事態だ。
藩王たちは、とうぜん昔から魔王に忠誠を誓っているし、服従の義務を負っている。
だがそれは、魔王個人ではなく、魔王という立場に藩王として忠義を捧げているに過ぎない。
魔王が無理難題を言えば拒否する権利もあるし、反抗することや反乱を起こすことだってできる。
死ねと命じて、素直に従いはしない。
ブルボン朝のような絶対王政ではなく、尊厳王が確立した王権優位の封建制度に近いのが、これまでの魔族の政治体制だった。
だから、ヒューマン領に攻めこむ意志を明らかにした雅人に対し、保守派は反乱を起こしてまで止めようとしたのだ。
反乱の首謀者であった先代藩王たちを実力で排除した雅人が次に行ったことは、封建的な御恩と奉公に似た上下関係を壊すことだった。
そのために、男の藩王候補から魔力を奪い、次席の女の候補に魔力を与えることまでした。
男に囲まれても楽しくない、というのが表向きの理由だ。
おかげで、歴代藩王と遜色ない実力派集団になったわけだが、改革が根付くには時間がかかる。
それまで待っていられない雅人は真の狙いとして、藩王たちを頂点とするハーレムを作り上げ、女たちを屈服させ、母方から受け継いだ魔王の印を刻みつけることで、地球の軍隊的な上下関係を魔族に持ちこんだのだ。
これが上手くいっている証に、新参者のエリーは重責を負わせても、あくまで藩王たちの次席を占めるにすぎないことを、誰でも知っている。
フォーリの妹のパルムも、近衛騎士団の長という高官の地位にあるが、エリーと同格だ。
藩王は別格で、ヒエラルキーが厳然としてあるのだと、世に知らしめて軍隊的秩序を保っている。
だが、この政策がうまくいかないケースがある。
いま、雅人の目の前で起こっていることだ。
そう、藩王どうしの嫉妬と順番争い。
こればかりはなるべく公平にしているつもりでも、上手くいかないことが多い。
当たり前だ。
いずれタイプの違う美女、美少女を五人もはべらせたハーレムなんて、ゲームだから成り立つのものだ。
五つ子だって、最後は一人を選んだのがいい例だ。
しかも、エリーにパルムもいて、五人どころではない。
(世界中の美女は俺様のモノって言いきる鬼畜戦士の明るさがほしい……)
前世を考えれば贅沢なことこの上ないが、雅人のリア充な悩みは尽きそうにない。




