第21話 開門
「牛族に告ぐ。族長は重傷を負って我らの捕虜となっている。助けて欲しければ城門を開けよ」
魔王の声を、風の邪精霊であるシルフが拡散する。
城を相手に力攻めなど愚の骨頂。
攻めるべきは敵の心だ。
「犬族に告ぐ。辺境伯イミュートは捕縛されて我らの捕虜となっている。戦後、寛大な処置を望むなら、門を開けよ」
ついでに辺境伯も使う。
これで、獣人四種族の関係にくさびを打ちこんだことになる。
(分割せよ、そして統治せよ)
古代ローマ以来の、そしてイギリスなどかつての欧米列強が植民地支配でよく使用した手法だ。
被支配者が団結できないようにして、反乱の芽をつむ。
支配されている者どうし、お互いが信用できなければ、支配者に対し一致団結してあらがうことなどできない、という仕組みであり、城攻めにくわえて戦後のことも考えた策だ。
(焦る必要はない)
牛族が証明したとおり、獣人が籠城したところで、誰も助けになどこないのだから。
半日がすぎ、あたりはすでに真っ暗だ。
唯一、月明かりがこれからおろかな殺し合いをする両軍を照らしている。
しかし、獣人たちがてっきり城門を閉じるために攻めてくるかと思いきや、なにもない。
平穏すぎて、戦場にいることを忘れてしまいそうになるほどだ。
基本的に魔族はヒューマンよりも睡眠時間が長い傾向にある。
より高度な知性と強い魔力を持っているから、というのが転生者としての知識から導きだした仮説だ。
だが、雅人にはそれは当てはまらない。
いや、魔王としての強大さゆえに誰よりも長く眠るのだが、実生活には影響が出ないように魔法的な処置をしている。
だから、夜の間も交代で城内の様子を見ている兵たちの後方で、雅人もまた変化を待っていられた。
藩王たちは交代で眠っている。
不眠不休で戦えるものなどいないので、兵士たちはもちろん、責任感から起きていようとする藩王たちにも眠るように厳命して、休息をとらせている。
この辺り、話に聞くヒューマンの戦争よりも福利厚生がしっかりしている気がしてならない。
特に最近は国王クラスに大量に日本人転生者がいるせいか、根性論で眠らせずに夜襲をかける戦術が横行しているらしい。
バカな話だ。
ギィィィ。
雅人の予想どおり内側の、最終防衛施設である城の門が開く。
と、二人誰か門から出てきた。
今にも城内に殺到しようとする兵たちを手ぶりで押しとどめ、起きて傍らに待機していたワカナを向かわせる。
ワカナは護衛もつけず、悠々と二人に近づいた。
雅人は一応ワナであることを警戒するが、ワカナが危害を加えられる可能性についてはまったく心配していない。
藩王クラスに傷をつけられるのは、勇者かそのパーティメンバー、そして聖女くらいのものだ。
勇者の位置は把握しているし、聖女も何人かはどこにいるかわかっている。
そもそも獣人領に聖女が現れたなら大事になっているので、その点はまったく心配する必要がない。
『魔王様。牛族と犬族が族長への寛大な処置を約束してくれるなら城の門を開けると言っています』
『約束してやるが、どうやって担保する気だ?』
『……そこまでは考えていないようですね……』
念話でワカナと通話しながら、平和ボケも極まるなと、雅人はうんざりした。
獣人にとって、約束とは守るためにあるものなのだろう。
それ自体は立派な心がけだが、詐術として口約束して反故にすることなどいくらでもあるだろう。
特に、獣人からしてみれば、相手は文化どころか種族すら違う魔族だ。
なんの保証もなく口約束を信じるなんて、平和ボケの代表である日本からきた雅人でも心配してしまう。
とりあえず、獣人から官僚を採用するのは難しそうだということはよくわかった。
『魔王様、言いにくそうにしていますが、どうやら私を人質にして担保したいようです』
ワカナが何度かやりとりをしたところ、とんでもないことを言い出した。
そんな獣人どもの思い上がった提案を聞いて、雅人は怒りがふくれ上がるのを感じる。
「ま、魔王様、落ちついて」
同じく起きていたフォーリが抑えこむように後ろから抱きつく。
むにゅっと、控えめながら確かな柔らかさが背中に感じられて、雅人は少し冷静になれた。
「魔王様、とりあえず深呼吸しましょう。吸ってー、吐いてー。吸ってー、吐いてー」
子どもじゃないんだからと思いながら、おとなしくフォーリの言うとおり、深呼吸して心を落ちつかせる。
「吸ってー、吐いてー、んっ……」
徐々に雅人の前に移動してきたフォーリが、唇を奪ってくる。
舌がにゅるりと雅人の口の中にもぐりこんできたのに、舌を絡ませて受け止める。
「落ちつきました?」
キスをといたフォーリが、月明かりの下でもわかるくらい頬を赤らめて聞いてくるのにうなずく。
性格ど天然だからいいものを、狙ってやっていたらあざとすぎるぞ。
「ま、お、う、さ、まー」
寝ている時間のはずのマーキアが背中に抱きつきながら低い声で話しかけてくる。
幼児体型だからフォーリのような柔らかさはないものの、美少女に抱きつかれているのは、男として気分がいい。
「寝てる時間のはずじゃないか、マーキア」
「あんなに怒ってらしたら、何かあったかと思って起きてしまいますよー」
どうやら、迷惑をかけてしまったようだ。
『ワカナ、そちらに行く。待たせておけ』
思念を飛ばしたあと、心配しているマーキアとフォーリに向けて笑顔を見せる。
二人のおかげで表情を取りつくろうことができる程度には怒りを抑えられた。
だか、思い上がりには罰を与えねば。
城に向かって歩きながら、雅人は残忍な笑みを浮かべた。
『ま、魔王……』
今にも泣き出しそうな牛族と犬族の使者を一瞥する。
二人とも男だ。
つまり、殺したところで惜しくはない。
特に怯えているのは牛族の方だ。
神話のミノタウロスのような牛頭ではない。
力は強く、忍耐強いのが特徴の種族だが、ヴァレンなにがしの防御を破壊するほどの強さもなく、ただ人間の顔に角が生えているだけだ。
しかも、目の前の個体は震えていてまったく話にならない。
情けなさすぎて、威圧するように頭部から首までをおおう頭髪が泣いているぞ。
「魔王様のご、ご尊顔を拝し?」
「面倒なあいさつはいらぬ。手短に終わらせたい。ヒマではないのでな」
必死にかしこまる犬族の言い方を切って捨てると、鼻白むように黙ってしまった。
魔王に生まれ変わって十八年。TPOをわきまえた言葉遣いもできるようになっている。
そして、これから言う結論にふさわしい傍若無人ぶりは出せたようだ。
「貴様らの要求をまとめると、族長の命を助けてほしい。そのかわり城の門を開けて恭順の意を示す。それとだまされて皆殺しにならないよう、人質がほしい。人質はここにいるサキュバス、ということだな」
犬族は、頭部からのぞいている犬耳をピクピクと動かしつつ、うなずいた。
「そうか。……だが断る!」
一回言ってみたかったセリフ、ナンバーワンを容赦なく叩きつける。
「貴様らはなにを思いあがっている? 族長を生かすも殺すも俺の意志次第だ。そして、貴様ら獣人の住民すべても同じだ。殺されたくなければ、無条件にこうべを垂れろ。そうすれば、殺さずにすませてやらなくもない」
唖然とする牛と犬に高圧的に告げる。
「俺は魔王ぞ。貴様のような獣人風情が魔王に要求など、二万年早い」
なぜ二万年かは聞かないでくれ、イチよ。
どうしても聞きたければゼロに聞いてくれ。
「それとも、今すぐ死にたいのか、貴様は」
冷たく低い声でおどすと牛族は腰を抜かして失禁し、犬族は立ったまま気を失っていた。
「今すぐ門を開けよ。さもなければ、魔王の怒りでこの城をすべて灰燼に帰す」
城門の裏側で聞いている者たちをおどすと、ガタガタ震えながら門が開く。
「そうだ。それでいい。だが、俺の女を人質にしようとした罪、後日償わせるからな」
そう脅すと雅人はワカナの肩を抱き寄せ、背後で見守る配下たちに、城内へ突入するよう合図する。
これで戦いは終わりだ。




